【鮫島タイムス別館(31)】兵庫県知事選のショックとメディアの構造的変化
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不信任を突きつけられたマスコミ報道
兵庫県知事選のショックがマスコミ業界を覆っている。斎藤元彦知事を「パワハラ知事」「おねだり知事」と糾弾し、県議会の全会一致の不信任決議による失職に追い込んだのに、斎藤氏は立花孝志氏らインフルエンサーの後押しを受けてSNSで支持を拡大して出直し知事選で逆転勝利し、知事に返り咲いたからだ。
マスコミ報道が県民から逆に不信任を突きつけられた格好で、マスコミがSNSに敗北したといえるだろう。マスコミ関係者と会うと「兵庫県知事選の結果をどう受け止めたら良いのか」という話題ばかりだ。
開票速報を伝えるテレビ特番では、出演者から「マスコミも反省しなければならない」という発言も飛び出し、ネットでは「まるでお通夜のようだった」と嘲笑された。一方で「ネットで拡散した虚偽情報で選挙結果が歪められた」と主張するマスコミ関係者も少なくない。「マスコミの敗戦」を受け入れたくない空気が業界には横たわっている。
けれども、ネット情報の信憑性に疑問を投げかけるだけではマスコミへの信頼は回復できそうにない。国家プロジェクトである東京五輪のスポンサーになって世論を盛り上げたスポーツ報道、国策のコロナワクチン一斉接種の旗を政権とともに振った医療報道、ウクライナに侵攻したロシアはすぐに敗北するという米民主党政権の情報戦に乗って世論をミスリードした国際報道、財務省が唱える財源論に同調して減税政策への懸念ばかりを伝える経済報道…。ここ数年、マスコミが政権の意向に従って世論を誘導してきた実例は枚挙にいとまがない。
ネットで飛び交うフェイクニュースよりも、マスコミが真顔で大々的に垂れ流す政権のプロパガンダのほうがよほどタチが悪いことに、多くの国民は気づき始めている。そのような「マスコミ不信」が噴き出したのが、今回の兵庫県知事選であった。その現実を直視せず、ネット批判ばかりしていたら、マスコミ不信はますます深まるだけだ。
予兆はあった。今夏の東京都知事選である。マスコミは「現職の小池百合子知事vs立憲民主党が擁立する蓮舫氏」の一騎打ちの構図を伝えていたが、ネットで強い支持を集めたのは、YouTubeで人気の石丸伸二・前安芸高田市長だった。マスコミは当初、石丸氏を泡沫扱いしていたが、彼らの予想を覆し、石丸氏は蓮舫氏を抜いて2位に躍進したのである。
このときすでに「マスコミがSNSに敗北した」と評価していたら、兵庫県知事選の衝撃はそれほど大きくなかったかもしれない。しかしマスコミは「石丸現象」を真正面から受け止めず、「蓮舫氏が共産党の支援を受けたことが敗因だった」「自民党支持層が裏金問題に反発して石丸氏に流れた」などという従来の延長線上の政治解説でしのいだ。YouTubeなどSNSの影響力は実際の選挙での得票につながらないというのが永田町の通説だった。「石丸現象」の最大の要因はSNSだと認めなくない空気がマスコミ業界を支配していたのである。
しかしこの都知事選は、実際の選挙でYouTubeなどSNSの影響力がマスコミ報道を凌駕したことを決定づけたメディア史上の転換期として刻まれるだろう。
選挙報道でも今後、SNSが主戦場に
10月の総選挙でも「マスコミに対するSNSの優位」はくっきりと出た。議席を4倍に増やした国民民主党と、3倍に増やしたれいわ新選組は、いずれもマスコミ報道では影が薄いものの、YouTube戦略を大々的に転換して躍進したのだ。
国民民主党の目玉公約「手取りを増やす」は、経済理論から導かれたというよりも、玉木雄一郎代表が自らの『たまきチャンネル』で大衆の声を吸い上げ、手取りを増やす減税政策への期待が広がっていることを察知して打ち上げたものだ。多くの政治家が自らの主張を一方的に発信する場としてSNSをとらえているのに対し、玉木代表は大衆の声を吸い上げる相互交流の場としてYouTubeを活用し、若者や現役世代を中心にチャンネル登録者数を飛躍的に伸ばした。国民民主党の躍進の最大の要因は、玉木代表がユーチューバーとして飛躍したことである。
マスコミは総選挙を「政権交代の選挙」と位置付け、「自民党(与党第1党)vs立憲民主党(野党第1党)」の対決構図として報じてきた。この結果、自民党が裏金事件で国民的批判を浴びるなか、自民批判票の第一の受け入れ先として立憲民主党が選ばれるのは自然な流れだ。実際、1人しか当選者がいない小選挙区では自民候補を落とすため、立憲候補に票が集中する現象がみられた。立憲民主党が50議席を増やして「躍進」と報じられたのは、小選挙区で自民候補に競り勝ったからである。
しかし、立憲民主党が国民の期待を引き寄せたとはいえない。比例代表で集めた票は、大惨敗した前回総選挙から7万票しか増えていないのだ。自民党は前回から533万票減らしている。有権者の多くは今回の総選挙で自民党を敗北させることを最優先し、小選挙区では自民候補と競り合う立憲候補に投票したものの、立憲民主党にも期待しておらず、比例代表ではほかの野党を選んだのだ。その多くがYouTube戦略を駆使した国民民主党やれいわ新選組に流れた。
マスコミが糾弾した斎藤氏が立花氏らインフルエンサーに後押しされてSNS選挙で大逆転したことは、ついに選挙報道の世界でもマスコミがSNSに追い抜かれた現実を映し出している。ネットでの影響力は実際の選挙の得票につながらないという時代は終焉した。今後、各党はマスコミ戦略よりもSNS戦略に軸足を移していくだろう。
夏の東京都知事選で露見した「選挙とメディア」の構造的変化は、秋の兵庫県知事選で決定的になった。来夏の参院選で生き残ることができるのは、この激変に対応できる政党やメディアだけだ。
【ジャーナリスト/鮫島浩】
<プロフィール>
鮫島浩(さめじま・ひろし)
ジャーナリスト、『SAMEJIMA TIMES』主宰。香川県立高松高校を経て1994年、京都大学法学部を卒業。朝日新聞に入社。政治記者として菅直人、竹中平蔵、古賀誠、与謝野馨、町村信孝ら幅広い政治家を担当。2010年に39歳の若さで政治部デスクに異例の抜擢。12年に特別報道部デスクへ。数多くの調査報道を指揮し「手抜き除染」報道で新聞協会賞受賞。14年に福島原発事故「吉田調書報道」を担当して“失脚”。テレビ朝日、AbemaTV、ABCラジオなど出演多数。21年5月31日、49歳で新聞社を退社し独立。
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