2024年10月04日( 金 )

石破首相が提唱する「アジア版NATO」とは

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国際政治学者 和田大樹

地球 イメージ    9月27日に行われた自民党総裁選の結果、石破茂氏が決選投票で高市早苗氏を逆転勝利で下し、10月1日に石破政権が新たに発足した。その石破氏は9月27日付の米シンクタンク「ハドソン研究所」への寄稿のなかで、中国が核戦力を急速に強化し、軍事的結束を深めるロシアと北朝鮮との間で核技術の移転が進んでいると指摘、米国の核の傘で同盟国を守る拡大抑止が機能しなくなってきていると懸念を示し、同3カ国に対抗する抑止力を確保する手段として「アジア版NATO」の創設を訴えた。

 日本を取り巻く安全保障環境は厳しさを増しており、それに対応する手段としてアジア版NATOのような構想を完全に否定はしない。しかし、その実現は難を極めるだけでなく、多くの課題が見え隠れする。

 アジア版NATOに加盟する国としては、米国、日本、韓国、オーストラリア、ニュージーランド、フィリピンなどが想定されるが、これに対して韓国からの賛同はかなり難しいものがあろう。仮に朝鮮半島有事となり、アジア版NATOの加盟国が韓国に対する集団的自衛権を行使したとしても、日本の自衛隊が韓国の領土に足を踏み入れることへの反発が考えられる。戦争を知らない世代が韓国でも増えているが、日本による植民地時代を経験した韓国ではそれへの反発は根強く、それによって自衛隊の防衛活動が思うようにいかず、結果としてアジア版NATOの脆弱性を露呈する可能性もある。

 また、アジア版NATOが想定する空間の広さは本場のNATOとは比較にならない。NATOには米国やカナダが参加するものの、大半の国は欧州という限定された空間のなかに存在し、有事が発生しても集団的自衛権を行使するのに距離的にそれほど時間は掛からないだろう。一方、仮に極東アジアで有事が発生したとしても、遠く離れたオセアニアのオーストラリアやニュージーランドが円滑に集団的自衛権を行使できるだろうか。空間の広さという視点でもアジア版NATOには難題がある。

 さらに、集団的自衛権そのものにも課題がある。NATO条約第5条は、加盟国1国に対する攻撃は全加盟国への攻撃とみなし、侵略国家へ反撃などの対応をとる集団的自衛権の行使を明記しているが、日本は存立危機事態()など集団的自衛権を限定的に解釈し、他国のような集団的自衛権が行使できるわけではない。集団防衛体制であるNATOは加盟国が同レベルに集団的自衛権を行使できることを前提としており、アジア版NATOが創設されたとしても、日本が攻撃を受けたら加盟国が集団的自衛権を行使する一方、他国が攻撃を受けても日本が集団的自衛権を行使できないという状況が生じれば、ここでもアジア版NATOの脆弱性が露呈されることになり、その形骸化が進む可能性がある。

 ほかにも多くの問題があると考えられるが、インドはすでにアジア版NATOの必要性を共有しないと一蹴する姿勢を見せており、ASEANなど他国からも支持が得られない可能性が高いといえよう。

(註)日本と密接に関係のある他国で武力攻撃が発生し、これにより日本の存立が脅かされ、国民の生命や自由、幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があるという条件 ^


<プロフィール>
和田大樹
(わだ・だいじゅ)
清和大学講師、岐阜女子大学特別研究員のほか、都内コンサルティング会社でアドバイザーを務める。専門分野は国際安全保障論、国際テロリズム論、企業の安全保障、地政学リスクなど。共著に『2021年パワーポリティクスの時代―日本の外交・安全保障をどう動かすか』、『2020年生き残りの戦略―世界はこう動く』、『技術が変える戦争と平和』、『テロ、誘拐、脅迫 海外リスクの実態と対策』など。所属学会に国際安全保障学会、日本防衛学会など。
▼詳しい研究プロフィールはこちら
和田 大樹 (Daiju Wada) - マイポータル - researchmap

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