中国AI「ディープシーク」の衝撃──その実力と課題(前)

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 NetIB-NEWSでも「BIS論壇」を掲載している日本ビジネスインテリジェンス協会(中川十郎理事長)より、元国連日本政府代表部大使や元国連事務次長を歴任した赤坂清隆氏による「ディープシーク」についての論考を共有していただいたので掲載する。

世界を揺るがす「ディープシーク」──手軽に使える高性能AI

人工知能 イメージ    中国のAI(人工知能)「ディープシーク(DeepSeek)」が、目下、世界に大変な衝撃を与えています。低価格での開発で、しかも高性能と、これまでのAI開発の常識を変えることから、米国の株式市場にも甚大な影響が出ています。オンラインで、だれでも無料で、しかも日本語でも利用できます。新しがりやで野次馬根性が旺盛な小生は、早速「ディープシーク」なるものに挑戦してみました。これが今回の「話のタネ」です。

 なにせ、使いやすいですね。DeepSeek をサーチすると、すぐにStart Now というサインが出てきて、メールアドレスと暗証コードを入れればつながります。登録していないから、つながりませんというメッセージが出た場合には、その下の「Googleでログインする」を押して、自分のアカウントを選べばつながります。これだけです。

専門家の評価と国際的な視点──「カイゼン」を学んだ中国技術の進化

 1月29日付の朝日新聞は、この分野の専門家の松尾豊東大教授が、「少し使ってみた感じでは、非常に性能の高いモデルですばらしいと思う。米オープンAI社のチャットGPTともそん色ないように感じる」と、高い評価をしたことを報じています。同日付のフィナンシャル・タイムズ紙は、レオ・ルイス東京支局長の記事で、このような中国の先端技術は、日本の「カイゼン」から学んだ結果だと論じています。そして、「カイゼン」を習得した中国の技術は、急速かつ破壊的な時代を招き、日本版の「カイゼン」よりも顕著な結果を生む可能性があるので、西欧は警戒すべきと断じています。

 ほかのAI、たとえばチャットGPT、GoogleのGemini、さらにはマイクロソフトのCopilot などについてもそうですが、食わず嫌いだったり、このようなAIアプリを「使う必要性や時間がない!」と言ったりする人が結構多いですね。無料で使え、効用は無限にあるのに、実にもったいない気がします。この間も、そういう友人と、口角泡を飛ばして議論し、私の方から「好奇心を失ったら認知症への道をまっしぐらだぞ」と脅かしましたが、彼は説得に応じませんでした。そういう当方も、いまだちょっとかじっているだけで、大きなことをいえた義理ではありませんが、ものすごく便利そうなことはよくわかります。ことわざに、「習うより慣れろ」とありますから、試行錯誤しつつ、慣れていきたいと思っているところです。

ディープシークの懸念点──情報の正確性と個人情報のリスク

 さて、中国AIのこのディープシーク、いろいろと問題が指摘されています。まず第1に、情報は信頼できるのか?第2に、中国製なので、個人情報がすべて中国の官憲の手にわたってしまう心配はないのか?第3に、低価格で開発した裏には、アメリカから技術を盗んだのではないのか?第4に、中国の現下の言論統制事情に照らして、中国政府の見解を代弁するだけではないのか?さらに、私としては、他のAIと比べて翻訳レベルは高いのか?という点も気になります。

 第1の情報の信頼性については、まだかなり低いようです。情報の信頼性評価を手がけるアメリカのニュースガードが1月29日に公表した報告によれば、ディープシークのニュースや情報に関する正答率は、わずか17%だったということです。チャットGPTやGoogleのGeminiに比べるとかなり低い正答率です。ちなみに、「赤阪清隆はどのような人物ですか?」とディープシークに聞いてみたら、「自由民主党の政治家です」との答えでした。マイクロソフトのCopilotに同様の質問をしたら、「元阪神タイガースの選手です」というのと、「著名なアニメーション監督です」との答えが返ってきました。よく平気でこんな噓をつくものですね。「AIは自信をもってうそをつく」といわれるゆえんです。それでも、チャットGPTとGeminiは、私の履歴についてほぼ正解でした。

 第2の個人情報の取りあつかいですが、すでに世界の企業数百社が、個人情報の取り扱いに対する懸念から、ディープシークの使用を禁止したと報じられています。利用者の名前、メールアドレスまたは電話番号、ディープシークへの指示内容、チャットの履歴などが、中国共産党に筒抜けになる恐れがあります。2017年に施行された中国の国家情報法に基づいて、特定の利用者に関するデータの提出が中国政府から求められれば、ディープシークは拒否できません。そのためもあってか、台湾は、公的機関にディープシークの使用制限を通知しましたし、オーストラリア政府や韓国の省庁も、国家安全保障上のリスクがあると判断して、政府端末で使用することを禁止しました。日本政府も、官房長官が各府省庁に政府端末での慎重な対応を呼びかける通知を出したようですが、「慎重な対応」というのは、「使うな」ということですね。

 第3のアメリカの技術を盗んだ疑いについては、次期商務長官に指名されたハワード・ラトニック氏が、「ディープシークは、米国から盗んだ技術や米国製の半導体を利用することで高性能のAIモデルを安く開発できた」と主張して、この問題に対処すると述べています。米ブルームバーグ通信は、ディープシーク関係者が、チャットGPTを開発した米オープンAI社からデータを不正に入手した可能性があると報じました。アメリカのことですから、こうした嫌疑がかけられると、近い将来に訴訟が行われ、法廷闘争になる恐れもありますね。

(つづく)

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