孫正義シリーズ(8)孫正義とイーロン・マスクを比較考察する

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 孫正義氏についてさまざまな方面の専門家が語る当シリーズの第8回をお届けする。今回は第1回に登場した、業界をよく知るフェニックス氏(ペンネーム)。
 孫正義とイーロン・マスクはテクノロジー界を牽引する巨人だが、2人はビジョン、ビジネススタイル、宗教観、AI投資をめぐるスタンスなど、多くの点で対照的だ。本記事では、彼らの人生哲学と戦略の違いを掘り下げ、投資家と技術者という異なる道を歩む2人の関係性を検証する。さらに、トランプ政権を挟んでの競争と対立の構図にも迫る。

投資家とエンジニア、未来を変える2つの道

イメージ    孫正義とイーロン・マスクは、ともにテクノロジーとビジネスの世界で絶大な影響力を持つ起業家だが、その人生観には大きな違いがある。

 孫正義は、「情報革命」を軸に、投資を通じて世界を変えることを目指している。とくに、AIや通信技術を活用し、人々の生活を豊かにすることに関心をもち、自ら起業するのではなく、ビジョンに共感する企業に投資し、エコシステムを築くことに力を注ぐ。その象徴がソフトバンク・ビジョン・ファンドであり、巨額の資金を動かすことで産業全体の成長を促す手法を採っている。また、「巨額のリスクを取ってこそ、大きな成功が得られる」と考え、WeWorkの失敗のような痛手を受けてもなお、大胆な投資を続けている。彼の意思決定はデータと直感のバランスを重視し、短期的な損益よりも長期的な視野をもつ。「志の高さ」を重視し、「人生50年計画」を立てるなど、長期的な戦略に基づいて行動し、人との縁を大切にしながらパートナーシップを構築していくことを信条としている。

 一方、イーロン・マスクは、投資家というよりもエンジニアであり、製品開発を通じて自ら未来を切り拓くタイプの起業家である。彼のビジョンは「人類の存続と進化」という壮大なテーマに根ざしており、火星移住、AIの危険性への対策、クリーンエネルギーの推進といった、人類規模の課題に取り組んでいる。テスラやスペースXといった企業を自ら創業し、設計や生産プロセスに深く関与しながら事業を推進しているのもその表れであり、短期的な株価よりも技術革新を最優先する姿勢を貫いている。また、彼はリスクを恐れず、破産寸前まで資金を投じることも厭わない。ロケットの爆発などの失敗を繰り返しながら改良を重ねる姿勢は、挑戦を前提とした開発プロセスの特徴を示している。

 このように、孫正義とイーロン・マスクはともに大胆なリスクを取るが、そのアプローチは大きく異なる。孫正義はネットワークと資本力を駆使し、投資を通じてビジョンの実現を図るのに対し、イーロン・マスクは自ら技術開発に関与し、人類の未来そのものを変えようとする。どちらの手法も世界に大きな影響を与えており、テクノロジーの進化と社会の発展に欠かせない存在となっている。

宗教観と人生哲学の違い

 孫正義とイーロン・マスクの宗教観には明確な違いがあるが、どちらも特定の宗教に深く帰依しているわけではなく、それぞれ独自の哲学や価値観をもっている。

 孫正義は、公には特定の宗教を信仰しているとは語っていないものの、仏教や儒教の影響を受けた価値観をもつとされる。彼は幼少期から多くの苦労を経験し、逆境を乗り越えるなかで「志」や「運命」という考えを重視するようになった。とくに「人生50年計画」を立て、長期的な視点で世界を変えることを目指す姿勢は、日本や中国の伝統的な思想と通じる部分がある。成功を「天命」や「使命」として捉え、自己の役割をはたすことに強い意義を見いだしている点も、東洋思想に根ざした人生観を反映している。死後の世界についての明確な発言は少ないが、輪廻転生のような東洋的な思想に共感している可能性がある。

 一方、イーロン・マスクは伝統的な宗教には懐疑的な立場を取っている。明確に無神論者と表明してはいないが、2022年のインタビューでは「もし神がいるなら、それに従います」と発言しており、確信的な信仰ではなく、理性的なスタンスを示している。また、「シミュレーション仮説」(現実は高度な文明によってつくられたシミュレーションである可能性が高い)を支持する発言をするなど、科学的・哲学的な視点から宇宙の存在を考える傾向が強い。宗教よりも科学技術を重視し、人類の未来を「新たな進化のステップ」として捉え、火星移住やAIの発展を人類の生存戦略として位置づけている。死後の世界についても懐疑的であり、伝統的な宗教的概念よりも科学的な仮説を重視する姿勢が見られる。

 このように、孫正義とイーロン・マスクの宗教観は大きく異なる。孫正義は仏教や儒教的な価値観をベースにした人生哲学をもち、志や運命を重視するのに対し、イーロン・マスクは宗教よりも科学的・哲学的な視点で宇宙や人類の未来を考えており、伝統的な宗教的信仰には懐疑的である。孫正義は人とのつながりや精神性を大切にしながらテクノロジーの進化を追求するのに対し、イーロン・マスクは科学技術がすべての課題を解決し、人類が新たなステージへ進化すべきだと考えている。両者の宗教観の違いは、それぞれのビジネスや人生の方向性にも強く影響を与えているといえる。

交差と乖離するビジネス関係

 孫正義とイーロン・マスクの関係は、ビジネスを通じた協力と投資の可能性があったものの、決して親密なパートナーとはいえない。両者はともにテクノロジーの発展に大きな関心をもつが、そのアプローチには根本的な違いがあり、結果的に競争関係に近い立場となっている。

 17年ごろ、孫正義率いるソフトバンク・ビジョン・ファンド(SVF)は、テスラへの出資を検討していた。孫正義とイーロン・マスクは直接会談し、ソフトバンクがテスラの筆頭株主になる可能性もあったが、最終的に交渉は成立しなかった。その後、ソフトバンクはテスラではなく、競合するUberやNvidiaに投資する道を選んだ。結果的に、ソフトバンクはモビリティ分野において、テスラの直接的な競争相手を支援する立場となった。

 自動運転技術に関しても、両者のアプローチは異なっていた。孫正義のソフトバンクは、ライドシェア大手のUberやDiDi、中国のEVメーカーに投資し、既存のモビリティ市場に資本を投じることで事業を拡大しようとした。それに対し、イーロン・マスクは「Uberのような仲介業者を介さず、完全自動運転のロボタクシーを普及させる」と明言しており、根本的に異なるビジネスモデルを志向していた。この点で、両者の戦略はむしろ対立関係にあったといえる。

 人工知能(AI)分野でも、孫正義とイーロン・マスクの間には違いが見られる。孫正義はAIを「次の産業革命」と位置づけ、ソフトバンク・ビジョン・ファンドを通じてNvidiaやARMなど、多くのAI関連企業に投資してきた。一方、イーロン・マスクもAIの未来に強い関心をもち、OpenAIの創設に関与し、その後xAIを立ち上げた。しかし、マスクはAIの危険性を強調することが多く、「AIは人類を豊かにする」と考える孫正義の楽観的なスタンスとは温度差があった。この点も、両者がAIに対して異なる見解をもち、それぞれ別の道を歩んでいることを示している。

 さらに、イーロン・マスクの孫正義に対するスタンスも、協力よりは距離を置く方向に傾いている。18年、マスクがテスラの非公開化を検討した際、買収資金の調達先としてサウジアラビアの政府系ファンドが挙がったが、ソフトバンクが関与する可能性についてはマスク自身が否定的だった。また、マスクは孫正義の投資スタイル、とくにWeWorkのような案件に対して批判的な立場を取る可能性がある。マスクは「実業(エンジニアリングや製造)」を重視するのに対し、孫正義は投資家として資金の流れを重視する。この根本的な価値観の違いが、両者の関係が深まらなかった要因の1つといえる。

 孫正義とイーロン・マスクは、一時的に協力の可能性があったものの、ビジネスの方向性が異なるため、深い関係には至らなかった。孫正義は投資家として、イーロン・マスクは起業家・技術者として、それぞれのアプローチでテクノロジーの発展を目指している。しかし、モビリティ、自動運転、AIといった分野では競争関係にあり、協力よりも対立する場面が多かった。結果として、両者は同じ未来を目指しながらも、異なる道を進む存在となっている。

トランプ政権を挟んだAI投資をめぐる対立

 孫正義とイーロン・マスクは、ドナルド・トランプ新大統領を挟んで、アメリカのAI投資をめぐり対立を深めている。孫正義はトランプ大統領との関係を強化し、AI関連インフラへの巨額投資計画「スターゲート」プロジェクトを推進する一方で、イーロン・マスクはこの計画に批判的な立場を取り、独自のAI戦略を進めている。この対立は、両者のビジネス戦略の違いだけでなく、政治との関わり方にも影響をおよぼしている。

 孫正義はトランプ政権と良好な関係を築き、アメリカ経済への貢献を約束することで影響力を強めた。彼はトランプ大統領との会談で、今後4年間でアメリカ企業に1,000億ドル(約15兆円)を投資し、10万人の新規雇用を創出すると発表した。この投資計画の中心にあるのが、AI関連インフラに5,000億ドル(約78兆円)を投じる「スターゲート」プロジェクトであり、OpenAIやOracleと協力して、AI技術の発展を国家戦略レベルで推進しようとしている。

 しかし、イーロン・マスクはこの「スターゲート」プロジェクトに対して批判的な立場を取っている。彼は孫正義の巨額投資に対し懐疑的であり、「AI開発は慎重に進めるべきであり、大規模な資本が制御できないかたちで投じられるのは危険だ」と主張している。マスク自身もAI技術の開発に深く関与しており、OpenAIの創設に関わったものの、現在はxAIを通じて独自のAI戦略を進めている。彼は中央集権的なAI開発には否定的であり、孫正義が推し進める大規模なAI投資とは異なるアプローチを取っている。

 トランプ大統領の立場としては、孫正義の巨額投資計画を歓迎し、アメリカ経済への貢献を高く評価している。一方で、イーロン・マスクはトランプ政権の側近として影響力をもちつつも、AI投資に関しては孫正義と対立する立場を取っており、両者の緊張関係は続いている。

 トランプ政権を背景に、孫正義とイーロン・マスクの関係は、協力ではなく競争へと向かっている。孫正義は政治的な影響力を活用しながら大規模なAI投資を推進するのに対し、イーロン・マスクは独自のAI開発を進めると同時に、孫正義の戦略に批判的なスタンスを取っている。このように、AI投資のアプローチをめぐり、両者は競争関係・ライバル関係を強めている。

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