【連載】コミュニティの自律経営(56)~ここにある幸せ
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元福岡市職員で、故・山崎広太郎元市長を政策秘書などの立場で支えてきた吉村慎一氏が、2024年7月に上梓した自伝『コミュニティの自律経営 広太郎さんとジェットコースター人生』(梓書院)。著者・吉村氏が、福岡市の成長時期に市長を務めた山崎氏との日々を振り返るだけでなく、福岡県知事選や九州大学の移転、アイランドシティの建設などの内幕や人間模様などについても語られている同書を、NetIBで連載していく。
連載の第1回はこちら。ここにある幸せ
平成27年(2015)1月16日にNHK福岡発地域ドラマで放送された「ここにある幸せ」(全国放送は同年3月8日のNHKBSプレミアム)の舞台は、津屋崎のまちだった。そして、宮本信子さんが演じた花田福子さんのモデルが柴田富美子さん(元藍の家保存会代表)である。今や僕の大切なサードプレイス/津屋崎のおかあさんなのだが、津屋崎を訪ねるたびに「藍の家」に行って、その凛とした姿勢と立ち居振る舞いを拝見し、津屋崎のまちづくりに一本筋が通っているのは、柴田富美子さんの存在があるからだなぁと思ってきた。
そんな柴田富美子さんと僕は凄いご縁があることが最近わかった。柴田さんが今は亡き夫の柴田治さん(元藍の家保存/運営協議会事務局長、平成14年に亡くなられている)のところに嫁いで初めて津屋崎駅に降り立った折に、手違いでお迎えがなく困っていたら、道案内をして治さんのところに連れて行ってくれたのが、なんと「吉村慎一さん」だったそうです。字も一緒。ホントですかって、何度も聞き直しましたが、本当だそうです!きっと僕は柴田富美子さんに導かれて津屋崎にきたのだろうと思います。
そして、ドラマのタイトルになった「ここにある幸せ」、禅の世界やマインドフルネスでも「過去でも未来でもない、今ここが大切なのだ」といわれるが、まさに「ここにある幸せ」というのは、津屋崎というまちの暮らしの哲学を、過不足なく伝えるメッセージだと思う。津屋崎ブランチ立ち上げのときに全国公募で移住し、今津屋崎で定住している「なび」さんが紡ぎ出したある方の「聞き書き」のタイトルが「ここにある幸せ」で、それがそのままこのドラマのタイトルになったようである。何かのときに「なび」さんが「なりわいがあって暮らしがあるんじゃない、暮らしがあってなりわいがあるんです」とポツリと語った。深く腹落ちしたことを鮮明に覚えている。
津屋崎のまちのたしかな暮らしは、まさに社会的共通資本(宇沢弘文氏提唱:豊かな経済生活を営み、優れた文化を展開し、人間的に魅力ある社会を持続的、安定的に維持することが可能な社会的装置)と呼べるものだと思う。山口覚さんは、西日本新聞の連載(H23.1.10 ~H24.5.28)「新しいまちづくりのススメ 津屋崎日記」の最終回にこう記している。
「私たちは現代社会でしか通用しない流行の価値観に惑わされないように、心のなかの3つの指標に沿って行動しています。1つ目は100年前でも通じること、2つ目は100年後でも通じること、そして3つ目はほかの国でも通じることです。今の時代を要領よく乗り切る生き方ではなく、先人が残した暮らしの哲学を受け継ぎ、体現して未来に足跡を残したいのです」。
こんな津屋崎のまちが僕のサードプレイスであること、とても誇らしい。
後藤太一さんのこと
後藤さんとの出会いは、平成13年か14年、 彼が鹿島建設の子会社であるアバンアソシエイツ勤務の折である。市長室長のKから、都市計画関係のプレゼンらしいので、代わりに聴いて欲しいとのこと。内容は、ポートランド都市圏自治体メトロの広域計画であり、まずは都市圏域での自治体の存在や都市圏域レベルの地域経営があること自体に驚いてしまったが、GISによる地域情報の活用やベンチマークなどによる市民の参画手法など、都市計画をかじっていたつもりの僕も目から鱗で、またそのキレッキレのプレゼンにも魅入られた。一緒に話を聴いた報道担当部長の広川大八君も同感で、後藤さんを何とか福岡市/都市圏のまちづくりに引っ張り込もうと画策した。
お父さまが当時商工会議所の会頭/元西日本シティ銀行頭取(故後藤達太さん)を務められており、福岡に縁があることもわかったので、全力であれこれ模索し、とりあえず平成15 年(2003)に福岡アジア都市研究所へ出向してもらった。もちろん生活の拠点も東京から福岡へ移って、早速エリアマネジメント団体『We Love Tenjin 協議会=WLT』の機関設計や「天神まちづくりガイドライン」の策定/推進という成果につながった。
その後、鹿島建設を退職して、平成18年(2006)福岡新都心開発(株)に事業部長として入社。福岡五輪招致計画の中核となる臨海部再開発計画を統括し、JOC提出用の報告書を作成。さらに、平成21年(2009)には『天神明治通りまちづくり協議会=MDC』での「アジアで最も創造的なビジネス街」を将来像とする画期的なエリアマネジメントとしての「グランドデザイン」と「実現の手引き書」(What とHow が一体)を描いた。その後、必然のように、福岡都市圏の国際競争力を強化するための産学官の連携組織としての『福岡地域戦略推進協議会=FDC』を平成23年(2011)に立ち上げ、初代事務局長として地域の成長戦略を策定、国家戦略特区の指定に陰で尽力するなど、今の「天神ビッグバン」の礎を築いている。
平成26年(2014)5月リージョンワークス(同)を設立。平成27年(2015)には、「福岡天神におけるまちづくりガイドラインに基づくエリアマネジメント」において日本都市計画学会賞石川賞を受賞している。福岡の地にエリアマネジメントの概念を導入し、設計し、推進した功績は途轍もなく大きい。そして、その後の彼の活動の舞台は徳島県の神山町であったり、東京都の渋谷であったり、海外の都市であったりしている。「日本の地域経営の新しいモデルを福岡でつくる」という彼のミッションは果たせたのか?はたまた、福岡に引っ張り込んだことが彼の人生にとってどうだったのか、このところご無沙汰が続き、とても気になっていた。
そんな折、3年前に「NPO法人地域経営支援ネットワーク= Compus」のオンライン講演会があり、基調報告で「福岡は本当に良いまち」と言ってくれ、なぜ今福岡を拠点にしているのかとして、「東京が嫌いになって飛び出したわけではなく、直感で選び、肯定し続けて今に至る」と言ってくれて、ホッと肩の荷が下りた気がした。
ネットで彼のこんな言葉を見つけた。「おいしいものを食べて飲み、楽しく人と語らい、笑うことが幸せである。食べる・飲むとは地域の個性そのものであり、個性的な文化は経済価値に勝る。文化や個性を大切にするヒトこそが、世の中を良くしていく」。福岡に引っ張り込んで良かったのだと、自分勝手に納得している。
久しぶりにゆっくり福岡のまちのこと、これからの社会のこと、語り合いたい。(つづく)
<著者プロフィール>
吉村慎一(よしむら・しんいち)
1952年生まれ。福岡高校、中央大学法学部、九州大学大学院法学研究科卒業(2003年)。75年福岡市役所採用。94年同退職。衆議院議員政策担当秘書就任。99年福岡市役所選考採用。市長室行政経営推進担当課長、同経営補佐部長、議会事務局次長、中央区区政推進部長を務め、2013年3月定年退職。社会福祉法人暖家の丘事務長を経て、同法人理事。
香住ヶ丘6丁目3区町内会長/香住丘校区自治協議会事務局次長/&Reprentm特別顧問/防災士/一般社団法人コーチングプラットホーム 認定コーチ/全米NLP協会 マスタープラクティショナー
著書:『パブリックセクターの経済経営学』(共著、NTT出版03年)『コミュニティの自律経営 広太郎さんとジェットコースター人生』
著 者:吉村慎一
発 行:2024年7月31日
総ページ数:332
判サイズ:A5判
出 版:梓書院
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