【鮫島タイムス別館(34)】ポケットマネーか、官房機密費か 石破総理の命運を握る商品券スキャンダル

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 石破茂首相が自民党の新人議員15人に商品券10万円を一斉に配ったスキャンダルは、岸田文雄前首相や安倍晋三元首相にも飛び火し、自民党の歴代首相に受け継がれてきた「悪しき慣行」の疑いが濃厚になっている。首相官邸の「慣行」である以上、商品券の原資は領収書不要の官房機密費ではないかという疑念が浮かぶのは当然だ。

 石破首相は官房機密費であることを否定し、「ポケットマネーだ」と強弁しているものの、「それを証明する記録はない」とも語っている。これは相当に怪しい。

 石破首相は「お金にキレイで誠実」のイメージで首相の座をつかんだ。政治基盤は極めて弱いものの、「裏金事件で腐敗しきった自民党を変えてくれるかもしれない」という期待感から少数与党国会をしのいできた。

 ところが実は自民党の悪しき慣行に自らも手を染め、しかも国会でウソを強弁しているとすれば、その存在意義が根本から崩れてしまう。

 内閣支持率をさらに押し下げ、自民党内では「夏の参院選は石破首相では戦えない」という声がますます高まるのではないだろうか。

 岸田前首相の商品券スキャンダルは2022年12月に遡る。各省庁の政務官を首相公邸に招いた夕食会の翌日、岸田氏の秘書が政務官の議員会館事務所を訪ね、「総理からです」として商品券10万円と地元・広島のクッキーを手渡した。

 この手法は石破首相の商品券スキャンダルと驚くほど類似している。疑惑発覚後の「法令に従って適正に行った」という弁明もウリ二つだ(商品券購入の原資が官房機密費ならば「違法ではない」ということなのだろう)。

 歴代首相に受け継がれてきた「悪しき慣行」説をさらに深めたのが、自民党の大岡敏孝衆院議員の証言だった。彼は12年に初当選した際、当時の安倍総理が新人議員を首相公邸に招いて懇談会を開き、その際に10万円相当の金券を受け取ったと明かしたのだ。

 石破首相、岸田前首相、安倍元首相…。もはや偶然の一致と思えない。自民党の首相が自民党の国会議員を首相公邸での夕食会に招待し、お土産として商品券10万円を配る──そんな慣例が長年にわたって続いてきたと考えるほうが自然である。

 なぜ歴代首相はこのような行為を行うのか。その答えは単純だ──自民党内での権力強化のためである。

 自民党総裁選を勝ち抜くには、党所属の国会議員の支持を集めることがいちばん重要だ。歴代首相は、総裁再選を目指し、党内基盤をさらに固めるため、人事権と資金力を駆使して味方を増やしてきた。

 それに成功したのが、安倍元首相だった。総裁選に3回連続で勝利し、憲政史上最長の7年8カ月の長期政権を維持したのだ。

 首相は、内閣の大臣、副大臣、政務官に加え、自民党内の幹部ポストや選挙での公認権を握っている。さらには、政府予算の編成権も自民党の政党助成金や企業献金の配分権ももっている。それらを駆使し、権力基盤を固めていく。

 しかし、こうした表向きの手段だけでは不十分な場合、裏金の存在が重要な役割をはたす。首相が自由に使える「お財布」のなかでも、とくに不透明なのが官房機密費だ。毎年約12億円が首相官邸に配分され、官房長官の管理のもとで領収書なしで自由に使用できる。まさに「合法的な裏金」だ。

 本来は外交や安全保障など国家機密に関わる支出のために設けられたものだが、実際には首相が自らの権力基盤を強化するため、国会対策や選挙対策、さらにはマスコミ対策にも流用されてきたとの指摘が絶えない。

 今回の商品券10万円の出所も、官房機密費である可能性が高い。歴代首相が自民党議員を首相公邸に招き、慣例的に商品券を渡していたとすれば、それが官房機密費で賄われていたとしても不思議ではない。

 石破総理は国会答弁で官房機密費であることを否定し、「ポケットマネーで購入した」と主張している。しかし、私費で購入したことを証明する領収書などの記録は「ない」と発言。つまり、証拠が存在しないのだ。

 商品券10万円を15人に配布するには、合計150万円分を購入する必要がある。領収書がないというのは極めて不自然だ。領収書不要の官房機密費が使われたと疑われても仕方がない。もしそうであれば、石破首相は国会で平然とウソをついたことになる。

 石破首相は、自民党安倍派の裏金事件を批判し、「お金にクリーンで誠実な政治家」として期待されて総裁に選ばれた。しかし、実際には自民党の悪しき慣習を受け継ぎ、官房機密費を使って議員を取り込もうとし、それを隠蔽しようとしているのなら…。

 こうしたイメージが広がれば、石破首相の「クリーンさ」「誠実さ」というイメージは崩れ去り、内閣支持率はさらに下落するだろう。

 野党は石破首相に対し、政治倫理審査会(政倫審)への出席を求めている。石破総理も応じる意向を示しているが、単に「ポケットマネーだ」と言い張るだけでは説明責任をはたしたことにはならない。

 本来の「説明責任」とは、単に疑惑を否定することではなく、自ら潔白を証明することだ。そして、それができなければ辞任すべきである。 

 岸田前首相や安倍元首相にも同様の疑惑が浮上したことで、「石破首相だけが悪いわけではない」という擁護論が広がり、「石破おろし」は下火になるとの見方もマスコミ報道では出ている。しかしそれは自民党内の内向きの視点であろう。

 この問題が政局に与えるインパクトは「石破でも自民党は変わらない」という世論の落胆が決定的になったことだ。その結果、内閣支持率がさらに下落すれば、自民党内で「石破では参院選は戦えない」という声が再び高まり、「石破おろし」が再燃するのではなかろうか。

【ジャーナリスト/鮫島浩】


<プロフィール>
鮫島浩
(さめじま・ひろし)
ジャーナリスト/鮫島 浩ジャーナリスト、『SAMEJIMA TIMES』主宰。香川県立高松高校を経て1994年、京都大学法学部を卒業。朝日新聞に入社。2010年に39歳の若さで政治部デスクに異例の抜擢。12年に特別報道部デスクへ。数多くの調査報道を指揮し「手抜き除染」報道で新聞協会賞受賞。14年に福島原発事故「吉田調書報道」を担当して“失脚”。テレビ朝日、AbemaTV、ABCラジオなど出演多数。21年5月、49歳で新聞社を退社し独立。著書に『朝日新聞政治部』(講談社、22年)、『政治はケンカだ!明石市長の12年』(泉房穂氏と共著、講談社、23年)、『あきらめない政治』(那須里山舎、24年)。

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