2024年12月01日( 日 )

高齢者「2025年問題」「老後1人難民」の恐怖(後)

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ノンフィクション作家 大山眞人 氏

 今春、運営する「サロン幸福亭ぐるり」は場所を変え、「サロン幸福亭」と名称を変更して再出発した。理由は運営資金の問題と行政との関わりより地域住民との関係を重視するという運営内容の変更のためである。これまでも懸案だった地域住民が抱えてきたさまざまな問題は一向に改善されず、正直混迷を深めていくばかりだ。その最たるものが、独居高齢者の「終身サポート」だろう。身内がいてもいなくても「無縁社会」の現状では高齢者は見捨てられるだけだ。2025年、折しも日本は国民の5人に1人が後期高齢者(75歳以上)の超高齢化社会を迎え福祉、医療などの体制見直しが求められる(2025年問題)。

民間業者を頼りにしてみたら…

イメージ    前出のように自治体には温度差があり、公的なサービスにも限界がある。不足分はどうしても「高齢者など終身サポート事業」を提供する民間の業者に頼らざるを得ない。民間業者のサービス提供にも大きなばらつきがある。2000年、介護保険制度がスタートして多くの事業者が新規参入してきたが、低賃金や過酷な労働状況で職員の多くが離職。結局施設そのものが撤退を余儀なくされるという事態が生じ、今もそれは解消されていない。なかには悪徳業者も紛れ込んで、トラブルが絶えない状態が続いた。

 民間業者の「終身サポート事業」もそれと酷似している。業者が提供している主なサービスを挙げてみる。「医療・介護施設への入院・入所時の連帯保証と手続き」「同移動、家具類の移動と処分」「死亡・退去時の身柄の引き取り」「医療同意書作成の支援」「緊急連絡先の引き受けと緊急時の対応」「通院時の送迎・付き添い」「買い物同行」「納税、公共料金等の支払いに関する代行手続き」「印鑑や重要書類の保管」「死亡の確認と関係者への連絡」「火葬許可の申請と死亡届の代行」「葬儀に関する事務」「家財道具や遺品などの整理」その他ナンデモ…。元気な高齢者でさえ、「こんなに面倒なことをしなくてはならないのか」と目を剥くばかりだろう。当然これには相応の金が必要とされる。見切り発車の業者も多く、トラブルも絶えない。

 関西に住む女性(77歳)は8年前、夫が定年退職した際、「もしものときの保証人」を、身元保証事業者「日本ライフ協会」に委託した。設立は09年で、内閣府から公益認定を受け全国展開をしていた。費用には入会金、会費、身元保証料、葬儀費用、お墓、家財処分費…も含まれ、月会費もなく2人で330万円超を払い込むだけ。2人は一括支払いで済むことに魅力を感じて入会。しかし4年後、約2,600人の会員を抱えた協会は突然破産。夫婦への返金は50万円にも満たなかったという。こうした民間業者とのトラブルをめぐり、全国の消費生活センターに寄せられる相談件数が年々増加し、10年前の4倍になったという。

 一人暮らしの男性(72歳)は死後の不安解消に、終活に関する講演会などに参加して情報を収集し、22年7月、身元保証のサービスを提供する事業者と「死後事務委任契約」を結んだ。事業者から提示された金額は150万円。「この値段で、最期まで安心できますよ」という言葉にその場で契約した。その後、「遺言書の作成が必要」と50万円、さらに入院時の身元保証を頼むには30万円が必要であることが判明。「死後、本当に契約が履行されるか、自分では判断できない」と困惑している。

国のガイドラインには拘束力も罰則もない

イメージ    6月11日、岸田総理は「孤独・孤立対策推進本部」で、「関係官庁が連携し、事業の健全な発展の推進を図るとともに、関連制度等の必要な見直しの検討」と述べている。国は、事業者の適正な事業運営と利用者の安心を確保することを目指し、「高齢者など終身サポート事業者」を主な対象として、ガイドラインを策定した。利用者からの預託金の明確化、利用者への定期的な管理状況の報告、預託金は信託銀行や信託会社を相手にする「信託契約」を利用しての保全などの指針である。

 最大の問題は、契約者本人が死亡しているため、死後に本当に契約が履行されているかを確認できる手段がないことだ。この点についてガイドラインでは、「第三者による点検などが定期的に行われる仕組みなどを構築しておくことが有効」とし、厚労省によると、弁護士などが想定されるという。ガイドラインには拘束力も罰則もない。サービスも多岐にわたり監督官庁も未定。ガイドラインがどこまで遵守されるかが問題で、優良な業者を認定する仕組みの必要性も検討しているというが、ガイドラインの「望ましい」「検討している」「罰則なし」では実に心もとない状況だ。

 「終身サポート」を必要とする高齢者は増え続け、法的措置は後手に回り、悪徳業者が蔓延するだろう。2025年問題と位置付けられているが、法律等の改正によってある分野が著しい打撃や改変を迫られるという問題ではない。高齢者が抱えている慢性的に続く未解決の問題がより悪化したかたちで白日の下に晒されるということだ。

 沢村香苗(日本総合研究所創発戦略センタースペシャリスト)は、こうした状況を「老後1人難民」と表現する。著書『老後1人難民』(幻冬舎新書)のなかで、「本人の意思決定が重視されるということは、本人が意思決定できなくなったとき、代わりに意思決定してくれる身寄りがいなければ、さまざまな場面で息詰まることを意味します」と明言し、公的機関から民間事業者までさまざまな角度から提言している。高齢者には必読の書として推薦いたします。

(了)


<プロフィール>
大山眞人
(おおやま・ まひと)
1944年、山形市生まれ。早大卒。出版社勤務の後、ノンフィクション作家に。主な著作に、『S病院老人病棟の仲間たち』(文藝春秋)、『老いてこそ2人で生きたい』『夢のある「終の棲家」を作りたい』(大和書房)、『退学者ゼロ高校 須郷昌徳の「これが教育たい!」』(河出書房新社)『克って勝つ―田村亮子を育てた男』(自由現代社)、『団地が死んでいく』(平凡社新書)、『騙されたがる人たち』(講談社)、『親を棄てる子どもたち 新しい「姥捨山」のかたちを求めて』『「陸軍分列行進曲」とふたつの「君が代」』『瞽女の世界を旅する』(共に平凡社新書)など。

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