傲慢経営者列伝(15)澤田秀雄HIS~稀代のアイデアマンが欠落したものとは(後)

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 「ベンチャー三銃士」。1990年代に、こう呼ばれた若手ベンチャー起業家がいた。ソフトバンク創業者の孫正義、人材派遣の草分けとして知られるパソナの南部靖之、格安航空券販売、ツアー旅行の火付け役となった旅行代理店HISを創業した澤田秀雄。これら起業家は、学生起業という当時の常識では考えられない経歴で実績を上げていた若手起業家だ。あれから35年余。「ベンチャー三銃士」の明暗が分かれた。(文中の敬称略)

詐欺被害者から一転、訴えられる側に

 この事件は、尾を引いた。『週刊新潮』(21年4月1日号)は、「50億円騙し取られた『HIS』会長兼社長、裁判を起こされる立場に 横領で得られた金を受け取り」のタイトルで報じた。

 こういった内容だ。架空のリクルート株取引をもちかけられたのは澤田の金庫番で、「アジアコインオークション」の経営者、石川雄太。石川は「エボネックス」という金を取引する会社を香港に設立。石川のビジネスパートナーは計8億5,500万円をこのビジネスに出資。一方で、澤田も同時期にエボネックスを頻繁に訪問し、50億円で金1tを購入した。この人物はこう語っている。

 〈詐欺に引っかかったことを境に、エボネックスの金の取引は目に見えて減少していきました。それまで計1億円の配当を受け取っていましたが、19年になると完全にストップ。石川さんを問い詰めると、”澤田さんも承知のうえで、金の取引に充てるはずの出資金を澤田さんヘの弁済に回した”と明かしたのです〉

 石川は「詐欺グループから10億円は回収できたものの、澤田氏の取り立てが厳しく、17億円は出資金から都合をつけた」と語っている。

 この人物は、「澤田さんはエボネックスから横領した資金で、詐欺被害の穴埋めをさせた」として、横領による不当利益として受け取った出資金を戻してもらおうと、裁判を起こすことにしたという。澤田は詐欺被害者から、「不当利益」の返還を求められる裁判を起こされる立場に一転した。

 園内に宿泊し、経営が傾いたHTBをV字回復させた再生請負人として、澤田はカリスマ経営者の名声を高めた。それが、詐欺被害と、逆に裁判を起こされる屈辱を味わった。澤田にとって、今では、ハウステンボスは忌むべき鬼門である。かくしてハウステンボスへのカジノ誘致の熱情を失ってしまったのである。

 22年9月、HISはHTBを香港の投資会社PAGに666億円で売却して手を引いた。HTBを「城壁都市」にする構想は未完で終わった。米軍佐世保基地に隣接するHTBが香港の会社に買収されたため、日米安全保障の問題となり、HTBへのIR誘致は消滅した。

海外旅行がコロナで壊滅的打撃

 19年に発生した新型コロナウイルス感染症の蔓延で、HISの屋台骨が揺らいだ。渡航制限で、ドル箱だった海外旅行が壊滅的な打撃を受けたためだ。資金難に陥ったHISは「コロナ増資」に走る。20年10月、第三者割当増資を香港のファンド、新株予約権を澤田会長兼社長が引き受けるかたちで222億円を調達した。澤田は増資資金を捻出するため、モンゴルのハーン銀行を擁する澤田HDを売却した。

 本社も売却した。HISが創業40年目を迎える20年6月に西新宿から本社を虎ノ門の神谷町トラストタワーに移転した。このビルは国際的ビジネスタワーとして再開発が進められている東京ワールドゲートの中核をなす超高層ビル。

 同ビルを所有する森トラストからHISは新本社が入居する4、5階分を取得。ところが1年後の21年6月、たった1年で本社を三井住友ファイナンス&リース系の子会社に325億円で売却した。稼ぎ頭だったHTBの売却も、その一環。新型コロナ禍がもたらした衝撃の大きさを物語っている。

「GoToトラベル」給付金不正受給

 海外旅行の回復のメドは立たない。それに追い打ちをかけたのが、子会社2社による政府の観光支援事業「GoToトラベル」の給付金不正受給事件だ。

 HISは21年12月28日、子会社2社が「GoToトラベル」の給付金を不正に受給していた問題を受け、創業者の澤田秀雄会長兼社長ら取締役3人の報酬を減額する処分を発表した。日本経済新聞電子版(12月28日付)の報道を引用する。

 〈子会社2社はミキ・ツーリスト(東京・港)とジャパンホリデートラベル(大阪市)。ホテル運営のJHAT(東京・港)に対して、従業員80人が60泊する契約を結んだり、同社の施設を使った法人向け研修旅行を企画したりしたが、多くは宿泊の実態がなかった。3社は約11億円の給付金などを申請したが、HISが設置した調査委員会は不正受給した給付金やクーポン券は最大約6億8,000万円にのぼると認定〉

 観光庁は、給付金と地域共通クーポンの不正使用分の返還を求める。

 斉藤鉄夫国土交通相は28日の会見で、HISを厳重注意したと明らかにし、「刑事告訴を視野に入れる」とした。

不正受給の仕掛人は澤田の最側近

 HIS子会社による「GoToトラベル」給付金の不正受給を、スクープしたのはTBSNEWS『調査報道23時』(21年12月9日)の一連の報道。仕掛け人は元HIS社長で、JHATの平林朗社長だと報じた。

 TBSの報道を受けて、HISは顧問弁護士らでつくる調査委員会を立ち上げ、調査報告書を公表した。会見では、かつてHIS社長を務めていた平林朗が不正に関わっていたことを問われた澤田は、「むかついている。なんでそんなことをしたのか」と感情をむき出しにして憤りをあらわにしたという。

 平林朗はかつて澤田の最側近だった。平林も澤田同様フリーターの海外放浪者だ。米国の大学に入学したが、半年足らずで中退。旅行ガイドのアルバイトをしながら米国、中南米を放浪。帰国後の1993年9月、アルバイトとしてHISに入社。翌94年、正社員となり、インドネシア・バリ島に開設する支店を、実質的に立ち上げた。

 その働きが会長である澤田の目に止まり、34歳で、2,000人のスタッフを抱える関東営業本部長代理に就任。関東営業本部長、関西営業本部長を歴任し、2007年1月取締役に昇格。情報システム本部長を経て、08年4月に40歳の若さで社長に大抜擢された。アルバイト出身で、若くして経営トップに就いた平林は、旅行業界の名物社長になった。

 会長の澤田秀雄は16年11月、HISの社長を兼務した。平林朗社長は、代表権のない副会長に就任した。代表権が剥奪されており、誰が見ても降格人事だ。

 副会長という“中二階ポスト”に棚上げされた平林は、H.I.S.ホテルズホールディングス社長に就き、ロボットで話題をさらった「変なホテル」の拡大を託された。

 トップの座から引きずり降ろされた平林が、面白いはずはない。

平林は訪日客向けのホテルJHATを立ち上げ

 17年10月末、平林は突然、“一身上の都合”でHIS副会長を退任。同じタイミングで、高木潔取締役も去った。高木は澤田の側近で、ハウステンボスの専務取締役として復活を牽引した立役者だ。

 平林は18年6月、訪日観光客を対象としたホテル運営を手がけるJHATを立ち上げた。社長は平林朗、副社長はHISを同時に辞めた高木潔が就いた。国内外の金融・小売・旅行会社が出資した。

 同社は「MONday(マンデー)」の名称のホテルを全国展開。東京オリンピック・パラリンピックが開催される20年までに東京都心と京都市で計8施設を開く計画だった。

 しかし、新型コロナウイルスの感染拡大が、平林の計画をご破算にした。20年以降、訪日客が“蒸発”。訪日外国人旅行者用のホテルと外国人労働者を対象としたアパートメントホテルの2本立てのビジネスモデルは、成り立たなくなった。

 オリンピックを機にインバウンドブームの到来を予想した期待は完全に外れた。資金繰りに窮した挙句、架空の宿泊プランをデッチ上げて、GoTo不正受給に走ったとされる。

 澤田は12月24日の記者会見で、平林との現在の関係性について、「私がハウステンボスの社長をしていた間に、(平林が)HISの社長をしていた。私がHISに戻ったときに社長を外した経緯がある。それ以降の話し合いや取引は一切ない」と否定。「当たり前だが、今後はJHATとの取引は一切しないし、関連会社もさせない」と切り捨てた。

起業家とパートナーの経営コンビをつくれず

 澤田秀雄は、子会社2社が「GoToトラベル」の給付金を不正受給していた問題で、経営責任をとり社長職を離れていたが、23年1月には会長職も退任し最高顧問に退いた。その後、新型コロナウイルス対策の雇用調整助成金を不正受給していた問題が発覚し、澤田体制下の不祥事が相次いだ。澤田はニュービジネスを生み出す才覚は抜群だが、いかんせんコーポレートガバナンス(企業統治)の取り組みはお粗末なものだった。

 澤田は起業家として、どこでボタンを掛け間違えたのか。一言でいえば、経営パートナーの不在だ。カリスマ性のある創業者を影で支えるのが、番頭、女房役、同志、参謀である。企業が大きくなるうえで、こうした役割の分担は不可欠であり、歯車がうまくかみ合わなければ成功はおぼつかない。

 本田技研工業の本田宗一郎と藤沢武夫の関係は、文字通りクルマの両輪であった。モノづくりに没頭する破天荒で激情家の本田と、事業の修羅場を経験した商売人の藤沢。「本田が千両役者なら、藤沢は舞台装置、シナリオをつくった演出家」といわれた。技術革新者=起業家と、有能な経営者のコンビであった

 成功への道は異なるが、奈落の底に落ちる道はいつの世も変わらない。トップが経営判断を一歩間違っただけで、それまでの業績が崩れ落ちていく。起業家が成功するかどうかは、経営チームをつくる個人の能力にかかっていると断言できる。カリスマ起業家・澤田秀雄が転落した要因は経営チームをつくることができなかったことにある。

(了)

【森村和男】

(前)

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