2024年12月25日( 水 )

【鮫島タイムス別館(32)】「123万円」で決着の背景に自民・石破氏と維新・前原氏の連携

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維新の自公与党への急接近

 所得税はどれほど下がり、私たちの手取りはどれほど増えるのか。

 自公与党が過半数を割り、国民民主党が躍進した10月の総選挙後、最大の政治テーマとなった「年収103万円の壁」(所得税の非課税枠)の引き上げ問題は、国民民主党が訴えた「178万円」にほど遠い「123万円」で決着する方向になった。

 これでは年収300万円の人で手取りは1万円程度しか増えない。期待はずれだ。

 自公国3党の幹事長は協議を続けることを確認したが、自民党税調や財務省の姿勢は固く、このまま不発に終わる可能性が強まっている。

 このような尻すぼみの結末を迎えたのはなぜか。国民民主党に対抗するように、日本維新の会が自公与党に急接近したからである。

 自公は総選挙で過半数を割り込み、少数与党に転落したため、野党の一部の賛成を取りつけない限り、予算案も法案も可決・成立させることができなくなった。最初に狙いを定めた連携相手が、総選挙で「103万円の壁」を引き上げ「手取りを増やす」という公約を掲げて議席を4倍に増やした国民民主党だった。躍進した国民民主党を味方につければ世論の支持を引き寄せられると判断したのである。

 ほかに連携相手が見当たらないという事情もあった。野党第一党の立憲民主党は総選挙で激突したばかりで、双方ともいきなり連携というわけにはいかない。野党第二党の維新は総選挙で敗北し、自公と協調路線を進めた馬場伸幸代表が退く意向を表明して党内が混乱していた。当初は国民民主党が掲げる「103万円の壁」の引き上げを受け入れ、与党陣営に引き込むしか手がなかった。

 しかし、石破茂首相は国民民主党へ不信感を抱いていた。

 玉木雄一郎代表は岸田政権下でガソリン税減税を求め、当時の麻生太郎副総裁や茂木敏充幹事長と裏交渉を重ねていた。麻生氏や茂木氏は石破氏を毛嫌いし、9月の自民党総裁選の決選投票では高市早苗氏に支持に回った。石破政権では非主流派に転落し、石破おろしの機会をうかがっている。国民民主党を支援する連合とも近い関係だ。

 麻生氏や茂木氏と気脈を通じる国民民主党に依存して政権運営を続けるのはリスクである。玉木代表がいつ麻生氏や茂木氏と示し合わせて自公国3党の協議から離脱を宣言し、石破おろしに加勢するかわからないという猜疑心が石破首相にはくすぶっていた。

 それでも国民民主党の賛成なしには臨時国会で補正予算を成立させることもままならない。国民民主党に大幅譲歩を重ねるしかなかったのである。

石破―前原ラインと麻生―玉木ラインの攻防へ

 そこへ朗報が飛び込んだ。12月1日の維新代表選で吉村洋文・大阪府知事が勝利し、共同代表に前原誠司元外相を起用したのである。吉村氏は大阪に陣取っているため、国会運営は事実上、前原氏に委ねることになった。

 前原氏は民主党や民進党の代表を歴任した野党の重鎮だ。2017年の総選挙前に小池百合子東京都知事が旗揚げした希望の党に民進党ぐるみで合流して失敗し、長らく失脚していた。国民民主党の代表選で玉木氏に敗れて離党し、「教育無償化を実現する会」を立ち上げた後、総選挙前に維新へ合流していた。久々の表舞台である。

 前原氏は就任そうそう、国民民主党に対抗心をあらわにした。自らの持論である「教育無償化」をめぐる協議会設置を自公与党にもちかけ、それが受け入れられたとして補正予算案に一転して賛成したのだ。政府・与党内では「国民民主しか連携先がなくて譲歩を重ねてきたが、維新が勝手に転がり込んできて状況が一変した」(中堅議員)という驚きの声が広がった。国民と維新を天秤にかけて競わせ、都合の良い方と組めばよくなったのである。

 国民民主党が求める「178万円」を受け入れれば税収は約8兆円減る。一方、維新が求める「教育無償化」は4兆円程度の財源で対応できるとの試算もある。国民民主党より維新のほうが安くつくのなら、国民民主党に固執する必要はない。

 前原氏が自公与党に急接近したことで、自公与党と国民民主党の力関係は逆転した。自公与党は「123万円」から一歩も譲らない姿勢に転じたのはそのためだ。

 前原氏が自公与党に急接近した理由は、玉木氏への対抗心だけではない。前原氏は大物防衛族として、石破首相とは与野党の垣根を越えた長年の盟友なのだ。しかも2人は「鉄道オタク」という趣味まで共有している。前原氏は、石破首相が最も気を許している野党議員だった。

 石破首相は今回の「103万円の壁」政局で、政敵である麻生氏や茂木氏と気脈を通じる玉木氏から、気心の知れた前原氏へパートナーを乗り換えた。自公与党は年明けの通常国会で国民と維新を天秤にかける国会運営を展開するが、石破首相としては前原氏との連携を最重視していくことになろう。

 石破首相の自民党内の基盤は極めて弱い。前原氏は維新の新参者で党内を掌握していない。2人は水面下で連絡をとりあい、双方が党内基盤を固めるために助け合いながら政局を回していくだろう。これに対抗し、玉木氏は非主流派に転落した麻生氏や茂木氏との連携に再び動く可能性もある。

 石破―前原ラインと麻生―玉木ラインの水面下の攻防が、年明け通常国会の政局を大きく左右する。

【ジャーナリスト/鮫島浩】


<プロフィール>
鮫島浩
(さめじま・ひろし)
ジャーナリスト/鮫島 浩ジャーナリスト、『SAMEJIMA TIMES』主宰。香川県立高松高校を経て1994年、京都大学法学部を卒業。朝日新聞に入社。政治記者として菅直人、竹中平蔵、古賀誠、与謝野馨、町村信孝ら幅広い政治家を担当。2010年に39歳の若さで政治部デスクに異例の抜擢。12年に特別報道部デスクへ。数多くの調査報道を指揮し「手抜き除染」報道で新聞協会賞受賞。14年に福島原発事故「吉田調書報道」を担当して“失脚”。テレビ朝日、AbemaTV、ABCラジオなど出演多数。21年5月31日、49歳で新聞社を退社し独立。
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