【業界を読む】ドライバー労働時間規制1年と空前の経費高騰 日本の物流を守るために何が必要か
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(公社)全日本トラック協会 副会長
松浦通運(株) 代表取締役社長
馬渡雅敏 氏トラックドライバーの時間外労働規制が始まって1年が経とうとしているが、空前の物価高によるランニングコストの高騰など業界を取り巻く状況は厳しさを増している。日本経済の屋台骨である物流を維持するために、どのようなことが求められているのか。(公社)全日本トラック協会の副会長で、唐津市に本社を置く松浦通運(株)代表取締役社長・馬渡雅敏氏に話を聞いた。
物資流通効率化法※が成立 荷主の協力を後押しする
(公社)全日本トラック協会 副会長
松浦通運(株) 代表取締役社長
馬渡雅敏 氏──全日本トラック協会副会長として昨年は多忙を極められたと思います。
馬渡雅敏氏(以下、馬渡) 昨年4月からトラックドライバーの労働時間規制が始まりましたが、もう1つ重要な動きがありました。同月に国会で物資流通効率化法が成立しました。この法律は、荷主や物流事業者にトラックドライバーの荷待ち時間短縮や積載率向上への努力義務を課すとともに一定規模以上の事業者に計画の作成やその取り組みの報告を義務付けるものです。
また、元請運送事業者に対しては実運送事業者を明記した運送体制管理簿の作成を義務付け、さらに荷主とトラック運送事業者が運送契約を締結する際には書面交付を義務付けています。この法案の成立は、トラック運送業界のみならず物流業界が持続的に発展するために必要不可欠として、全日本トラック協会が全力で取り組んだものです。私自身、法案審議の参考人として衆参両院の国土交通委員会に招致され、協会の副会長として意見を陳述しました。
──同法の成立が期待された背景にはどのような事情があるのでしょうか。
馬渡 物流の2024年問題に対処するには物流の効率化が必要ですが、運送事業者だけの取り組みで効率化を図ろうとしても実現は困難です。たとえば、貨物の輸送先でトラックドライバーが本来請け負っていない荷下ろしや陳列作業に荷主の指示によって従事させられたり、長時間の待ち時間を強いられたりするケースがあります。これらの問題を解決するためには荷主の協力が欠かせません。
また、運送業界は業界独特の事情として多重下請構造が存在しています。その結果、下請の実運送事業者が適正な運賃を収受できない場合も見られます。物流の生産性向上と業界全体の健全化を実現するには、荷主と運送事業者の双方が非効率な商慣行の見直しを行う必要があります。成立した物資流通効率化法には、それを法的に後押しすることが期待されています。
下請法改正で変わるか 荷主と運送業者の関係
──現在、下請法の改正に向けた議論が監督官庁や与野党で進められています。
馬渡 下請法の改正は我々運送事業者の陳情に基づく議員立法ではないため、どのような法律になるか詳細はわかりません。しかし、聞くところによると、改正後は適用の範囲を「荷主と下請事業者間の取引」にまで広げることが想定されているようです。
従来、荷主と運送事業者との取引を規制するものとしては、独占禁止法における物流特殊指定というものがありました。これは運送事業者に対して荷主が優越的地位を濫用することを規制するために指定されたルールです。しかし、具体的な事案に対する違反の認定と指導には時間がかかるのが現実です。そこで、荷主と運送事業者の不健全な取引関係をより明確に規制するために、今回の法改正が検討されているのではないでしょうか。
──従来、運送業界で下請法の適用対象となっているのは、請け負った運送業務のうち一部経路の業務を委託する場合などで、元請運送事業者と下請運送事業者の間に限られていました。
馬渡 運送業務では、契約関係とモノのやり取りの当事者関係が異なる場合が多々生じます。契約関係は、発荷主と元請運送事業者の関係(図の②)、そして元請運送事業者と下請運送事業者の関係(図の③)で発生します。これまで下請法の規制対象となっていたのは関係③の部分でした。しかし、実際にはモノのやり取りはどう動くかというと、発荷主と下請の実運送事業者のやり取り(図の④)と、下請の実運送事業者と着荷主のやり取り(図の⑤)です。それらのやり取りの当事者間には直接の契約関係がないため、どうしても下請運送事業者の立場が弱くなりがちだったのです。その結果、契約上は車上渡しなのに実際には荷下ろしまでドライバーが行うなど、荷主の要求に従って不当な業務に従事させられたりする状況が生じるもとになっていました。
下請法の改正が、荷主と実運送事業者まで含めた関係の健全化につながることを期待しています。
かつてない経費高騰 人件費・燃料・車両の三重苦
──トラック運送業界は中小零細企業が多く6万社を超える企業がひしめきあっていますが、ドライバーの労働時間規制への対応状況は企業によって大きな差があるといわれています。規制に対応できない企業の淘汰が進むでしょうか。
馬渡 規制が始まって1年経てば、地方運輸局による各企業の調査が始まるのではないでしょうか。ただし、6万社を超える企業を一斉に調査することはできませんから、まずは大手企業からということになると思います。そして次に中堅企業へ移り、それから中小零細企業という具合に調査対象が移っていくのではないでしょうか。労働時間規制への違反が摘発された場合、最悪、長期間の車両運行停止などの行政処分を受ける可能性があります。そうすれば運送事業者にとっては死活問題になりかねません。ですから、規制遵守の可否は今後、運送会社の淘汰要因になり得ます。
しかし、運送事業者は、それよりもずっと差し迫った経営上の問題に直面しています。それは、かつてないランニングコストの高騰です。運送事業を営むうえで、人件費と燃料代と車両代が日々のランニングコストとして大きな割合を占めますが、この3つがそろってここ1、2年、高騰を続けています。
経費高騰を賄うには運賃への価格転嫁が必要ですが、運送会社は荷主に対して立場が弱い場合が多く、価格転嫁はどうしても遅れがちになります。そのため、労働時間規制に関する摘発以前に、日々のコストを賄うキャッシュの枯渇によって淘汰が進む可能性があります。そしてそれが直撃するのは運送業界の多重下請構造のなかで実運送を担う運送事業者です。
多重下請の構造と価格転嫁の難しさ
──運送業界特有の多重下請構造とはどのようなものですか。
馬渡 まず運送業界で多重下請構造が発生する理由ですが、メーカーなどの大手荷主企業は大規模な物流ネットワークをもつ大手物流企業を利用することが多く、中小の運送会社が直接仕事を取るのが難しいという現状があります。そのため、中小事業者は元請や一次下請を経由して仕事を受けるかたちになり、多重下請構造が生まれます。
また、運送業界は1990年代の初頭に行われた規制緩和以降、価格競争が激しくなり、荷主企業はコスト削減のため運送経費を抑える傾向が強まりました。それに対応するために、元請となる大手物流会社は安い運賃で仕事を請け負い、下請会社に業務を発注することでコストを分散させることになりました。さらに運送業は繁忙期と閑散期の差が大きい業界です。元請企業が自社だけですべての配送業務をカバーすることは非効率であることから、繁忙期には一次下請、二次下請へと仕事を流し、柔軟に対応できる仕組みが求められたという事情もあります。
多重下請構造のなかで一番末端の運送業者が実運送を担うことになりますが、そこにランニングコストの負担が発生します。人件費・燃料代・車両代の高騰が直撃しているのは多重下請構造の最下部の実運送事業者です。
──運賃への価格転嫁が遅れる要因はどのような事情がありますか。
馬渡 運賃への価格転嫁は荷主に掛け合っていくことになります。しかし、現在のコスト上昇は、運送事業者がかかわる分野だけでなく、あらゆる産業に関わる経済全体の物価上昇を背景にしています。そのため、荷主も、たとえばメーカーであれば原材料費の高騰に直面しており、それを商品に価格転嫁せねばなりません。
一方で、メーカーにとって運送費は経費にあたります。よって運送会社が運賃の値上げを要請しても、メーカー側は「売れる商品が製造できないと、運んでもらう商品もありません」と主張することになり、どうしても運賃の値上げは遅れがちになります。運送会社は製品も運ぶし、原材料も運びます。運送会社が倒れればメーカーも困るわけです。あらゆる物価が高騰する現状で、メーカーと運送業者どちらが先に倒れるかというまるでチキンレースのような様相にもなりかねません。
地方の積み荷とトラック運送事情
──地方の運送業者特有の事情はあるのでしょうか。
馬渡 九州のように地方から大都市圏である東京、名古屋、大阪に運ぶ貨物は、どうしても生鮮食料品などが多いです。生鮮食料品の買い手としてはスーパーマーケットなどの大手小売業の存在感がとても大きくなっています。大手小売は大量仕入れを行うため、売り手に対して圧倒的に強い立場をもっており、価格は買い手が主導権を握る相対取引で決められ、生鮮食料品における相対取引は9割にのぼるといわれています。その結果、経費である運賃も買い叩かれる構造をつくり出しています。
たとえば、特売予定の生鮮食料品を九州から関東までトラックで届けるとします。すでに着荷予定日の前に特売広告が打たれている。特売広告を打つには、当然価格をコントロールするために相対取引が前提となっていますが、運送事業者は指定された時間までに生鮮食料品を届けなければならない。小売流通業者は「朝採れ」といって収穫されたその日のうちに並べたいから、できるだけ遅く採れた野菜ほど良いと見なします。限られた納期でトラックを走らせて間に合わせるには、高速道路を使うのが確実です。
ところが、必ずしも荷主は高速代を出さないのです。そこで運送事業者は、時間がかかることを承知で、できるだけ下道を使い高速代を節約します。その一方で運送事業者はドライバーの労働時間規制にかからないようにもしなければならない。しかし、もう運送事業者だけの努力ではどうにもならないところまできています。荷主の協力がなければこの問題は解決しません。
トラック業界の人材問題 商慣行の健全化が何より必要
──トラック業界の人材確保、たとえば外国人材についてはいかがですか?
馬渡 トラックドライバーはかつてのように時間外労働でいくらでも稼げる時代ではなくなりました。また、他にもいろいろな業種が増えて仕事の選択肢が多いなかで、トラックドライバーを選んで働いてもらうことは簡単ではありません。
日本人がダメなら、不足する人手を外国人材でカバーしてはどうかという意見もあります。在留資格「特定技能」に自動車運送業分野が追加され、外国人労働者にトラックドライバーとして働いてもらう門戸が開かれました。しかし、現状では円安の影響が大きく、外国人材の主な供給元となっている東南アジア諸国は主にドル連動通貨ですから、日本で働くことはかつてより2、3割取り分が目減りしているということになります。その目減り分を上乗せしてあげないと、わざわざこれから日本にきて働く気はないというのが、現地の人たちの本音じゃないでしょうか。
──ドライバーの増加が期待できないとなると、根本的な解決策としては何が必要でしょうか?
馬渡 ドライバーの時間外労働が960時間に制限されましたが、他の職種が720時間であるのに対して、建設業・医師とともに特別に超過した時間です。これに対して、ドライバーの時間外労働が多く設定されていることがドライバーの待遇を低いままにしたり、トラック業界に不当な労働のしわ寄せがくる要因になっているとして、他職種と同様に720時間にしてはどうかという声もあります。
不足するトラックドライバーを確保しなければならないのはその通りですが、荷主と運送事業者との間で発生する問題のしわ寄せを運送事業者に押し付ける従来の商慣行では問題の解決にはなりません。健全な商慣行へ転換し、物流効率化に向けて荷主と運送業者が対等に協力し合う関係の構築が必要だと考えます。
【寺村朋輝】
※法改正により法律名が「物流総合効率化法(正式名「流通業務の総合化及び効率化の促進に関する法律」)」から「物資流通効率化法(正式名「物資の流通の効率化に関する法律」)」に変更 ^
<COMPANY INFORMATION>
(公社)全日本トラック協会
代 表:坂本克己
所在地:東京都新宿区四谷3-2-5
設 立:1954年7月
<プロフィール>
馬渡雅敏(まわたり・まさとし)
1955年10月唐津市生まれ。東京外国語大学卒業。80年唐津観光タクシー(株)入社、87年同社代表取締役社長就任。同年松浦通運㈱取締役就任、95年同社代表取締役社長就任、現在は松浦グループを統括する松浦物流ホールディングス(株)の代表取締役社長も務める。2004年より(公社)佐賀県トラック協会長、15年より(公社)全日本トラック協会副会長を務める。23年九州トラック協会会長に就任。関連記事
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