2024年11月23日( 土 )

世界一の地下鉄網は変貌するか 東京メトロ株式上場と、経営・サービスの展望(後)

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運輸評論家 堀内重人 氏

 世界一を誇る東京の地下鉄網は、東京地下鉄(株)(愛称:東京メトロ)と都営地下鉄によって運営されている。そのうち東京メトロの株主である国と東京都が、2024年10月下旬の東京証券取引所上場に向けた準備を行っている。利用者が望むように混雑が緩和されるのか、以前、議論された東京メトロと都営地下鉄との経営統合などを含め検討していく。
※本稿は、24年8月末脱稿の『夏期特集号』の転載記事です。

代表的な混雑路線

 しかし、利用者とすれば、上場によって混雑が緩和されるなどのサービス改善が実現できるかが一番の関心事である。

 1989年まで遡ると、首都圏における鉄道の平均混雑率は202%もあり、路線によっては身動きもできない水準であった。その後、国土交通省が「通勤ラッシュの混雑率を180%以下へ」を掲げて対策を行った結果、平成後期には、165%前後で推移している。

 だが令和に入ると、コロナ禍による利用者数の減少だけでなく、リモートワークが浸透し、乗客は一時、激減した。そしてコロナ禍がほぼ完全に明けた2023年度、首都圏の平均混雑率は前年の123%から136%へと上昇し、朝の通勤通学ラッシュが戻り始めている。

 23年度の東京メトロ混雑率ランキングのワースト1位は、東西線を抜いて日比谷線となった。19年度の混雑率を4%上回る162%を記録し、東京メトロの路線のなかで最も高い混雑率となった。

 日比谷線は、ピーク時の利用者が21年度は2万人であったが、22年度には3.7万人、そして23年度は4.5万人と大きく伸びた。その結果、混雑率だけでなく、利用者数共にコロナ禍前の水準を越えた。日比谷線の最混雑区間は、三ノ輪から入谷間である。

 ここで注目したいのが、ランキング第2位の千代田線の町家から西日暮里間である。一方で、首都圏北エリアにおける交通の要衝である北千住駅には、筑波・八潮方面からのつくばエクスプレスと、茨城県側からのJR常磐線が乗り入れ、東武伊勢崎線(東武スカイツリーライン)は日比谷線に直通する。この北千住駅ではJR・つくばエクスプレスとの乗り換え以外に、地下鉄千代田線への乗り換え、東武鉄道の日比谷線直通という、通勤の大きな流れがある。

 北千住駅では、日比谷線と接続する以外に、東武鉄道と直通運転を行う。千代田線は、綾瀬駅での接続とJR東日本と直通運転を行う。千代田線の町家から西日暮里間の混雑率は、第2位であるが、ピーク時の1時間あたりの利用者は、千代田線が10両編成の電車で運転されるから、6.6万人である。

 一方の日比谷線は、7両編成の電車で運転され、4.5万人であるから、千代田線のほうがはるかに多い。日比谷線は、1964年の東京オリンピック開催に合わせて開業したため、ホームの長さも短く、かつ急勾配や急カーブが多く、輸送力は千代田線の6割ほどしかない。他社からの乗り換えを含む急激な乗客増加と、昔からの輸送力不足が重なり、日比谷線の混雑率が急激に上がった。

 以前から慢性的な混雑が問題視されていた東西線ではあるが、木場駅から門前仲町駅が、2023年度は第3位となった。コロナ禍前の19年度は、199%と混雑が激しかったが、23年度になると、リモートワークの普及もあり、乗客が減少して148%となり、車内で新聞が読めるほど大幅に改善された。

 株式上場後に、日比谷線・千代田線など、新たな混雑緩和に向けた投資が実施されるのか、注目される。

都営地下鉄との経営統合 課題は財務格差

東京メトロの本社
東京メトロの本社

    かつて猪瀬直樹が、東京都知事を務めていた2010年代には、東京メトロと都営地下鉄を経営統合して一元化するという構想があった。都営地下鉄は、都電を廃止して地下鉄に置き換える際、路面電車の運転士などの雇用対策として設立された経緯がある。現在は、路面電車の多くが地下鉄に置き替わったが、別の組織で運営されると、乗り換える度に初乗り運賃が必要となり、利用者に負担がかかってしまう。そのため、経営の一元化に向けて、九段下駅の東京メトロ半蔵門線と都営新宿線のホームを隔てる壁が撤去された。

 いずれも同じような地下鉄を運営しているため、経営の一元化が望ましいが、一元化するには都営地下鉄の累積欠損が課題となる。都営地下鉄の累積欠損の金額は、22年度で2,151億円である。

 大江戸線の開業により輸送人員を増やし、その累積欠損額は減少傾向にある。だが大江戸線は、地下の深い位置に建設されたこともあり、長期借入金が2,450億円になるなど負債も多く、自己資本比率も関東の民鉄と比較すれば低い。

 一方、東京メトロの自己資本比率は31%と、都営地下鉄よりは高い。これは、東京メトログループが発足した04年度より、安全・安心・快適で、より良いサービスを提供するとともに、コスト削減と生産性向上に努め、債務の削減と自己資本の充実による財務基盤の強化を図ったことによるものだ。23年度末の関東大手民鉄の連結による自己資本比率は、概ね30~35%程度であるから、他の鉄道会社と比較しても、遜色ない水準である。

 現時点で都営地下鉄の経営を統合して、東京メトロに一元化すれば、東京メトロの財務状態を悪化させる。東京都は、東京メトロの株を少しでも高く売却したい。それゆえ東京メトロの円滑な経営を阻む都営地下鉄の吸収合併は、現時点ではやりたくないというのが本音である。

 ただ利用者からすれば、乗り換える度に初乗り運賃を徴収される現状には不満があることから、東京都が東京メトロ株式の売却益も活用し、都営地下鉄の長期借入金を返済するようにして、経営統合を行う必要性を感じる。

総括:世界も注目する東京地下鉄の行方

 コロナ禍前は、東京メトロ東西線と東急田園都市線や東急東横線は、混雑率が高くて、通勤時は苦痛であった。だがコロナ禍後は、ピーク時であっても利用者数が、6~7割程度にとどまっている。コロナ禍が契機となり、リモートワークの普及もあり、首都圏の通勤事情は確実に様変わりした。

 東京メトロの株式上場に関しては、上場後も国と東京都が株式の50%を所有するため、公益に反した経営がしづらい状況になる。JRも東日本・東海・西日本・九州は、株式を上場したことで、利用者ではなく、株主の方を向いて経営するようになった。今後は、新規に増資を行い、国が株を購入して、公的関与を強めて、利用者目線の経営を重視する姿勢にしなければならない。

 利用者からすれば、東京メトロの株式が上場されることで得る売却益を、混雑緩和の設備投資に活用されることと、都営地下鉄との経営統合を望んでいる。だが都営地下鉄には長期借入金があるため、現時点で経営統合すると東京メトロの財務状況が悪化する。よって、東京都は両社の経営統合に消極的である。もし東日本大震災の復興財源として、60年間無利息の建設国債を発行して得ていたならば、国が持つ東京メトロの株式売却益を、都営地下鉄の長期借入金の返済に活用し、東京メトロへ吸収合併ができたと考えられる。それゆえ、経営統合を進めるには、東京都が東京メトロ株式の売却益の一部を活用し、都営地下鉄の長期借入金を減らすようにするしかない。

 世界一の地下鉄網を誇る東京が、東京メトロの上場によってどのように変化していくのか、今後の行方が注目される。

(了)


<プロフィール>
堀内重人
(ほりうち・しげと)
1967年生まれ。立命館大学大学院経営学研究科博士前期課程修了。運輸評論家としての執筆、講演活動のほか、NPOなどで交通問題を中心に活動を行う。主な著書に「ビジネスのヒントは駅弁に詰まっている」(双葉新書)、「観光列車が旅を変えた―地域を拓く鉄道チャレンジの軌跡」(交通新聞社新書)、「地域の足を支える―コミュニティバス・デマンド交通」(鹿島出版会)、「都市鉄道とまちづくり―東南アジア・北米西海岸・豪州などの事例紹介と日本への適用」(文理閣)など。

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