【グローバル・アラート】アサド政権:「失敗の連鎖」を考える(前)
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日本ビジネスインテリジェンス協会(BIS、中川十郎理事長)より、(有)エナジー・ジオポリティクス代表・澁谷祐氏による「アサド政権:『失敗の連鎖』を考える」と題する記事を提供していただいたので共有する。
「産油国の失敗モデル」だったシリア
中東シリアのアサド政権の突然の崩壊という驚くべき事態に世界は驚いた。現在のところトルコが支援する反政府のイスラム勢力であるハヤト・タハリール・アル・シャーム(HTS)が支配権を握ったが暫定的だ。首都ダマスカスの権力中枢は流動的で将来は不透明だ。ポスト・アサドのシリアの将来を占う上で、今一度過去の失敗履歴を追ってみる必要がある。
せっかく豊かな石油資源に恵まれながら活かせず、アサド政権は、経済政策の破綻、宗教対立、過激派テロなど非国家主体の跋扈と周辺国家の介入などによる「失敗の連鎖」に見舞われ、ついに50年の歴史は幕を閉じた。
「資源の呪い」論の主人公
アサド政権の失敗ケースは、古典的地政学論では典型的な「資源の呪い」論があてはまる。独裁政治の下で、少数民族のクルド人が多く住む東部のデリゾール(Deir al-Zor)地方の石油目的の領有問題がまずあり、民族、宗教、通商回廊に絡むゲームが激化し、地政学的な複雑性が絡み合った末の王朝瓦解というプロセスをいう。
オイルゲームの開始者は、2011年に活発化した過激派組織IS(イスラミック・ステート)で、次にロシア・シリア協力軍による割拠に続き、さらにトルコが支援する反政府のクルド系勢力が一時支配した。しかしアサド政権末期に、米国の支援下にあるSDFが勝利して実効支配するに至った。23年にデリゾール油田の生産量のうち9割は米国が支援するSDFが占めた。
米国軍は、デリゾールに小規模な軍事的な拠点を構えて遠慮がちに存在感を示しているのが印象的だ。その占領目的は次の4つである。
(1)少数民族クルド人を保護するという人権上の大義名分がある。
(2)イラン―イラク―シリア―レバノン間を飛び石的に接続する「シーア派の三日月地帯」をけん制する。とくにイランに対する制裁レジームの一環である。
(3)シリアの北側を横断して流れるユーフラティス川の航行水利を監視する。
(4)シリア最大級の油田群があり、石油埋蔵量の約40%と複数のガス田を有する。政情が安定すれば、中堅産油国の地位に戻る可能性がある。「アラブの春」対応で民衆弾圧
11年に北アフリカ・チュニジアで発生した民主化運動「アラブの春」は瞬く間にシリアに波及した。アサド政権は民衆に対して銃を向けて徹底的に弾圧し、化学兵器を使用するなどしたために国連制裁の対象国になり、経済制裁が課せられた。結局この破綻プロセスにおいて、決定的に「負の悪循環」をもたらした象徴的な動きが石油供給問題であった。
シリアの原油生産量はここ10年間で、最大生産量の日量40万バレルから一時10%台の水準に激減した(23年に2割まで回復=後出の図表を参照)。この結果、イラクの資源収入は枯渇し、国庫(石油収入額は一時最高80%を占めていた)は払底した。
シリア政府は軍人の給料が払えず、早期退役を命じたため正規軍は規模縮小せざるを得なかった。そのスキをついた反政府勢力が蜂起して勝利し、シリア北西部・北東部を中心に次々と支配下に置いた。
他方、国連制裁のためIMFなどからの緊急援助の道は閉ざされた。国際社会はアサド政権による非人道的な行為を非難して制裁を科した(11年、日本政府はアサド大統領が保有する資産の凍結を実施し、新規の経済協力を見合わせた)。
「モザイク国家」の悲劇
アサド政権の転機は、11年、中東の民主化運動「アラブの春」を契機に、シリアで内戦が勃発したことに遡る。シリア国土の3分の1は焦土と化し、古来複雑・多様な民族からなる「モザイク国家」はあっという間に壊れ始めた。
さらに、周辺国のトルコとイスラエルに加え、イラン、ロシア、米国と旧宗主国のフランスなど諸列強による軍事介入を招き、代理戦争の舞台になった。メディアは「『アラブの春』に呪われたアサド」と揶揄した。
(つづく)
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