国際未来科学研究所
代表 浜田和幸 氏
トランプ政権は組織的利害より個人的な人間関係を重視しているようです。影響力の源泉が組織から個人へと大きく変化しています。1期目においてトランプ大統領と敵対する意見の持ち主が足を引っ張ったため政権内の亀裂が露呈した経験と反省に基づき、2期目においてはトランプ氏に全面的に従う側近や官僚を重用しています。閣僚レベルに日本専門家が見当たらないとの指摘もありますが、ルビオ国務長官もコルビー国防次官も日本との交渉経験はあり、スタッフからの日本関係情報に注目している模様です。
防衛費5%論と米国の対日圧力
トランプ政権からは日本の防衛力強化や予算拡充の要求が相次いでいますが、日本の政府内では「2027年までにGDP2%の目標では少な過ぎる」との受け止め方が強く出ています。なぜなら、現状では自力での日本防衛も米国との共同軍事作戦の展開も心もとないからです。「できればGDP5%程度の防衛予算で抑止力と緊急事態対応への備えを万全にすべきだ」とする意見が大勢を占めつつあります。
一方、日本は米国とも中国ともバランス外交を追求する必要があります。どちらか一方に与することは得策ではないはずです。日本の生き残る道は米中二大国との協力関係の維持、強化に尽きます。安倍政権ではそうした路線を追求してきたものですが、最近、グローバル・サウス諸国は米国に見切りを付け始めているため、アジアの一角を占める日本はアセアンや中国、ロシアとの経済関係の強化に向けての可能性も模索すべきと思われます。
しかし、そうした巧みな独自の「平和外交」を仕切る力は今の石破首相には望めそうにありません。ソフトバンクやトヨタ自動車が対米投資の拡大を試みていますが、自社の利益が最優先されているため、日米関係の大局的な安定化には力がおよびそうにありません。
米国はウクライナの鉱物資源に限らず、グリーンランドやカナダ、そしてガザ地区の油田にも触手を伸ばしています。トランプ政権はロシアや中国とはディールを模索しているわけですが、日本に対してはいまだに占領軍的発想での威圧的アプローチが温存されているようです。
米中狭間で揺れるバランス外交
トランプ大統領には国家や主権意識が希薄です。「モンロー主義」に戻ろうとしているのではないかとも思える言動が多く見受けられます。その意味では、ウクライナ戦争や台湾問題への関心は極めて限定的でしかありません。トランプ大統領の関心はビジネス中心であり、ウクライナに関していえば、ウクライナの穀物資源や地下に眠る鉱物資源の利権の獲得に置かれています。アメリカ企業への利益誘導が最優先されており、アメリカの投資ファンドのブラックロックなどは、すでにウクライナの資源の大半を押さえている模様です。
アメリカによる関税戦争に対して、日本が自由経済、自由貿易の旗頭としてアセアン諸国との連携を内外にアピールするのも重要なテーマに他なりません。トランプ大統領の関税措置は朝令暮改で、長期的な分析や公正な判断に基づくものではないため、最大の被害者は物価高やインフレに飲み込まれるアメリカの消費者になります。
なお、アメリカは新たに日本への配備が決まったB-1B爆撃機を使った日本、韓国、オーストラリア、フィリピン4カ国による合同訓練を推進しようとしています。その狙いは、中国との緊張が懸念される南シナ海に近い日本の三沢基地に最新鋭の爆撃機が配備され、フィリピンを含むアメリカの同盟国による共同作戦が実施されれば、対中抑止力に大きく貢献すると考えているからです。
東南アジアとの安全保障協力の深化
ベトナムでは日本との間でDX、GX事業を推進しています。具体的には、ベトナムのデジタル変革、グリーン変革、半導体、食糧安全保障、人材育成、医療協力、テロ対策、サイバーセキュリティを最優先課題としています。サプライチェーンの多元化における協力、技術者育成のための機材供与や日本企業向けのサービス向上についても協議を深め、覚書に調印しました。
フィリピンでは沿岸監視レーダーシステム供与、警戒管制レーダーの移転を含む装備、技術協力や巡視船供与など海洋安全保障能力の向上のための協力を確認。そのうえで、海上保安機関同士の合同訓練実施でも申し合わせを確認しました。また、部隊間協力円滑化協定(RAA)や外交・防衛閣僚会合(2プラス2)の実施を含む安全保障、防衛分野での二国間協議の実施も合意。
加えて、サイバーセキュリティ、経済安全保障分野での協力、社会経済開発に向けた災害対策用重機の供与についても合意しました。日比間ではGSOMIAの正式な交渉開始に向け、交渉範囲を絞り込む作業が佳境を迎えており、今回の石破訪問で、GSOMIA締結への議論の正式開始で合意しました。
軍事情報を保護する協定が署名され、日本にとっては11カ国目となったわけです。GSOMIAが発効すれば、南シナ海での中国の動きに関するフィリピンが得たレーダー情報を自衛隊が入手できるようになることが期待されます。ちなみに、フィリピンは昨年11月、アメリカともGSOMIAを締結済みです。今回の石破首相の東南アジア歴訪によってアメリカの対アジア軍事戦略に日本がこれまで以上に深く組み込まれていくことが明らかになりました。
(了)
浜田和幸(はまだ・かずゆき)
国際未来科学研究所主宰。国際政治経済学者。東京外国語大学中国科卒。米ジョージ・ワシントン大学政治学博士。新日本製鐵、米戦略国際問題研究所、米議会調査局などを経て現職。2010年7月、参議院議員選挙・鳥取選挙区で初当選をはたした。11年6月自民党を離党、無所属で総務大臣政務官に就任し震災復興に尽力。外務大臣政務官、東日本大震災復興対策本部員も務めた。著作に『イーロン・マスク 次の標的』(祥伝社)、『封印されたノストラダムス』(ビジネス社)など。