戒厳令発令の背景とその意味を問う~韓国はどこに向かおうとしているのか~(4)
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鹿児島大学名誉教授
ISF独立言論フォーラム編集長
木村朗韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領が11月3日夜、「非常戒厳」の宣布を発表した。
これを受けて戒厳令に抗議する市民多数が国会議事堂の周りに集まった。また急遽国会議員も国会に駆けつけて、翌日未明には素早く戒厳令解除の要求を議決した。
このため大統領は4日早朝には、戒厳令を解除すると表明した。戒厳令発動の2時間後に国会が戒厳令反対の決議をし、6時間後に戒厳令が解除されたわけである。
このあまりに突然の出来事に、韓国国民だけでなく世界中の人々が驚愕した。今回の戒厳令発動から解除までの経緯を振り返りながら、韓国で一体何が起こっていたのか、その背景と意味するものは何か、また今後どのような展開となるのかを改めて考えてみたい。戒厳令発動の真の目的は不正選挙の摘発か?
尹大統領が非常戒厳宣言をして戒厳令を施行した目的・理由についてはすでに述べたが、実はもう1つ検討すべき問題が残されている。それは、今年(24年)4月に行われた国会議員選挙(定数300のうち「共に民主党・民主連合」が6割近くを獲得した半面、保守系与党「国民の力・国民の未来」は108議席にとどまった)に関するもので、戒厳令施行は不正選挙の捜査のためであったという主張をめぐる問題である。
尹大統領の非常戒厳令宣布後、戒厳軍が京畿道果川市の中央選挙管理委員会にも297人投入し職員や庁舎への出入りを規制していたことが判明した。
韓国国会の行政安全委員会に所属する金城会(キム・ソンフェ)議員=共に民主党=の議員室が4日に中央選挙管理委員会から提出を受けた「緊急懸案質疑報告資料」によると、3日午後10時30分ごろ、戒厳軍10人と警察10人が中央選挙管理委の庁舎に投入された。尹大統領が午後10時24分に行った非常戒厳宣布からわずか6分後だ。戒厳軍10人は中央選挙管理委の夜間当直者など5人の携帯電話を押収し、行動を監視したと伝えられている。
また韓国の中央選挙管理委員会は5日、尹大統領の非常戒厳発動直後、約300人の戒厳軍兵士が京畿道の果川中央選管庁舎、水原選挙研修院、そしてソウル冠岳庁舎に出動したことを明らかにした。今回の非常戒厳事態で、国会以外に戒厳軍が出動した国家機関は選管だけだ。金竜顕前国防長官は同日、メディアに送った見解文で、戒厳軍を選管に送った理由を「不正選挙疑惑関連捜査の必要性を判断するため」と述べた。ただし、選管は「情報流出などの被害はなかった」との見方を示した。
中央選管の金竜彬(キム・ヨンビン)事務総長は同日、国会行政安全委員会に出席し「3日夜10時24分に尹大統領が非常戒厳を宣布し、10時30分に戒厳軍約10人が中央選管庁舎内に投入された」「4日午前0時30分、戒厳軍約100人が追加で庁舎に投入された」と述べた。戒厳軍は夜間当直者ら5人の携帯電話を押収し、行動監視と出入りを規制したという。同日、中央選管庁舎には警察兵力約100人も投入された。趙志浩(チョ・ジホ)警察庁長は同日、「韓国軍防諜(ぼうちょう)司令官の電話を受け、選管に警察官を投入した」と述べた。
戒厳軍は、水原選挙研修院に約130人、ソウル冠岳庁舎にも約50人を出動させたという。 ただし、この2カ所では庁舎に侵入しなかったとのことだ。選管に投入された戒厳軍は合計約300人で、国会内に入ってきた戒厳軍(280人)より多かった。
これについて、金竜彬事務総長は「戒厳軍がなぜ選管に侵入したのかは正確には分からない。選管は戒厳法の対象にならないと思う」「戒厳が行われるからといって、選管業務を移管する必要はないと考える」と語った。
金竜顕前長官は戒厳軍に選管出動を指示した理由について「多くの国民が不正選挙疑惑を提起しているのを受け、今後の捜査の可否を判断するため、システムと施設の確保が必要だと判断した」と述べた。そのうえで「これを確保する過程で国会の戒厳解除要求決議があったので撤収した」と言った。保守派の一部で取り沙汰されている「選管不正選挙説」の真偽を確認するための措置だったという意味だ。これまで一部の保守団体やユーチューバーたちは今年4月10日の国会議員総選挙で不正選挙があったと主張し、選管の捜査を求めていた。
事実、戒厳軍は中央選管庁舍情報管理局事務室にも侵入した。ここでは個人情報と選挙情報関連データサーバーが管理されているが、戒厳軍はここに侵入しても特別な行動は取らなかったという。中央選管の金竜彬事務総長は、持ち出された物品があるかどうかについて「ない。軍が完全に撤収した後、電算・ログ記録を確認した時も被害はなかった」と答えた。韓国最大野党・共に民主党は「ユーチューバーたちの主張を確認するために戒厳令を宣布したのか」「深刻な憲政秩序に対する挑戦であり、このような大統領が大統領の座を維持することは、国を危険にさらすことだ」と主張した。
中央選挙管理委員会は「憲法と法律に根拠がない明白な違憲、違法行為で、強い遺憾の意を表明する」としている。韓国国会行政安全委員会は、5日に尹大統領の非常戒厳宣布に関連して警察関係者らを国会に呼び、懸案質疑を進めることとした。
ここで、金竜顕前国防省長官の「不正選挙疑惑を捜査するための措置だった」との発言はどのような意図があったのか、について考えてみたい。
実は黄教安(ファン・ギョアン)元首相も戒厳令の宣布直後に「不正選挙を暴くことが必要だ」と自身のSNS(交流サイト)に投稿していた。これまで野党の大勝に終わった4月の総選挙の結果について保守系のユーチューバーなどが「不正選挙」だったと一方的に主張していた。
尹大統領も、こうした不正選挙疑惑を提起してきた一部のユーチューバーたちの「選管への捜査が必要だ」との主張に影響を受けていた可能性が高いと思われる。
(つづく)
<プロフィール>
木村朗(きむら・あきら)
1954年生まれ。北九州市出身。北九州工業高等専門学校を中退後、福岡県立小倉高校を卒業。九州大学法学部、同大学院法学研究科(博士課程在籍中に交換留学生としてベオグラード大学政治学部留学)、同法学部助手を経て、88年に鹿児島大学法文学部助教授、97年から同学部教授(20年まで)。専門は平和学、国際関係論。鹿児島大学名誉教授。日本平和学会理事、東アジア共同体・沖縄(琉球)研究会共同代表、国際アジア共同体学会理事長、元九州平和教育研究協議会会長などを歴任。関連記事
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