孫正義シリーズ(4):激突する日米のIT長者、イーロン・マスクvs孫正義(後)

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国際未来科学研究所
代表 浜田和幸 氏

 孫正義シリーズの第4回をお届けする。今回は、国際政治学者で未来学者の浜田和幸氏に孫正義論を語ってもらった。

イメージ    ところで、レイ・カーツワイル氏といえばGoogleのエンジニアリング部門の責任者で、世界的に著名な未来学者です。自らが「永遠の命を目指す」と豪語し、同時に、亡くなった父親をアバターとして蘇生させる計画を推進中。そのカーツワイル氏曰く「AIは29年に大転換期を迎える。その年までにコンピューターは人間の知性を超えるだろう。45年はシンギュラリティの年で、すでにそこに向かってプロセスは始まっている」。

 ソフトバンクの孫氏も同様な考えで、「シンギュラリティは47年」と予測しています。人間の脳はクラウドと接続することで、その能力は飛躍的に進化するとのこと。そして、ロボットとの会話も人間同士のコミュニケーションもテレパシーで可能となるとの見立てです。この点ではマスク氏と共通する未来図を描いているといえます。

 人間の進化の次の段階はサイボーグ化です。30年代までには体内にマシンが装着され、思考を司る脳の一部である新たな外皮をクラウドと接続することが可能になるとのこと。新たな外皮のお蔭で、人はより楽しい存在になり、音楽やアートに長け、よりセクシーになるとの期待を煽っています。現在もパーキンソン病の患者は脳内にコンピューターを埋め込み、治療における活用が進んでいるようですが、30年代には脳内に埋め込んだチップで記憶力は向上するというわけです。はたして、そううまくいくでしょうか?

 ところで、マスク氏の主な資金調達先は政府と新製品待ちの顧客です。たとえば、テスラはモデルSの開発資金4億6,500万ドルをエネルギー省からの融資で調達しました。「ばかばかしいようなでっかいことに挑戦して成し遂げる」と豪語するのがマスク流。「俺はエイリアンだ」といった冗談か本気か見分けがつかない話題づくりにもまい進中。

 テスラの販売はディーラー経由ではなく、顧客への直接販売が目玉で、自動車業界の常識に挑戦してきました。マスク氏は熱意、ユーモア、好奇心で成功を勝ち取る「ダイヤモンド・ルネッサンスマン」との評価を得ている稀有な存在です。

 シリコンバレーでのインターンシップ時代には国防総省向けのスマート爆弾の設計に情熱を傾けました。爆弾の設計は興味深い挑戦と受け止め、「悪い仕事ではない」と友人らに話していたようです。その意味では、マスク氏は超実用主義者であり、民主党候補にも共和党候補にも献金を惜しみません。

 要は、「勝者は自分しかいない」との発想の持ち主なのです。そのため、誰か別人が政府の資金を調達することを許しません。スペースXが国防総省やNASAの宇宙関連予算を独占しているのも、そうした発想が影響しています。しかし、その強引な手練手管には危機感を抱く政権関係者がいることも事実です。たとえば、元海軍長官のリチャード・ダンジッグ氏は「コストカットに力点を置き過ぎては肝心の安全保障の基盤が崩れる。両者のバランスが欠かせない」と警鐘を“乱打”しています。

 とはいえ、マスク氏は自身や自社製品の見せ方の巧みさではほかの追随を許しません。モデルSの内部には7,000種類の部品が使われていますが、バッテリーはパナソニックのラップトップ電池が肝。電気自動車の肝となるバッテリーのコストダウンのために、その開発には政府資金に加えて、日本と中国政府からの資金も狙うという凄腕ぶりを発揮してきました。と同時に、コスト削減のためには創業共同社長のマーチン・エバーハード氏も研究開発の責任者ペン・チョウ氏も平気で首を切るような荒業も見せています。

 今でも語り草になっているのは、09年4月、モデルSの開発資金が枯渇すると、ワシントンで政治家をモデルカーに試乗させたうえで、飲食の接待攻勢を仕掛けました。その効果は抜群で、3カ月後に政府融資が決定。ソーラーシティもスペースXも同じパターンでした。前者は日本、中国、ドイツからの資金、そしてアメリカ連邦政府の免税措置や補助金も獲得。後者はNASAからの6億8,500万ドルの直接資金で賄うといった裏技のオンパレードです。

 それ以外にもNASAが数十年に渡り投じてきた宇宙開発の成果を活用というか、横取りしても「平気の平左」です。そのうえで、「宇宙開発をNASAの独占から解放すべし。宇宙に自分の王国を建設する」と夢を語り、「火星に人類を移住させ、自分は火星で死ぬのが本望だ」とも発言しました。

 最初の妻・ジャスティンのマスク評が奮っています。「彼には大きな鋼の金玉が付いています。離婚についても、彼がセラピストに残したボイスメールで知らされました。離婚書類を提出した6週間後、彼は15歳年下の英国人女優と婚約。変わり身の早さは人間とは思えません」。実際、マスク氏は3人の妻との間に12人の子どもを設けています。

 現在は独身のようですが、「X」と名付けた4歳の息子をホワイトハウスでのトランプ大統領との共同記者会見に連れ出し、記者からの厳しい質問の矛先を息子に向けさせることで大統領の面子を守るという前代未聞の演出もやってのけました。これにはトランプ大統領も苦笑い。

 そんな異星人のようなマスク氏ですが、間違いなくトランプ大統領の心をつかみ、思うように操っているため、今や「影の大統領」と呼ばれるほどです。かのロナルド・レーガン大統領が2期8年かけても達成できなかった「政府機関の無駄の排除と効率化」の先鞭をわずか3週間でつけるという快進撃を見せています。内外から批判や期待が錯綜しているわけですが、トランプ大統領にとっては一蓮托生の「得難い助っ人」です。

 その点、孫氏は「ポスト石破」の近未来図を描きながら、日本社会や日米関係を大胆につくり直そうと秘策を練っているものと思われます。そのためにこそ、マスク氏やトランプ大統領を篭絡し、アメリカ発の「IT大津波」で日本を席巻しようと準備しているのではないでしょうか。孫対マスクのライバル関係が合従連衡に発展するのか、大いに関心をそそられるところです。

(了)


浜田和幸(はまだ・かずゆき)
国際未来科学研究所主宰。国際政治経済学者。東京外国語大学中国科卒。米ジョージ・ワシントン大学政治学博士。新日本製鐵、米戦略国際問題研究所、米議会調査局などを経て現職。2010年7月、参議院議員選挙・鳥取選挙区で初当選をはたした。11年6月自民党を離党、無所属で総務大臣政務官に就任し震災復興に尽力。外務大臣政務官、東日本大震災復興対策本部員も務めた。著作に『イーロン・マスク 次の標的』(祥伝社)、『世界のトップを操る“ディープレディ”たち!』(ワック)など。

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