2025年01月10日( 金 )

家のなかに「怖い場所」、かわいい子には旅をさせよ(前)

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家の中に怖い場所はあるか PhotoAC
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おしいれのぼうけん

…(本文より)
ここはさくらほいくえんです。
さくらほいくえんには、
こわいものが2つあります。

1つはおしいれで、
もう1つはねずみばあさんです。

 押入に入れられるときは、子ども達が静かにならないとき。騒いでいる子の手をみずの先生がつかまえて、押入に入れて戸を閉めてしまうのだ。“ねずみばあさん”とは、幼稚園の先生がやる人形劇に出てくるキャラクターで、猫よりも強くてきみわるい存在。押入のなかで展開される冒険に出てくる登場人物だ。

…(本文より)
「せんせい、ごめんなさーい。」
いれられたこはなき出します。
いれられなかったこはみんなおしいれをみつめます。
そんなとき、みんなはおしいれがとてもこわくなって、
みずのせんせいがとてもきらいになります。

しばらくすると、せんせいはおしいれからこどもを出します。
でてきたこはいいます。
「せんせい、ごめんね」

ああ、だしてくれてよかったと、みんなはほっとします。
「ごめんね」といってくれてよかったと、みずのせんせいもほっとします。

<引用:「おしいれのぼうけん」_吉田足日、田畑精一>

おしいれのぼうけん 童心社
おしいれのぼうけん 童心社

 この絵本が発刊されたのは1974年。今から50年前だ。2019年には241刷となったロングセラー絵本の1つ。この絵本では、子どもにとって「押入」はお仕置きのために閉じ込められる“怖い存在”であると描かれた。ベニヤ板に囲まれた薄暗くて静かな、何だか裏側の世界に放り込まれたような静寂な空間。押入のシミが人の顔に見える現象が、子どもたちを恐怖のどん底へと突き落とす。その気味の悪いシミ跡から飛び出してくるのが、物語のなかの“ねずみばあさん”。反対側の壁を向くと、ベニヤ板の模様が真っ暗闇のトンネルのように見える…。

 今では笑い話のようだが、お仕置き部屋として重宝した“疎外感を覚えさせる”場に、私も何度か放り込まれたことがある。私の実家にもそんな押入があった(押入以外にも怖い場所はいくつかあったが…)。たしかに、あまり気持ちの良いものではなかった。ひるがえって半世紀後の現代、子どもが何かを怖いと体感し、自分を顧みるような状況を、暮らしのなかで見つけることはできるだろうか…。

古い家の魔除け

古い家の魔除け PhotoAC
古い家の魔除け PhotoAC

    私の生まれた町は、瀬戸内海に面した目の前が海の小さな町だった。実家は古い日本家屋で、壁は板張り、木造に畳、外観は瓦屋根といういわゆる古民家で、木目の色や匂い、自然の荒々しさという肌感覚は、日常の暮らしとともにあった。近接する古い納屋には、黒光りするような巨木が大梁として使われていて、子ども心にその古めかしさが嫌で嫌でたまらなかった。友達の家はというと、眩しいばかりの白い壁紙にフローリング張り、スレート屋根にサイディングで、スタイリッシュな外観。当然、憧れの眼差しで見ていた。今でこそ、その古めかしさに面白みや価値を見出すことができるが、当時は工業化住宅が羨ましかったのを覚えている。時代はハウスメーカーが台頭し、近所の団地にも多くの量産化住宅が建つ頃…。

 母方の祖父母の家に、ひっそりと「般若のお面」はあった。不気味な飾りお面だ。眉間には深いしわ、木彫りのお面のようで、眼の玉の部分はくり抜かれていて、向こう側が透けて見える。上下に裂けたような大きな口には鋭い牙、頭の左右には尖った角。何だかいつもこちらをにらんでは、不敵な笑みを浮かべている。祖父母の家もまた、純和風の在来木造住宅だった。日ごろは使われない場所、客人をもてなすための広めの和室に、それはあった。私はそれを「おにおばけ」と呼んでいて、子ども心に怖くて近づくことができなかった。この家の間取りでは和室の横を長い廊下が通っていて、何とも分が悪いことに、その突き当たりにトイレがあった。障子で仕切られていたとはいえ、その存在は廊下からもビンビンに感じている。正月などで両親と泊りのときには夜中、電気の消えている和室の障子を横手に、1人勇気を振り絞って歩みを進めた。薄暗くて冷たい板張りの廊下を小走りで駆け抜ける息づかいを、今でもよく覚えている。そう「おしいれのぼうけん」のなかで勇気を振り絞った、あの2人の少年のように。

 「般若の面」は一種の魔除けの意味があった。この家を邪気から守ってもらう意味合いで、おそらく祖父が飾ったもの。古い家にはそのような慣習があった。当時小さかった私はその意味もよくわからず、なぜあのような恐ろしい顔のお面が家のなかに置かれているのか、まったく理解できなかったのだ。そのお面は今でも飾られている。祖父母は亡くなってしまったが、叔父家族がそこに住んでいて、行事で親戚が集まる際、年に1、2度それと再会することになる。今では恐ろしいと感じることはなく、守り神をありがたく拝める姿勢にはなったが、曾孫にあたる私の子どもたちにそのお面のことを“気味悪くないか?”と尋ねてみても、そんな感覚はないようだ。性格や感性も人それぞれ、感じる者もいればそうでない者もいるだろう。しかし、あきらかに不気味な面持ち。現代ではそのような“アイコン”はいたるところに溢れ、慣れっこということだろうか。これが現代の子の感覚なのだろうか。

(つづく)


松岡 秀樹 氏<プロフィール>
松岡秀樹
(まつおか・ひでき)
インテリアデザイナー/ディレクター
1978年、山口県生まれ。大学の建築学科を卒業後、店舗設計・商品開発・ブランディングを通して商業デザインを学ぶ。大手内装設計施工会社で全国の商業施設の店舗デザインを手がけ、現在は住空間デザインを中心に福岡市で活動中。メインテーマは「教育」「デザイン」「ビジネス」。21年12月には丹青社が主催する「次世代アイデアコンテスト2021」で最優秀賞を受賞した。

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