【新春トップインタビュー】100周年の節目を迎える信用金庫 人のつながりを軸に中小零細企業を支援
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福岡信用金庫
理事長 野見山幸弘 氏中小零細企業を取引先として、福岡市を主な営業エリアに地域に根差した事業を展開してきた福岡信用金庫は、2025年に創業から100周年を迎える。福岡県内の中小零細企業を取り巻く事業環境や、絶えず変化する情勢のなかで信用金庫がはたす役割について、野見山幸弘理事長に話を聞いた。
(聞き手:(株)データ・マックス 代表取締役社長 緒方克美)相互扶助の理念のもと、地場中小零細企業を支える
──コロナ禍を経て、金融をめぐる環境も大きな変化がありました。中小零細企業を取り巻く環境をどのように見ていますか。
野見山幸弘氏(以下、野見山) 足元を見てみますと、先ほど言われた通りコロナ禍が明け、状況は変わってきたといえます。また、日本銀行は17年ぶりにマイナス金利政策を解除し、日本は本格的に「金利のある世界」へと回帰してきました。歴史的な円安を含め、日本経済は今までに経験したことのない状況を迎えています。
弊庫の主な取引先は、地元の中小零細企業になります。業種や地域によって差はありますが、コロナ禍の影響などで落ち込んでいた売上は立ち直りつつあるものの、売上の回復に対し、利益が追い付いていない企業が散見されるのが現状です。たとえば不動産業については、福岡市およびその近郊の不動産取引はいまだ活況ですが、地価高騰などの影響で仕入価格は上昇していますし、マンションや収益物件に対する投資利回りも、ピーク時と比較すると落ちている印象です。他の業種についても、仕入価格の上昇、円安の影響、人件費の高騰などから、利益率の回復が鈍い先も多く、コロナ禍からの回復速度の違いで中小零細企業の間でも徐々に経営状況に差が生まれつつあります。
大企業優位の流れで二極化していく日本経済
──マクロ経済を見ると、大企業優位の傾向がますます強まっているように感じます。
野見山 大企業は一定のリスクを取る経営判断を行うことができる余裕がありますが、中小零細企業は事業継続のためには安全策を選ばざるを得ません。その結果、大企業と中小零細企業の間で二極化が進んでいると感じます。また、人材獲得競争が激化するなか、人手不足に悩む中小零細企業の経営者が増えています。補助金や助成金による一時的な支援は可能ですが、物価上昇に賃金が追いついておらず、賃上げに対応する余裕がないのが現状です。そういったこともあり、小規模な企業ほど従業員の定着率を上げるのが難しくなっています。
現在は、補助金や助成金によって延命してきた企業が整理される段階に入ったといえるでしょう。体力のある企業は現代の状況に適応し、業績を改善できますが、そうでない企業は淘汰されていきます。2020年から始まったコロナ融資によって倒産件数は極端に減少しましたが、現在はその反動で増加傾向にあります。
──デービッド・アトキンソン氏は、日本の生産性が低いのは中小零細企業の割合が高すぎるためだと主張しています。彼のように、生産性向上のためには企業規模の拡大、つまり大企業化が最適解だという意見もあります。
野見山 未来経済学者アルビン・トフラーは、未来でも中小零細企業は生き残ると予測していたと記憶しています。経済は人によって成り立つものであり、必ず人同士のコミュニケーションが求められます。そのため、人と人とのつながりを重視する人たちはどの時代にも存在し続けるでしょう。現在も、地元に根付いて経営を続けている商店や事業所などを見ると、私も中小零細企業はなくならないという意見に賛同します。たとえ資本主義が過熱し、競争社会が広がる現代においても、日本には「三方良し」のような思想が根付いています。「自分さえよければそれで良い」という考え方だけでは経済を支えることはできません。他国の事例を参考にするのも重要ですが、日本には日本ならではの理想的な経済のかたちがあると考えています。
変化し続ける経済環境 「人の力」が明暗を分ける
──現代の厳しい経済環境において、中小企業が生き残り、さらには成長していくためには、どのような取り組みが必要だと考えますか。
野見山 県内8信用金庫が中小企業支援に関する業務提携を結んでいる(一社)福岡県中小企業家同友会が開催するイベントに出席した際、同会が行った調査を基に作成された資料を拝見しました。売上や利益の減少理由として円安や物価高騰といった回答が多いと予想していましたが、最も多く挙げられていたのは「営業力の弱体化」でした。環境が絶えず変化するなかで、とくに中小企業において重要となってくるのは「人の力」だと改めて感じました。
──営業力の弱体化という課題に対し、人の力を生かすためには、具体的にどのようなアプローチが必要でしょうか。
野見山 長く続く会社と、そうではない会社の違いとして、会社の理念との向き合い方が挙げられます。とくに従業員数の少ない会社ほど、経営者自身の経営理念や信条がしっかりしているかどうかが重要になってくると感じます。理念そのものがどれだけすばらしいものであっても、経営者がそれを腹に据え、事業に真摯に取り組んでいるかどうかが問われます。その姿勢は、経営者の立ち振る舞いや、取引先との誠実な関係にも表れています。そのため、もしもやむを得ず倒産するような事態に陥ったとしても、そうした会社には周囲から救いの手が差し伸べられることが多いのです。
リーマン・ショックやコロナ禍を乗り越え生き残った中小零細企業でも、相対的に見れば営業力や資本力において課題を抱えている場合があります。それでも、地元に根差した企業としてお客さまを抱え、関係性を構築するなかで信頼を獲得して、商売を成り立たせている企業が多くあります。
AI時代における対面の価値と差別化戦略
──ローカル化こそが中小零細企業の生き残る道であり、ローカルな強みをもった会社こそが新たなイノベーションを生み出す可能性を秘めていると思います。
野見山 金融業界でも同様です。現在、大きな流れとしてIT化が進むなかで、効率性やコスト削減を目的に実店舗を減らし、非対面で取引を完結させる方向性が進んでいます。しかし、私たちは同じやり方で進んでも、大手銀行に追い付くことはできません。地域に密着した金融機関としての役割をはたすことこそが、差別化につながると考えています。
将来の与信管理はAIがすべて判断すると予想している方もいます。しかし、AIは決算書や入出金情報といった定量情報を解析して判断することはできますが、業界の成り立ち、企業の沿革、経営者の思想や資産背景といった定性情報は扱えません。担保・保証によらない事業性評価に基づく融資へのニーズが強まっているなか、金融機関は貸出判断力を高めることが求められています。私たち金融機関が対面で中小零細企業の経営者と話し合い、情報を掘り起こしていかなければなりません。これこそが信用金庫が得意とする部分であり、そして今後も得意とし続ける必要がある部分です。従って、私たちには今後も、経営者と距離を縮めていく姿勢が求められるのです。
金利のある世界でメガバンクとは異なる支援を
──金利引き上げが進むなか、信用金庫としてどのような対応を行いましたか。
野見山 10月に短期プライムレートの引き上げを行いましたが、これはほかの金融機関の動向を見極めながら慎重に実施しました。今回の引き上げではマスコミによる事前報道もあり、ある程度容認され大きな混乱はありませんでしたが、今後の引き上げがどのような影響をもたらすかは予断を許しません。
弊庫の収支面では、変動金利の対象となっている商品が約6割となっているため、金利が上がるほど利益率は高くなります。一方で、預金金利の先行が課題となっています。預金金利と貸出金利との間でタイムラグが生じることで、収益構造に影響が出るため、小規模な金融機関にとっては悩ましい問題です。ある程度引き上げのペースが落ち着いた段階で、安定してくるだろうと予想しています。
お客さまにおいては、金利負担が倒産を招くような状況には至っていないものの、報道の影響で金利の引き上げに対して経営者の方々が心情的に敏感になっているのも事実です。引き続き、丁寧に説明を重ねてお客さまの理解を得ることが、現状の課題を乗り越えるための鍵だと考えています。
──創業100周年を迎える今年、この節目をどのように捉えていますか。
野見山 信用金庫の発足当時は、小さな商店同士が小さなグループのなかで助け合うようなコミュニティから始まりました。そこで生まれた相互扶助の理念は脈々と受け継がれ、現在も私たちの存在価値や意義の根幹をなしています。単体で見れば規模の小さな組織ですが、それが100年続いているのは、理念をもって働く従業員と、地元のお客さまからの支えがあったからです。
また、弊庫単体では小さな金融組織ですが、信用金庫は全国に254金庫、23年度末時点で約7,077店舗、会員数は878万41人、常勤役職員数9万7,150人、預金残高は161兆1,644億円を有する、金融業界に欠かせない存在です。特性上、大手銀行のように全国的なシェアをもっている金庫があるわけではありませんが、金庫同士でネットワークを構築し、地域密着型の金融機関としての役割をはたしています。
信用金庫は全体として、中小企業の健全な発展、豊かな国民生活の実現、そして地域社会繁栄への奉仕という3つのビジョンを掲げています。そのなかでも、中小企業の健全な発展というビジョンはとくに大きな課題です。規模の大きな企業を支援するよりもリスクが大きく、時間がかかるためです。しかし、厳しい環境に晒される中小零細企業を支える仕事を放棄してしまえば、信用金庫としての存在価値が揺らいでしまいます。このビジョンを実現するためには、地域の声に耳を傾け、地元企業とともに伴走し続ける姿勢が重要です。
100周年という大きな節目に、使命感をもって働き、次の世代へと理念を受け継いでいくことが、私たちの責務だと考えています。金融業界全体が変化の波に直面するなか、信用金庫は信用金庫らしい姿を保つことで、これからも生き残り、地域社会の発展に貢献していく役割をはたし続けていきたいと思います。
【文・構成:岩本願】
<COMPANY INFORMATION>
理事長 :野見山幸弘
所在地 :福岡市中央区天神1-6-8
創 業 :1925年9月
出資金 :6億4,000万円
経常収益:(24/3)24億5,063万円
<プロフィール>
野見山幸弘(のみやま・ゆきひろ)
1961年生まれ、福岡県飯塚市出身。84年福岡大学卒業。同年4月福岡信用金庫入庫。本店長、審査管理部長を経て2015年常勤理事、19年常務理事、24年理事長就任。法人名
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