2024年10月28日( 月 )

認知症の現状と問題点(前)

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大さんのシニアリポート第139回

 国際アルツハイマー病協会は1994年、WHO(世界保健機構)と共同で、毎年9月21日を「世界アルツハイマーデー」と制定した。日本でも今年1月に施行した「認知症基本法」では、認知症への関心と理解を深めるため、同日を「認知症の日」とし、9月を「認知症月間」とした。認知症に関してのマスコミ報道が増えたのはそのためである。2004年、政府は「痴呆」を「認知症」と改名。「認知症当事者」(現在こう表現する)への周囲の理解も大きく変化した。現在では、若年性認知症当事者が顔出しで講演するなど時代が大きく変化した。

「認知症基本法」施行までの道のり

イメージ    65歳以上の高齢者のなかで、認知症当事者は約443万人、認知症の前段階とされるMCI(軽度認知症)の人は約559万人(2022年度 厚労省研究班調査)とされ、合計1,000万人を超す。高齢者の実に3.6人に1人が認知症、認知症予備軍である。

 今から31年前、埼玉県西部にある地方都市に住む老夫婦を取材した時(『老いてこそ 2人で生きたい』大和書房刊 と題して出版)のこと、市の福祉課に、ボケ老人(当時認知症という言葉はなかった)の現状と介護する家族の意識について質問をしたことがある。係員は、「最近老人ホームを設けたのですが、入居者はほぼゼロ状態。どうやらボケ老人に対する世間的な“目”を気にして、人目を避けた生活を強いているようです。たとえば特別に設けられた一室に閉じ込めてしまう。言葉はわるいんですが、座敷牢です。一方で老人ホームに入れることを、“親を棄てた”と噂されるのも怖いんでしょうね」と苦笑いしていた。

 2005年、認知症に関する正しい普及を目指し、各地で「認知症サポーター養成講座」をスタートさせ多くの受講者でにぎわった。受講後、終了証明の意味を込めてオレンジ色の“腕輪”が配られた(私も2本所持している)。24年6月末時点で、講座受講者が1,549万人に達した。

 14年には、「日本認知症ワーキンググループ(現・日本認知症本人ワーキンググループ)」が発足。17年、京都市で開催された「ADI国際会議」には、世界各国から約200人の認知症当事者が参加。15年、政府は若年性認知症施策の強化など7つの柱を掲げる「認知症施策推進総合戦略(新オレンジプラン)を公表。19年、「共生」と「予防」を車の両輪と位置付ける「認知症施策推進大綱」を決定。愛知県大府市の「認知症に対する不安のないまちづくり推進条例」を皮切りに、自治体でも実情に合わせた条例を施行した。24年4月現在、全国には20を超す自治体に条例がある。

 民間でも「認知症の人と家族の会(旧・呆け老人をかかえる家族の会)」が各地につくられた。各種サービスを利用する人が認知症になる現状を踏まえ、企業や金融、交通、小売業などさまざまな業界で認知症対策が図られている。

 一方で、認知症当事者への虐待、介護殺人(介護施設内、老々介護などでの)の悲劇も現実に起きており、相変わらず世間の認知症当事者への偏見も存在している。こうした流れを受けて今年1月に施行されたのが「共生社会の実現を推進するための認知症基本法」である。(以上、「尊厳と希望をもって 共に生きる」『朝日新聞』24年9月21日付参照)

    粟田主一氏(東京都健康長寿医療センター長)が提言するように、「基本法や基本計画案で、認知症の『患者』ではなく、認知症の『人』と表記している。基本的人権を持つ個人として認識され、尊重される。意思の自由があり、希望をもって生きることができるということ。これまで認知症施策で重視されてこなかった考えで、極めて大きな変化。新しい認知症観」として「認知症基本法」を高く評価している。

 「本人がどう暮らしたいのか、個々の意思をどう尊重できるかを念頭に、当事者参画のもとでいかに施策をつくるかがポイント。これからの最大の問題は、認知症の人の孤立でしょう」ともいう。

 そう、粟田氏の最後の指摘、「認知症当事者の孤立」こそが大問題なのである。前回(「誰にも迷惑をかけず、ひっそり」と死ぬことはできないのです(前))紹介した「老後ひとり難民」問題だ。これは沢村香苗氏(日本総合研究所 創発戦略センター シニアスペシャリスト)が『老後ひとり難民』(幻冬舎新書)で衝撃的に訴えている「準備不足な“おひとりさま”の悲劇な末路」のことである。

 これは主に健常高齢者を対象とした老後ひとり難民問題なのだが、これが認知症当事者、介護する家族となれば想像を超える「難問」に発展するだろう。とくに独居高齢者の認知症(軽度認知症含む)当事者の場合はより一層深刻さを増す。誰が介護し、誰が看取ってくれるのか。明確な答えはいまだ出ていない。

(つづく)


<プロフィール>
大山眞人(おおやま まひと)

 1944年山形市生まれ。早大卒。出版社勤務の後、ノンフィクション作家。主な著作に、『S病院老人病棟の仲間たち』『取締役宝くじ部長』(文藝春秋)『老いてこそ2人で生きたい』『夢のある「終の棲家」を作りたい』(大和書房)『退学者ゼロ高校 須郷昌徳の「これが教育たい!」』(河出書房新社)『克って勝つー田村亮子を育てた男』(自由現代社)『取締役総務部長 奈良坂龍平』(讀賣新聞社)『悪徳商法』(文春新書)『団地が死んでいく』(平凡社新書)『騙されたがる人たち』(講談社)『親を棄てる子どもたち 新しい「姥捨山」のかたちを求めて』『「陸軍分列行進曲」とふたつの「君が代」』『瞽女の世界を旅する』(平凡社新書)など。

(第138回・後)

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