2025年01月02日( 木 )

介護福祉に欠かせないテクノロジー(後)

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大さんのシニアリポート第141回

 「高齢社会をよくする女性の会」理事長で評論家の樋口恵子さんは、大の機械音痴だと聞いたことがある。その樋口さんが、「80代になるとお互いに出歩くのが難しくなってきます。やはり『ヨタヘロ期』になる前に、ICT(情報通信技術)の活用能力をお互いに身につけておくことが大事だと思うようになりました」「高齢化は多様な障害者が増える社会であって、その個性、多様性に対応したコミュニケーションツールが必要です。会としてデジタル化を毛嫌いせずに受け入れようと、切り替えました」(『朝日新聞』2022年11月10日)と心情の変化を吐露している。

ピンピンコロリでは逝けないのです(つづき)

幸福亭 イメージ    アルツハイマー病の治療薬「レカネマブ」が医療保険の対象となることが厚労省から発表された。レカネマブは、脳内に蓄積されたアルツハイマー病の原因によるとみなされる「アミロイドβ(ベータ)」を、点滴投与で除去する国内初の薬(エーザイと米国バイオジェン社との共同開発)。病気の進行を緩やかにする効果があるという。ただし認知症初期に限定されており、さらに脳内の浮腫、微小出血などの副作用もある。

 日本ではすでに「アリセプト」などの抗認知症薬が使われているが、効果を疑問視する声も多い。「サロン幸福亭」の常連にT夫妻がいた。その介護を放棄した長男に代わって、私と社会福祉協議会のコミュニティソーシャルワーカーが看ることになった。夫婦とも認知症で、病院での診察の後にアリセプトを服用。アリセプトの副作用は下痢である。高齢者の場合、消化器官の機能低下による脱水症状と食欲不振のため、著しい体調不良を招く場合がある。服用後それが現実となった。以降、ふたりへの介護は困難を極めた。結局、施設に入所という結末を迎えることになるのだが、「抗認知症薬」どころか症状を悪化させる最悪の薬だと記憶している。

AI搭載の認知症ケアロボットは
日本が最先端を行くが…

幸福亭 イメージ    注目されているのが認知症ケアに役立つ、AIを搭載したロボットだ。日本で開発されたさまざまなロボットを積極的に取り入れたのは、福祉にテクノロジーを積極的に取り入れているデンマークだ。「産業技術総合研究所」(産総研、茨城県つくば市)が生み出したアザラシ型のコミュニケーションロボットは、毛皮を撫でて話しかけると鳴き声や動作で反応する。身体性のAIを搭載し、飼い主の好みも学ぶことができる。すでに30カ国で医療機器として使われ、興奮や抑うつなどの認知症にともなうBPSD(行動・心理症状)や社交性の改善、投薬の軽減など多くの効果が確認されている。

 スウェーデンは、「認知症当事者を1人の人間として尊重し、その人の立場に立ったケアを行う」という理念を掲げ、それを現場で具体的に実証する。ケアや福祉に先端技術を導入する「ウェルフェア・テクノロジー」をいち早く取り入れ、早くからAIロボットに注目。2009年に商品化が始まり、翌年には各地の高齢者施設などに400体を導入した。さらに興奮や不安などBPSDが見られる人には、「撫でてもらう」だけで興奮が収まり、減薬にも効果があるという。

 愛知県内で暮らす脇田満子さん(83歳)は、「ロボホン」(シャープが2016年から一般向けに発売しているロボット)を手放せない。もともとスマホがベースで、電話を掛けたり写真を撮ったり、歌うことも可能。GPS(全地球測位システム)やWiFiも使える。さらに搭載したAIで音声での対話もできる。23年からは「チャットGPT」を活用して自由な対話ができるアプリや、高齢者の見守りに活用するためのアプリ「あんしん」も導入した。脇田さんはこのロボットに「しょういち」と命名。「しょういち」を連れて外出することが多い。まるで家族の一員である。課題は高齢者特有の間を空けるような話し方に対応できるようにすることや、思い出話を質問するプログラムを開発すること。個人情報の漏洩の問題には苦慮するという。

 「荒川強啓 デイ・キャッチ!」(TBSラジオ 2018年10月5日放送)のなかで、宮台真司(社会学者、東京都立大学教授)が、「人間的でない人間と、人間的なAIロボットとどっちがよいか、いうまでもないでしょう」という内容の発言をしたことがある。認知症にとどまらず、介護ロボットの活用にも目を向けるべきだろう。近い将来AIを兼ね備え、シリコンを駆使した人間の肌と寸分違わないロボット介護士が誕生するだろう。利用者の無理難題にも完璧に応える。愚痴の1つもこぼさない。豊満な(イケメンの)ロボット介護士に抱かれながら入浴や排泄介助される日はそこまできている。介護職員不足解消に悩まされている現在、AIロボットを活用するというのは必然だ。

認知症予備軍のフレイル(心身の衰え)解消に
指先脳トレを

 認知症の前段階といわれる「フレイル」を早期発見して回復につなげる脳トレーニングシステムを、名古屋工業大学や愛知産業大学などの研究チームが開発に成功した。実際、高齢者に試してみたところ、注意力や記憶力が改善したという。研究チームの森田良文名工大教授(電気・機械工学類)らは、「『第二の脳』とされる指先と脳の密接なつながりに着目。指を器用に動かせるようになれば脳が活性化し、フレイルの回復につながるのではないかと考えた」「実際に、愛知県東海市の健康な高齢者14人を対象にこのシステムを30日間、毎日10分程度使ってもらったところ、加齢とともに低下していた注意力と記憶力がすべての人で改善した」という(朝日新聞24年10月5日)。認知症を防ぎ、ここでも減薬にもつながる。

※『朝日新聞』(24年11月9日、10日、17日、12月4日「高齢者福祉とテクノロジー」)参照

(了)


<プロフィール>
大山眞人(おおやま まひと)

 1944年山形市生まれ。早大卒。出版社勤務の後、ノンフィクション作家。主な著作に、『S病院老人病棟の仲間たち』『取締役宝くじ部長』(文藝春秋)『老いてこそ2人で生きたい』『夢のある「終の棲家」を作りたい』(大和書房)『退学者ゼロ高校 須郷昌徳の「これが教育たい!」』(河出書房新社)『克って勝つー田村亮子を育てた男』(自由現代社)『取締役総務部長 奈良坂龍平』(讀賣新聞社)『悪徳商法』(文春新書)『団地が死んでいく』(平凡社新書)『騙されたがる人たち』(講談社)『親を棄てる子どもたち 新しい「姥捨山」のかたちを求めて』『「陸軍分列行進曲」とふたつの「君が代」』『瞽女の世界を旅する』(平凡社新書)など。

(第141回・前)

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