孫正義シリーズ(4):激突する日米のIT長者、イーロン・マスクvs孫正義(前)

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国際未来科学研究所
代表 浜田和幸 氏

 孫正義シリーズの第4回をお届けする。今回は、国際政治学者で未来学者の浜田和幸氏に孫正義論を語ってもらった。

 昨年末、大統領選で勝利したばかりのドナルド・トランプ氏と会談したソフトバンクグループの孫正義会長は「今後4年間で米国企業に1,000億ドル(約15兆円)を投資し、10万人の新規雇用を生み出すことを決定しました」と興奮気味に発言。

 すると、トランプ氏は「ありがとう!現金の注入は最高のプレゼントだ。マサは大した奴だ。俺の大統領1期目のときにも大きく協力してくれたが、今回はさらに大きなプレゼントを用意してくれた」と孫氏を抱きしめたものです。

 当時、日本ではトランプ夫妻が安倍昭恵夫人を私邸に招いたことが大きく報道されていました。トランプ氏曰く「晋三はベストフレンドだった。俺たちが健在でいれば、世界は平和でもっと豊かになっていた」。それほどトランプ氏は安倍氏と心を通わせていたわけです。その未亡人をフロリダの私邸に招き、亡き親友に思いを馳せたということで、昭恵夫人に焦点が当てられていました。

 しかし、昭恵夫人はカムフラージュで、同じタイミングで1泊70万円のマール・ア・ラゴに滞在していた孫氏はトランプ氏と何と7時間にわたって面談していたのです。トランプ氏にとっては、同じビジネスマインドを持つ孫氏との面談が昭恵夫人との思い出話よりはるかに重要だったことは明らかでした。

 孫氏は「人工知能などの分野で10万人の雇用が創出される」と説明。また、「対米投資を決定したのは11月の大統領選挙でのトランプ氏の勝利が直接の要因」とトランプ氏を大いに持ち上げました。

 この記者会見を受け、トランプ大統領の側近のジェイク・シュナイダー氏は、「このトランプ・孫会談は“トランプ効果”と呼ぶにふさわしい現象だ」とメディア各社に報告。曰く「トランプ大統領は、米国を再び世界の製造業大国に戻すという公約をすでにはたしつつあります。まだ就任していないにもかかわらずです」。

 いずれにせよ、トランプ大統領の心をがっちりとつかんだ感のある孫氏です。2期目のトランプ内閣の主要閣僚の顔ぶれを見ると、日本専門家は1人もいません。そこを突こうとしているのが孫氏なのです。トランプ氏の大統領就任式典に対してはトヨタ自動車と孫氏のソフトバンクが最大の寄付金を提供しました。

 1981年に24歳でソフトバンクを設立して以来、世界で最も名高い、そして物議を醸すテクノロジー投資家の1人になった孫氏。過去数十年にわたるキャリアを通じて、悲惨な失敗もありましたが、華々しい勝利も手にしてきました。2000年初頭の一時期、彼はインターネットの新興企業を買収し、推定780億ドル相当の財産を築き上げ、世界最大の資産家の座に就いたものです。

 しかし、わずか数カ月後にドットコムバブルが崩壊し、彼の資産の90%以上が消え去ってしまいました。一瞬でしたが世界一の大富豪だったことは間違いありません。そうしたジェットコースターのようなビジネス航路は不動産事業で何度も倒産を繰り返したトランプ氏と相通じるものがあります。

 孫氏もトランプ氏も負けず嫌いで、経営破綻など意に介さない同類です。孫氏は事業の再建に着手し、後にアリババとして一世を風靡することになる中国のあまり知られていない電子商取引新興企業の34%の所有権を取得。この2,000万ドルの投資が彼の再生のカギとなったのです。14年、アリババはソフトバンク株の価値を580億ドル(初期投資額の約2,900倍)という価格に押し上げるかたちで上場をはたしたからです。

 その過程で、孫氏は移動通信会社Tモバイルとスプリントの合併に成功し、20年に米国最大のサービスプロバイダーの1つを誕生させました。ところが、そのわずか2年後、ソフトバンクはオフィス・シェアリングの新興企業ウィーワークの破綻で悲惨な損失を被ったのです。

 当時、孫氏は「公の場から引退する」と告白。しかし、16年にソフトバンクが評価額308億ドルで買収した英国のコンピューターチップ設計会社のアームホールディングスが評価額545億ドルでアメリカにおいて上場。その結果、23年までに、同氏は表舞台にカムバックをはたしました。

 『フィナンシャル・タイムズ』紙の元編集長ライオネル・バーバー氏は、孫氏がトランプ大統領の私邸マール・ア・ラゴに現れたことは、「米国の次期大統領の追い風を背に、これまでの国際投資家以上の成果を得ようとするシグナルだ」と語っています。

 バーバー氏は、欧米人作家による初の孫氏の伝記となる『ギャンブリング・マン:孫正義のワイルド・ライド』の著者です。同書のなかで、「孫氏が16年に500億ドルの対米投資の約束をした時以来、彼とトランプ氏は明らかに利害が一致していた」と分析。

 「トランプ氏は、自身の独自の発想から米国企業の復活に向けての大きなシグナルを発したいと考えており、孫氏とソフトバンクは、スプリントとTモバイルの合併という彼の大きなプロジェクトへの祝福を得るために、新しい共和党政権に食い込もうとしたに違いない」というのがバーバー氏の見方です。

 実は、世界のパワーバランスが大きく変化を遂げていることもトランプ氏と孫氏の関係に影響をおよぼしています。バーバー氏曰く「トランプ政権1期目から8年が経ち、世界中で戦争が起き、中国と西側諸国との間のリスクも解消され、デカップリングも行われている。ビジネスの世界でも大きな変化が起きており、政治もそうした流れを無視できないはず」。

 同氏の見立てでは、「ソフトバンクは中国か西側のどちらかを選択する必要がある」とのこと。孫氏曰く「私たちは中国における最大の投資家であり、米国においても最大の投資家です。しかし今、私たちは選択しなければなりません。私たちは西側を選びました」。

 言い換えれば、孫氏がマール・ア・ラゴに乗り込んだのは、「私は西側、すなわち米国を選んだ」とアピールするためでしょう。要は、「私は米国を選択し、トランプ氏とともにビジネスを拡大発展させる」と宣言したわけです。とはいえ、記者会見では、ソフトバンクが行う予定の具体的な投資に関する詳細は明らかにされませんでした。どうやって1,000億ドルに到達するのかは不明のまま。

 今回、トランプ氏は孫氏を紹介する際、8年前、16年の選挙でトランプ氏が勝利した後、ソフトバンクも同様の公約を掲げ、米国への500億ドルの投資と5万人の新規雇用を約束していたと指摘。そのうえで、「彼はその約束を守ってくれた」と太鼓判を押しました。

(つづく)


浜田和幸(はまだ・かずゆき)
国際未来科学研究所主宰。国際政治経済学者。東京外国語大学中国科卒。米ジョージ・ワシントン大学政治学博士。新日本製鐵、米戦略国際問題研究所、米議会調査局などを経て現職。2010年7月、参議院議員選挙・鳥取選挙区で初当選をはたした。11年6月自民党を離党、無所属で総務大臣政務官に就任し震災復興に尽力。外務大臣政務官、東日本大震災復興対策本部員も務めた。著作に『イーロン・マスク 次の標的』(祥伝社)、『世界のトップを操る“ディープレディ”たち!』(ワック)など。

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