土壌汚染対策法が定める基準値に対して、ベンゼンが1,800倍、水銀が400倍という有害な汚染物質が大量に残る北九州市内の工場跡地において、小売大手の(株)トライアルホールディングス(HD)の子会社が、汚染の除去などの処理をしないまま、造成工事を進めていることがわかった。トライアルは遮水壁の建築による土壌の封じ込めによって対処したとしているが、市民からは、汚染物質が地下水を介して周囲へ拡散する可能性があり、安全面でのリスクが残るのではと不安の声も聞かれる。環境都市を標榜する北九州市には、汚染状況と対策について積極的な情報公開が求められる。
基準値大幅超の汚染状況

トライアルグループ(以下、トライアル)の新しい商業施設の開業予定地は北九州市小倉北区高見台地区で、総面積は約8万4,000m2。2026年夏に飲食店や医療施設を含む大型商業施設の開業を計画している。(株)大阪ソーダ(大阪市西区)と日本化薬(株)(東京都千代田区)が所有していたが、トライアルの子会社が購入、開発に乗り出した。
跡地のうち問題とされるのが、大阪ソーダの小倉工場跡地で、面積約4万3,000m2。同工場では、毒物及び劇物取締法で劇物に指定されている苛性ソーダを生産していた。同工場は21年11月に閉鎖され、23年3月にトライアル子会社に売却されている。
汚染状況は大阪ソーダ自身によって売却前の23年2月、観測用の井戸の調査によって確認されており、同社は北九州市に土壌汚染について報告し、同市は23年5月の公報で、「土壌汚染形質変更時要届出区域」に指定、特定有害物質によって汚染されている地域であると指定している。
同調査によると、汚染物質は、皮膚や粘膜、中枢神経系に悪影響を与えるベンゼン、腎臓に深刻な影響を与えるカドミウム、発がん性のある六価クロム、毒性の高い水銀など多岐にわたっている。約4万3,000m2のうち約65%に相当する約2万8,000m2において汚染の可能性があるとしているほか、それ以外の土地でも使用履歴がある範囲や排水経路などの汚染の恐れが多い場所で土壌汚染が存在するとしている。深度に関しても最大10m、基盤岩盤上の7mまで水銀汚染が確認されたとしている。
同調査は、ベンゼンが土壌汚染対策法が定める基準値の1,800倍、水銀が基準値の400倍の数値であり、地下水への高濃度の汚染も確認している。さらに、敷地外への汚染の流出リスクもあるとしている。同地で汚染が確認された地点から地下水下流側の敷地境界までの距離は50cm未満であるが、環境省の資料によると、地下水汚染の到達距離は最長(約100年後)でベンゼンなどの揮発性有機化合物(VOC)であれば約1km、水銀であれば80mと推定されており、水銀による汚染が浸透し、地下水を介して拡散する可能性がある。
一方、産業用火薬メーカーとして誕生した日本化薬の小倉染料工場は1985年に閉鎖している。こちらの跡地は、汚染物質の除去工事を実施しており、北九州市は20年4月、公報で「土壌汚染形質変更時要届出区域」の指定を解除している。
土壌汚染への認識と対応
大阪ソーダはトライアルに土壌汚染の状況を契約締結前に書類にて通知するとともに、自社では除去などの対応を行わずにトライアルに売却した。土地譲渡の金額について、大阪ソーダとトライアルは非公表としている。
今年3月24日、トライアルは大規模小売店舗立地法に基づく店舗新設の届出を北九州市に提出しており、同28日に告示された。北九州市発表の資料によると、名称は「(仮称)中井口・高見台商業施設」、所在地は北九州市小倉北区高見台2803番2外、設置者は(株)トライアルリアルエステートで、ほか、(株)ヤマダデンキ、(株)しまむらも出店するとしている。新設日は26年9月1日。
トライアルは土壌改良(汚染源である土壌の除去や浄化)を行わず、地中の岩盤まで届く遮水壁の設置で対応する方針で、その着工の届出を23年11月に北九州市に提出している。北九州市環境局環境監視課によると完工時期は不明だが、25年4月に同局の職員が現地にてトライアルからの遮水壁の建設が完工しているとの報告を受けているという。同局によると工法は「地中連続壁工法」の「ソイルセメント地下連続壁工法」(土とセメントを混合させて地中壁として成形し使用)。
同局は、トライアルが遮水壁の設置後、遮水壁の内外の観測用井戸で遮水壁の効果についてのモニタリングを実施し、「問題ない」との報告を受けている。同局によると、モニタリングにおいてはとくに法律あるいは条例による実施・報告義務などはないとのことで、トライアルが測定事業者に依頼して実施しているという。
土壌・水質汚染をめぐって
化学工場跡地では、かつて有害物質を使用していた施設が存在し、土壌や地下水に深刻な汚染が発生しているケースがある。代表的な汚染物質としては、ベンゼンなどの揮発性有機化合物、水銀や六価クロムなどの重金属が挙げられる。これらの物質は、土壌中にとどまるだけでなく、地下水に溶出し、周辺地域に広がることで飲用水や生活用水を通じた健康被害のリスクをもたらす。実際、基準値を大幅に超える濃度で検出される例もあり、そのような地域では環境や人々の健康に対する懸念が高まることになる。
土壌汚染対策法では人体への健康被害を防ぐため、工場跡地などで有害物質による土壌汚染が疑われる場合や、一定規模以上の土地の掘削・造成を行う場合に、調査と対策の実施が義務付けられている。同法は、汚染の原因者のみならず、土地の所有者や管理者にも浄化の義務や責任を課しており、適切な対策を怠った場合には行政からの指導・命令や罰則が科される可能性がある。
土壌汚染対策の手法としては、今回のトライアルの遮水壁設置のほか、汚染土壌の除去、封じ込め、浄化、覆土・盛土・舗装などがある。水質汚染に関しては、地下水汚染が進行している場合には、汚染された地下水を汲み上げて浄化する揚水浄化、汚染源土壌の除去・浄化、汚染地下水の拡散防止のための遮水壁設置や地下水流動制御、不溶化処理、バイオレメディエーションなどが実施される。
これらの対策は、科学的なリスク評価を踏まえ、関係機関(自治体等)と協議し、法的要件を満たすかたちで決定・実施される。地域住民への情報公開と説明も、リスクコミュニケーションの観点から重要となる。
遮水壁でいいのか
遮水壁は汚染された地下水の移動経路を遮断し、汚染拡散を防ぐ効果が一定程度期待できる。しかし、環境省の資料によると、汚染土壌がそのまま残るため、遮水壁内では汚染物質が土壌から地下水へ溶け出し続け、内部の地下水汚染が進行する可能性が高い。
それを防ぐため、遮水壁内の地下水位を周辺より低く保つために汲み上げ、その汲み上げた水の浄化処理を継続する必要がある。 遮水壁は構造物であり長期的な管理・監視が不可欠なため、その維持コストも発生する。また、地震や経年劣化などにより遮水機能が損なわれた場合、囲い込まれていた高濃度の汚染物質や地下水が外部に流出し、大規模な環境汚染を引き起こすリスクも存在する。
さらに、遮水壁上部の覆土や舗装が損壊した場合には、人が直接汚染土壌に接触するリスクや、揮発性汚染物質による土壌ガスのリスクも残る。従って、遮水壁は地下水汚染の拡散防止には有効な手段であるものの、汚染源である土壌自体への抜本的な対策(除去・浄化・確実な封じ込め)がなければ、根本的な解決にはならず、長期的なリスクや継続的な管理・対策コストを抱えることとなる。
不十分な対策によるリスク
対策が十分でない場合、企業には以下のようなリスクと課題が生じる。
法的には、土壌汚染対策法に基づいて、行政から追加調査や対策の実施の指導・命令を受ける可能性があり、追加費用が発生し、経済的負担が大幅に増大する恐れがある。適切な対策を怠った場合の罰則や、最悪の場合は営業許可の取り消しなどの行政措置もあり得る。
汚染の再顕在化、拡散というリスクも残る。汚染物質が盛土の下などに残存し、雨水や地下水を通じて周辺環境へ拡散する。また、将来、地震や劣化などによって汚染が再び深刻になる可能性もある
健康被害による訴訟リスクも大きい。商業施設開業後、土壌や地下水汚染が原因で利用客や地域住民に健康被害が発生した場合、企業は損害賠償請求などの訴訟リスクに直面することとなる。
企業イメージの悪化も考えられる。企業の社会的責任(CSR)を軽視していると見なされ、社会的信頼が大きく損なわれる危険性がある。
また、汚染リスクが顕在化し、払拭されないままでは、商業施設や土地自体の資産価値も低下する恐れがある。
企業としては、浄化対策を含むより積極的かつ抜本的な対策を検討・実施することが、法規制の遵守、環境保全、地域住民からの信頼獲得、そして事業の安定的な継続のために極めて重要であり、長い目で見ると将来高いコストを支払わずに済むといえる。
市は積極的な対応を

「スーパーセンタートライアル西港店」。
新施設開業時に同地に移転予定
北九州市は過去に公害に苦しんだ経験から環境問題を重視しており、環境対策に注力して、企業にも環境への配慮を求めるとともに、環境産業関連企業への支援を行ってきたはずだ。
大阪ソーダによると、折衝の場において、トライアルが今後、北九州市環境局からの指導を受け適切な措置を講じることを確認していた。同局の担当者は、トライアルの当該商業施設計画に対して、「土壌汚染形質変更時要届出区域」であっても、地下水の下流方向に飲用水の水源が存在せず、かつ土壌汚染対策法に基づき人体の健康に被害がおよばないように措置が講じられていれば地上で開発は可能であると話す。
北九州市環境局は法律上問題ないとしているが、大型商業施設の建設であり、なかには医療機関も含まれる。もし被害が生じれば影響は広範囲におよぶ。住民に不安が残るとすれば、そうした不安を払拭することが求められる。
予定地を定期的に視察している市民からは、「遮水壁について着工した形跡を見ておらず、4月11日にトライアルが開催した事業説明会において設置者であるトライアルリアルエステートの矢野定利代表に遮水壁の建設の完了について質問したが、明確な回答を得られなかった」という声も聞かれた。なお当社からもトライアルに対策について質問を送付したが返信は得られなかった。
本件はトライアルという上場(東証グロース)企業の事業である。北九州市は環境都市として、またリスクコミュニケーションの観点からも、汚染状況やその対策について、地域住民への情報公開と説明を行うようトライアルに働きかけるなど、より積極的な対応を行うことが望まれる。
【茅野雅弘】