2024年11月23日( 土 )

世界一の地下鉄網は変貌するか 東京メトロ株式上場と、経営・サービスの展望(前)

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運輸評論家 堀内重人 氏

 世界一を誇る東京の地下鉄網は、東京地下鉄(株)(愛称:東京メトロ)と都営地下鉄によって運営されている。そのうち東京メトロの株主である国と東京都が、2024年10月下旬の東京証券取引所上場に向けた準備を行っている。利用者が望むように混雑が緩和されるのか、以前、議論された東京メトロと都営地下鉄との経営統合などを含め検討していく。
※本稿は、24年8月末脱稿の『夏期特集号』の転載記事です。

株式上場の中身など

 東京地下鉄(株)(愛称:東京メトロ)の株式売却は、財務相の諮問機関が2022年3月に答申した方法に基づき進められる。株式は国が53.4%、東京都が46.6%を保有しており、国と東京都は、それぞれの持ち分を最終的に合計で50%まで減らす。

 かつて西武ホールディングス株の35.48%を保有していた米国の投資ファンドのサーベラスが、上場時期をめぐって経営陣と対立した例があるが、国と東京都が株式の50%を保有していれば、株主総会で公益性を害する決議が提案されても、公的部門が株式の半数を所有しているため、国と東京都で阻止することが可能である。東京メトロの純資産約6,674億円を企業価値とした場合、単純計算で3,337億円分が売却される。財務省は、政府が所有する東京メトロ株式の売却分は、1,781億円程度と見込んでいるが、東日本大震災に関する復興財源確保法は、国が27年度までに得た東京メトロ株の売却収入を復興債の償還費用に充てると定めており、売却額はその費用に充てられる。

 仮に東京メトロの上場時の時価総額が6,000億円超となれば、23年に東証プライムに上場した半導体製造装置のKOKUSAI ELECTRICの時価総額を上回り、18年のソフトバンクの7兆1,800億円以来の大型案件になる可能性がある。

 時価総額だけで比べると、京成電鉄の7,360億円や近鉄グループホールディングスの6,284億円と肩を並べる規模になる。

 東京メトロ株式売却計画決定には、複雑な背景がある。1986年には、東京都23区内の地下鉄ネットワークがほぼ完成していた。新規の地下鉄建設が終えたこともあり、旧帝都高速度交通営団(営団地下鉄)という半官半民の組織である必要がなくなり、これを完全民営化する方針が閣議決定され、2004年に東京メトロが設立された。そして有価証券報告書には、08年開業の副都心線を最後に、その後は新線の建設は行わないとしばらくの間、記載された。地下鉄の新線建設には、巨額の費用が掛かり、財務を圧迫するという判断がなされたことが原因である。

東京メトロの経営状況

 東京メトロは銀座線、丸ノ内線など都心を中心に9路線を運営している。

 直近の24年4~6月期の連結決算は、コロナ禍が落ち着いたこともあり、売上高が前年同期比で6%増の1,019億円、営業利益は同34%増の290億円となった。純利益は同38%増の180億円であった。インバウンドなどが戻り、旅客需要の増加で運輸収入が伸びたことが影響しており、増収増益だった。

 コロナ禍中、東京メトロの経営は散々だった。コロナ前の18年度、東京メトロの輸送人員は民鉄のなかではトップの27億6,616万人であり、2位の東急電鉄の11億8,931万人と比較すれば、約2.3倍であった。

 コロナ禍の20年度は、利用者数は34%減少の18億1,948万人に落ち込んだ。21年3月期の連結決算は、売上高が前期比31%減の2,957億円で、前期の営業損益が839億円の黒字であったのに対して、一転して402億円の赤字に転落した。

 次年度には、そうした状況に終わりを告げ、23年3月期の営業利益は277億円の黒字となった。また、4~6月の3カ月だけでも217億円の営業利益が出ている。4~12月の9カ月の営業利益は、646億円とコロナ前の状況に戻っており、コロナ禍から脱却できたことも、上場を後押しした要因である。

東京メトロの新線建設構想

 通勤電車の混雑を緩和することで東京の国際競争力を高めるといった観点から、東京圏の鉄道ネットワークを充実させる方針が、10年代半ばに国によって打ち出された。そのなかには、東京メトロ有楽町線に分岐線を設け、豊洲から半蔵門線の住吉まで延伸する構想や、東京メトロ南北線の白金高輪駅から品川駅まで延伸する構想が描かれていた。有楽町線が延伸すれば、慢性的に混雑が激しい東京メトロ東西線は、有楽町線へと需要がシフトすることで、混雑が緩和する効果がある。また品川は、羽田空港へのアクセスの起点である以外に、将来はリニア中央新幹線の起点にもなる。品川に南北線が乗り入れれば、交通結節点としての機能がさらに充実する。

 2つの新線計画の建設費用は、約4,000億円を見込んでおり、国は、東京メトロが地下高速鉄道整備事業費補助と財政投融資を活用した都市鉄道融資で、建設費の全額を調達する計画をまとめた。

 東京メトロは、資金面の心配がなくなり、22年1月に国に鉄道事業の「許可」を申請し、同年3月に「許可」を得た。両線とも、30年代半ばの開業を目指している。

 なお東京圏の鉄道ネットワークを充実させる計画には、東京駅から銀座、築地などを経て晴海、豊洲市場、東京ビッグサイトに至る都心・臨海地域を結ぶ地下鉄構想もある。しかし、東京メトロは、自社ネットワークとは関係がないことを理由に、消極的である。東京都は、24年2月2日に整備主体を鉄道建設・運輸施設整備支援機構として、りんかい線を運営する東京臨海高速鉄道を運営主体として参加させる方向で検討する旨を発表した。

上場後の姿 不動産事業拡充か

 東京メトロの山村明義社長は、「上場によってさらに良い会社になる」と信じている。そしていつでも上場できるよう、事業を磨き込み、経営のガバナンスを強化しているという。上場が本決まりになれば、上場前に投資家が納得するような成長戦略を示す必要がある。

 2つの地下鉄の新線建設は、輸送人員を増やすという点で、投資家への訴求効果が絶大である。

 東京メトロは、長年、半官半民の経営形態であったことから、非鉄道事業に関しては、他の大手民鉄と比較すれば脆弱である。大手民鉄は、不動産、流通、レジャーなど経営の多角化が進んでいるが、コロナ禍前(18年度)の東京メトロの連結売上高に占める鉄道事業の割合は88%で、鉄道事業に大きく依存しているといってよい。

 地下鉄という性格上、東京メトロは地上に広大な土地を保有していない。それでも小田急電鉄と新宿駅西口の開発や、東急不動産と明治神宮前などの開発計画に取り組んでいる。また既存物件を売却し、得た資金を再投資するなど、不動産事業の強化・拡充を急いでいる。

(つづく)


<プロフィール>
堀内重人
(ほりうち・しげと)
1967年生まれ。立命館大学大学院経営学研究科博士前期課程修了。運輸評論家としての執筆、講演活動のほか、NPOなどで交通問題を中心に活動を行う。主な著書に「ビジネスのヒントは駅弁に詰まっている」(双葉新書)、「観光列車が旅を変えた―地域を拓く鉄道チャレンジの軌跡」(交通新聞社新書)、「地域の足を支える―コミュニティバス・デマンド交通」(鹿島出版会)、「都市鉄道とまちづくり―東南アジア・北米西海岸・豪州などの事例紹介と日本への適用」(文理閣)など。

(後)

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