高齢者「2025年問題」「老後1人難民」の恐怖(前)
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ノンフィクション作家 大山眞人 氏
今春、運営する「サロン幸福亭ぐるり」は場所を変え、「サロン幸福亭」と名称を変更して再出発した。理由は運営資金の問題と行政との関わりより地域住民との関係を重視するという運営内容の変更のためである。これまでも懸案だった地域住民が抱えてきたさまざまな問題は一向に改善されず、正直混迷を深めていくばかりだ。その最たるものが、独居高齢者の「終身サポート」だろう。身内がいてもいなくても「無縁社会」の現状では高齢者は見捨てられるだけだ。2025年、折しも日本は国民の5人に1人が後期高齢者(75歳以上)の超高齢化社会を迎え福祉、医療などの体制見直しが求められる(2025年問題)。
孤独死の陰に潜むもの
サロンを運営して17年目に入る。その間37人の仲間が天国に召された。この周辺は、UR賃貸・分譲住宅、県営・市営・ヴィレッジハウス(旧・雇用促進住宅)という中高層の集合住宅で占められている。必然的に戸建住宅の住民とは生活環境が異なる。拙著『団地が死んでいく』(平凡社新書)で報告したように、集合住宅という周囲から隔離された生活環境では、孤独死の問題を避けて通ることはできない。
4年前の夏、私が住む県営住宅で実に4件もの孤独死者を出したことがある。そのうち3件は身内がいた。身内の有無とは無関係に孤独死は発生する。偶然夏に起きた“事件”とはいえ、腐乱した状態で発見されずに済んだのは不幸中の幸いである。「周囲と関りをもちたくない。煩わしさから逃れたい」と希望して入居した夢の空間が、逆に孤独死者を増やす要因となったことは皮肉だ。
とくに公営住宅には、さまざまな事情を抱えてそこに辿り着いた住民が多い。サロンの常連客のなかにも、親兄弟や親戚との関係に問題を抱えたまま疎遠状態の人が何人もいた。彼らの最大の関心事は、「身寄りなき老後問題」だ。1人では解決できない問題が山積している。現実を直視することで、これから先の自分の姿が見えてくる。
誰にも迷惑をかけずひっそりと死ぬことはできない
頼れる『身寄り』がいない状態で、老後を迎える人が増えている。親族がまったくいない人だけではなく、いても疎遠で頼れない人も多い。しかし、1人で死にゆくのは簡単なことではない。昔なら死後のさまざまな手続きや、金銭の支払いから葬儀・墓まで家族や親族が担ってくれた。今はそれを支えてくれる人が減った。
「家族親族の『代わり』を業務外で務めることが増えてきた現場からは、悲鳴が上がる」(『朝日新聞』24年4月6日)という見出しが目に止まった。「身寄りのない人へのサポート」を行政が担うということだ。
ある都市に住む71歳の男性が脳梗塞で救急搬送された。意思の疎通は不可能な状態。通帳には1,200万円あるが、市が勝手に手を付けることはできない。そこで市は男性に青年後見人を付けることを決定。まず親族に青年後見人を付けるか否かの賛否を確認する。賛成を得たことで、本格的にサポートに乗り出す。青年後見人は財産管理や預貯金を引き出すことも、家を片付ける業者の選定もできる。今後の生活相談も可能となる。
頼れる身寄りがいない人の最期を、病院スタッフが支える例も多い。86歳の男性が病院で亡くなった。存命中、身の回りの世話をしてくれる人がいるかを看護師が尋ねると、「こんな無様な姿は見せられない」と頑なに存在の有無を拒否。しかたなく病院の医療ソーシャルワーカー(SW)が説得して自宅で貴重品を捜し、見つかった預金通帳から現金を下すことができた。彼の死後、市の職員が身寄りの有無を捜索。運よく見つかって連絡したものの、彼の存在そのものを知る人が少なく、火葬場にきてくれた数人の身内も火葬を待つことなく遺骨の郵送を市の担当者に託して帰宅したという。生前、「誰にも迷惑をかけず、ひっそりと死にたい」が彼の口癖だった。「誰かの手を頼らないと、骨になることもできないんです」とSWは話す。
顔見知りの葬儀社「あしたばヒューネスト」の岩田さんから話を聞いた。仏さんの身内に連絡すると、「さんざん仏さんの悪口を並べたて、無縁仏として埋葬してくれ」と言う。「身内がいるので無縁墓には入れません」と伝えると、「これまでさんざん身勝手なことをしてきて、最後に遺骨を引き取れだと、冗談じゃない。埋葬料も支払いません」と激高して電話を切られたという。「無縁社会の象徴でしょうか」と悲しい笑いをされた。
身寄りなき老後対策を自治体も決意したものの
厚労省では、病院や介護施設が、家族や親族ら身元を保証する人がいないことのみを理由に入院や入所を拒むことがないよう通達を出している。しかし、(一社)東京都医療ソーシャルワーカー協会が22年末、都内の病院や介護事業所に勤める会員らに聞いたところ、回答した366人の9割超が、身元保証人がない人は入院や転院、施設入所が「制約されている」と答えている。調査を担当したFさんは、「とくに救急患者を受け入れる病院では、身寄りがない患者さんの家族を捜す、お金の出所を探すといった仕事が大幅に増え、職員の負担が増している」と話す。身元保証人の問題は独居高齢者の生き方にも大きな影響を与える。
身寄りのない高齢者の困りごとを自治体の相談窓口に寄せられる事例から見ると、①入院(入所)時などに頼れる親族がいない、②認知症になったときのお金の管理ができない、③遺言を残したい、④葬儀や納骨をしてくれる人がいない、⑤死後の家財の処分などが代表的なものだ。
老後不安解消のため、国が「日常生活から死後対応まで」の新制度の検討を始めた。公的な支援の1つは、市町村や社会福祉協議会などに相談窓口を設け、「コーディネータ―」を配置する。彼らが「日常生活の困りごと」「終活問題」など、あらゆる面で相談に乗る。法律相談や終活支援を担う専門職、葬儀・納骨や遺品整理を委任できる業者などにつなぎ、契約手続きを支援する。さらに、市町村の委託補助を受けた社協などが、介護保険などの手続き代行から金銭管理、緊急連絡先としての委託、死後対応などをパッケージで提供。国による補助で少額でも利用できるようにするというもの。
東京都豊島区では21年、豊島区民社会福祉協議会に運営を委託。終活に関する相談窓口「終活安心センター」をスタートさせた。弁護士や司法書士といった専門職につなぎ、見守りや判断能力が低下した場合に備える「任意後見」、葬儀などを頼む「死後事務委託」といった契約締結を支援してきた。今年度からは、定期的な見守りや入退院時の手続き、緊急連絡先としての受託、葬儀・納骨など一体的なサービスの提供を検討するという。新サービスは65歳以上が対象。預貯金の額などによって条件が異なる。しかし専門職との契約時にかかる諸費用について、低所得者への金銭的な支援の課題は残されたままだ。
名古屋市や神奈川県横須賀市でも同様のサービスを提供し始め、それなりの成果を上げているが、自治体によって対応への温度差が激しく、まったく手を付けられていない自治体も多い。その原因の1つはサービスする側の人員不足が挙げられる。同時に業務外の仕事量の急激な増加も問題だ。職員のなかには、「銀行に同行しての振り込み支援」「救急車に同乗」「転居時のゴミ処分」「入院時に必要な書類作成の支援や、着替えを届ける」などと支援項目が多岐にわたり、本来の業務に支障をきたす場合が少なくない。国は号令するだけ(自治体に丸投げ)でなく、具体的で手厚い支援(とくに人件費と人材不足解消)をすべきだろう。
(つづく)
<プロフィール>
大山眞人(おおやま・ まひと)
1944年、山形市生まれ。早大卒。出版社勤務の後、ノンフィクション作家に。主な著作に、『S病院老人病棟の仲間たち』(文藝春秋)、『老いてこそ2人で生きたい』『夢のある「終の棲家」を作りたい』(大和書房)、『退学者ゼロ高校 須郷昌徳の「これが教育たい!」』(河出書房新社)『克って勝つ―田村亮子を育てた男』(自由現代社)、『団地が死んでいく』(平凡社新書)、『騙されたがる人たち』(講談社)、『親を棄てる子どもたち 新しい「姥捨山」のかたちを求めて』『「陸軍分列行進曲」とふたつの「君が代」』『瞽女の世界を旅する』(共に平凡社新書)など。関連キーワード
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