アメリカに最大のインパクトを与える日本人・孫正義(前)

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まず序説

ソフトバンク本社    2025年2月9日の朝刊に「日本政府はアメリカに1兆ドル投資する」と大々的な見出しが打たれていた。多少政治に関心のある方々は、誰もが「この仕掛け・根回しをしたのはソフトバンク・孫氏である」と直感したはずだ。トランプ氏がアメリカ大統領選挙に勝利して以降、公的にも私的にも2人が対談する光景を撮影した写真を3回見た。ということは昨年11月以降、孫氏はトランプ大統領と接触していたということになる。そして「アメリカに75兆円を投資する」と公言。「トランプ大統領の覚えめでたき最高の日本人」として威光を放っている。

 となれば石破首相の側近たちは、どうしても孫氏の助言画策に必死に動いたと推測できる。このような「1兆円ではない」「1兆ドル投資」を高らかに打ち上げ、提言できる人物は同氏意外には存在しない。いまや日本人としてトランプ大統領、米政府に意見具申して影響を与えられるパワーは孫氏がダントツであろう。

 そこで各界の識者に「今後、孫正義氏の未来」に関して思い思いに語ってもらうシリーズを企画した。1回目は孫氏のビジネスにおける転機になった人物との出会いについて、業界をよく知るP氏(ペンネーム:フェニックス氏)に語ってもらった。

第1回目 出会いを「ビジネス100倍」にさせた手腕

 日本のビジネス界を語る上で欠かせない存在、それがソフトバンクグループを率いる孫正義氏です。彼は若き日から「時代の変化」を敏感に察知し、果敢な投資や事業買収を通じて新たな市場を切りひらいてきました。その半生を振り返ると、決定的な転換期がいくつもあり、そこでは常に“キーパーソン”との出会いが大きな役割をはたしています。ビジネスパーソンにとって、孫氏の足跡は「チャンスをいかにつかむか」という重要な示唆を与えてくれるはずです。以下では、彼の主要な転機と、それをともに彩った人物たちとの邂逅をたどりながら、そのビジネス哲学を探ってみたいと思います。

坂村東京大学教授との邂逅

 第一の転換点は、1970年代後半から80年代にかけての若き日の決断です。アメリカへ留学し、「将来はコンピューターの時代が到来する」と確信した孫氏は、そのビジョンを胸に帰国後、81年にソフトバンクを創業しました。その背景には、東京大学教授の坂村健氏との出会いが大きかったとされます。坂村氏は「TRON」プロジェクトを推進するIT界の先駆者であり、孫氏に技術の可能性を提示しました。また、同じころスティーブ・ジョブズ(Apple創業者)にも接触し、彼のコンピューター革命への情熱から大いに刺激を受けます。この若き日の経験が、後にiPhoneを日本で広める布石となったといえるでしょう。

 次に注目すべきは、90年代のインターネット黎明期です。世界が急速にネット社会へ向かう兆しを捉えた孫氏は、米Yahoo!に出資し、日本でYahoo! Japanを立ち上げます。ここで重要な役割をはたしたのがYahoo!共同創業者のジェリー・ヤンとの出会いでした。両者は日本市場への参入において戦略を共有し、検索サービスやポータルサイトの発展を推し進めることになります。インターネットが広がり始めた時期に、いち早く“ポータル”の重要性に気づいた孫氏の先見性は、日本のネットビジネスの進化を大きく加速させたといっても過言ではありません。

 一方、95年には世界最大級のコンピューター展示会「COMDEX」を主催していたシェルドン・アデルソン氏との縁が生まれ、孫氏はCOMDEXを約8億ドルで買収。IT展示会という新たなビジネス領域へ進出すると同時に、ソフトバンクの国際的な存在感を急速に高めました。この一手は展示会ビジネスという“場”を押さえることで、IT業界のトレンドを一望し、ネットワークを築く足がかりにもなりました。アデルソン氏はトランプ氏の大統領選挙における最大の選挙資金の提供者(現在、故人となり未亡人が同様の役割を続けている)でありました。だからこそトランプ大統領との縁は半端ではないことがわかるでしょう。

(つづく)

【児玉直】

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