【特別寄稿】巨大プラットフォーマーが経済生態系をつくる時代 それを利用してニッチを見つけるものが生き残れる(後)
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作家 橘玲 氏
テクノロジーの指数関数的な進化によって、世界は大きく変わりつつある。そのなかで生き残るには、環境の変化に素早く適応できなければならない。このとき参考になるのは、40億年かけて生き物たちが試行錯誤して生み出した進化の戦略だ。巨大プラットフォーマーが多様性を生み出し、次々と変化していく経済環境では、中途半端な大企業ではなく、フットワークの軽い野心的な個人や中小企業が主役になっていくだろう。
競争のない場所へ多様な選択肢を残す
Amazonや楽天に対抗してネットショッピングのプラットフォームをつくったり、Googleに対抗して新たな検索サービスを始めようとすれば、国家予算に匹敵する投資が必要になるだろう。
もちろん、このようなことに挑戦する「愚か者」もいて、そのイノベーションによって人類は進歩してきたのだが、こうした挑戦のほとんどは報われることなく歴史のなかで忘れさられていった。自然界の法則は、「強者の土俵で戦ってはならない」だ。
生態系のなかで、他の生き物と競争せずにすむ場所をニッチという。自分が生きられるニッチを獲得するために、生き物はどのような方法を使っているのだろうか。それは「ずらす」ことだ。コア・コンピタンス(自社の強み)を、相対的優位性を獲得できるまでずらし続けることは、ビジネスでは「ニッチシフト」と呼ばれる。
ランチェスター戦略は、「弱者の法則」と「強者の法則」に分かれる。弱者は総力戦では勝ち目がないのだから、局地戦に持ち込んだり、奇襲をしかけたりする1点集中主義で戦うしかない。それに対して強者の法則は全面展開主義で、圧倒的な物量(資源)によって広範囲の総力戦に持ち込み、生態系すべてを支配しようとする。
だが、強者の法則はリスクが高い。1つの選択肢にすべての資源を投入することで、外的環境の変化に極めて脆弱になってしまうのだ。
変化が予測不能な環境で必要なのは、環境に合わせて変化する能力で、これを「可塑(かそ)性」という。
動くことのできない植物は可塑性が大きく、同じ種類で、同じ樹齢だとしても、何十mにもなる大木に育つこともあれば、盆栽のような小さな木になることもできる。その本質は「変えられないものは受け入れる。変えられるものを変える」ことだ。
雑草の多くは、自分の花粉を自分のめしべにつけて種子をつくる自殖も、他の個体と交配する他殖も両方できる。花粉を運ぶ昆虫がいる場合は、遺伝的多様性をつくり出せる他殖が有利だが、昆虫のいない環境では、自殖を行って確実に種子を残すことができるからだ。
環境が予測不能なとき、生き物は1つの戦略に賭け金の全額を積むようなリスキーなことはしない。「戦う場所は絞る。しかし、オプション(戦う武器)は捨てない」というのが雑草の戦略なのだ。
「負け組」のなかに「勝ち組」が見つかる
音楽市場は複雑系(ロングテール)の典型で、「とてつもなこと」が起きるロングテールの端にはビートルズやマイケル・ジャクソン、ジャスティン・ビーバーやBTS、女性歌手ならテイラー・スイフト、リアーナ、ビリー・アイリッシュのような誰もが知っている超有名人がいる。だったらそれ以外はただのごった煮かというと、そんなことはない。音楽の複雑系はさまざまなジャンルで構成されているのだ。
大衆に最も人気のある音楽ジャンルはポップスで、有名ミュージシャンの大半はここに陣地を構える。しかしそれ以外に、テクノ、グランジ、パンク、ヒップホップからヘヴィメタル、プログレ、オールディーズまでいろいろな音楽ジャンルがあって、それぞれに人気者(ロングテール)がいる。テクノ系のダンスミュージックは、ハウス、ハードコア、トランス、ガバなどのサブジャンルに分かれていて、そこにも(少数かもしれないが)熱烈なファンをもつミュージシャンがいる。
こうしたジャンル分けは理論上はどこまでも続くので、無数のジャンルをもつ(多様性のある)市場では、いずれは誰もがロングテールになる。
「勝ち組にならなければ意味がない」といわれるが、複雑系の重層構造(フラクタル性)に着目すると、話は少し変わってくる。「負け組」とひとくくりにされるサブジャンルのなかにも「勝ち組(ロングテール)」がいて、さらにそのサブジャンルに虫眼鏡を当てればやはり「勝ち組」が見つかるのだ。
マトリョーシカのような入れ子では、その構造上、サブジャンルがメインジャンルを超える人気を集めることはない(ジャンルとしての人気に変遷はある)。だがそのことで、メインジャンルが「勝ち組」、サブジャンルが「負け組」ということにはならない。テクノファンは、鈍重で退屈なポップスよりも、自分たちの音楽のほうがはるかに時代の先端をいっていると思うだろう。
分野・階層をずらすベンチャー戦略
弱者が強者のなかで生き残るには「分野をずらす」「階層(ジャンル)をずらす」という戦略があるが、ここに「新しい場所に移動する」を加えることができる。いわば「ベンチャー戦略」だ。
その名もパイオニア(開拓者)プランツという植物は、土が固く水や栄養分の足りない環境でも成長できる。パイオニアプランツが根を張ることで土は細かくなり、通気性や保水性が改善される。また枯死した茎や葉は分解されて肥料になり、多くの昆虫や小生物が棲みついてだんだんとゆたかな土地になっていく。
すると皮肉なことに、これによって強者の植物が侵入してきて、競争に弱いパイオニアプランツは追い出されてしまう。やがて緑に覆われ、生き物たちの楽園になった環境には、パイオニアプランツたちの暮らすニッチはない。自然界では、誰も特許やブランドを保護してくれない。こうしてパイオニアプランツは、再び新たな未開の地を求め、風に乗せてタネを飛ばすことになる。
しかしこのことは、「変化の激しい環境ほど弱者にはチャンスがある」ことを示してもいる。世界が複雑になればなるほど、ニッチは増えていく。そのとき重要なのは、「スピード」と「コストをかけないこと」だ。無一文の若者たちが自分の才能だけを頼りにITビジネスに挑戦するのは、とにかく早く侵入することで勝機が生まれるからだ。
プラットフォーマーがつくる世界でニッチを見つけ、自分を変える
巨大なプラットフォーマーは、経済という生態系に多様性を生み出し、膨大なニッチを提供している。YouTubeとユーチューバーの関係が典型で、かつては素人がテレビ局と競争するなど考えられなかったが、いまやそれが可能になった。
ミトコンドリアはわたしたちの身体の一部だが、もとは寄生生物で、酵素からエネルギーを生み出すように進化したため、他の生き物に取り込まれ、共生しなければ生きていけなくなった。この比喩を使うならば、ユーチューバーはプラットフォームであるYouTubeに寄生していて、YouTubeのビジネスはコンテンツをつくってくれるこの「寄生生物」なしでは成り立たない。
環境の大きな変化に最も脆弱なのは、プラットフォーマーにはなれないが、かといってこれまでのビジネスモデルをすぐには変えられない「中途半端な大企業」だ。日本経済の苦境は、こうしたドメスティックな大企業(JTC=ジャパニース・トラディショナル・カンパニー)がたくさんあることだ。
それに対して、巨大プラットフォーマーが多様性を生み出し、次々と変化していく経済環境では、フットワークの軽い野心的な個人や中小企業こそが主役になっていくだろう。
(了)
<プロフィール>
橘玲(たちばな・あきら)
2002年、国際金融小説『マネーロンダリング』でデビュー。同年、「新世紀の資本論」と評された『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』が30万部を超えるベストセラーに。06年『永遠の旅行者』が第19回山本周五郎賞候補。『言ってはいけない 残酷すぎる真実』で2017新書大賞受賞。関連記事
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