【特集】福間病院──精神科医療の先駆けだった病院に何が起きているのか(5)
創業家支配のゆがみと現場の悲鳴
今年開院70周年の節目を迎える福間病院。民間病院として日本で初めてデイケアセンターとして国の承認を受け、福岡県北部における精神科医療の中核病院として評価を得てきた。しかし現在、同院の職員からは深刻な窮状を訴える声が上がっている。医師や看護師の退職が相次ぎ、慢性的な人手不足に陥っている。その影響で一部病棟が休止され、ベッド数減少にともなう収入減、職場環境改善の停滞、人材流出といった悪循環を招いているという。職員からは「常務理事は私的な判断が少なくない」との話も聞かれる。このため職員が安心して働けない状況にもなっているという。今回は匿名を条件に話を聞いた複数の職員の声を取り上げる。
現場無視のトップダウンが混乱を招く
「創設者の勇之進先生やご子息の裕光先生は医師であり、経営的視点と医療従事者としての視点の両方をもって病院を運営していました。一方、現在の常務理事は医療の専門家ではないため、医療現場との十分なコミュニケーションが図れていないと思います」。十分な専門知識と現場経験の有無から、現場と常務理事の間で認識のずれが生じているとの指摘がある。
また、「意見が合わない職員が遠ざけられ、自分の考えに同調する職員の意見が採用されがち」との指摘が複数職員からあった。このため「現場は混乱し職員は疲弊しています」という。
現在の福間病院の理事長は西村良二氏だが、実際の病院運営に強い影響力をもつのは常務理事であるという。職員からは「理事長が必ずしも十分に関与しないまま、創業家主導で重要書類の決裁が行われることがある」という指摘も寄せられている。そのため「理事長は決定の責任だけを押しつけられている状況です」との証言もあった。
ここで創業家の関係を整理すると、創設者の勇之進氏の妻が専務理事であり、常務理事はその長女にあたる。裕光氏は常務理事の弟だが、すでに病院を離れている。専務理事は高齢や健康上の理由もあり、経営への関与が限定的となっているようだ。
「最大の問題は意思決定プロセスの不明瞭さです。理事会で決定した事項が、後になって常務理事の一言で覆ることも珍しくありません。常務理事の個人的な判断が病院運営に大きく影響しており、どこで何を決めればいいのか職員も分かりません」。
精神科医療の経験が少ないと指摘されている常務理事が、適切な判断を下せるのかについては疑問が残る。職員からは「現場の声が十分反映されないまま夜勤専従制度が導入されたことで、職員から不満の声が上がった」との証言もあった。結果的に「夜勤専従の職員は体調を崩し、やりがいを失い、4カ月も経たずに辞めてしまいました。それにもかかわらず常務理事は夜勤専従制度を続けようとしました。精神科医療では患者との信頼関係の構築が極めて重要ですが、夜勤専従制度ではそれが困難になる。この当然のことが常務理事には理解できないのです」と話す。
職員が恐れる報復人事「創業家の意向」が暴走する
職員の一部から人事異動の公平性に疑問の声が上がっている。職員からは「報復的な人事異動があるのではないかと不安を訴える職員もいる」との証言もあった。また「学校への異動を示唆されたとの声もある」との話も聞かれた。そして「実際にそうした発言を受けた職員や、その場に居合わせた職員、口伝えで知った職員も含め、安心して医療業務に専念できる状況ではありません」と嘆く。
常務理事の言動に振り回される職員は、盲目的に指示を実行する者、職業倫理との間で苦悩し疲弊する者、そして病院を去る者に分かれていく。
とくに深刻なのは人材流出である。医局や看護部で退職が相次ぎ、看護師数が施設基準を満たせず、一部病棟の休棟を余儀なくされている。今年3月末には児童思春期精神科外来が中止された。入院患者の高齢化にともない看護師の業務負担が増し、腰痛などで体調を崩す職員も増えてきている。人手不足、残った職員の負担増、体調悪化という悪循環が生じている。
「数百名の入院患者がおり、日常生活の介助を行いますが、外来患者対応との両立が困難です」「寝たきりの要介護患者が数十名いるのに、日中の看護師の配置が十分でない」と訴える職員も多く、「看護助手の採用を要望しても、なかなか実現しない」という。さらに「病棟、とくにB棟の老朽化も深刻で、患者の療養環境は悪化しています。常務理事は『何とかなる』というだけで、実効性のある対応はありません」と現場の過酷さを訴える。
入院患者にも職員にも厳しい状況が続く福間病院。職員の一部からは「経営陣への過度な配慮が職場環境の悪化につながっている」との指摘もある。
また、退職手続きに関して労働基準法との整合性を疑問視する声があり、職員のなかには対応への不安を抱える者もいたという。「『常務が言いようけん』と強引に手続きを進めようとします。会社からの解雇通知が必要な場合でも、『会社都合の退職にして』『自己都合の退職にして』と二転三転します。労働局にも確認し、自分の正しさをたしかめましたが、この組織は大丈夫なのかと不安で眠れない日々が続きました。また、在籍中の職員を人事通達で退職者として公表し、仕事机を撤去する行為も、常務の指示を理由に平然と行われました」との話も聞かれた。
職員によれば「この件は福間病院内のハラスメント委員会にも共有され、同委員会が不適切な手続きについて、常務理事側の関与を一定程度認める見解を示したとの情報もある」という。常務理事やその支持者の振る舞いは、地域医療を担う病院としてはたして適切といえるのだろうか。
地域貢献の陰で放置される「職員軽視」の運営
福間病院は宗像消防本部に高規格救急自動車および救急資機材一式を寄贈するなど、地域貢献にも積極的だ。しかし病院運営の要である看護師をはじめとする職員への対応はどうだろうか。職員の声から推察されるのは、常務理事の現場職員に対する敬意の欠如である。精神科医療に関して決して明るいとはいえず、「自ら現場を視察することもまれ」だという常務理事。そのため、現場の実情と常務理事の認識には重大な齟齬(そご)が生じており、そのことが結果として患者にとっての不利益につながってしまっている。
「最も老朽化が激しいB棟には寝たきりの患者も多く、現在の人員では十分なケアができません。採用強化や療養環境の改善が急務です。一方で常務理事は専務理事のことになると、夜間や休日も関係なく職員に連絡してきます。コロナ禍の際も専務理事のケアを職員に要求していました。患者が優先されるべき医療現場において許されないことではないでしょうか」と訴える職員もいる。
福間病院では栄養科が入院患者の食事を自前で準備しているが、広大な敷地内での配膳業務は容易ではなく、同科においても人手不足が続いている。「厨房(ちゅうぼう)設備や調理器具の老朽化が進み、外部委託を検討しても引き受け手が見つかりません。給食提供維持のため患者に費用負担をお願いすることもありますが、常務理事は対応を渋ります。原価高騰が続くなか値上げもできず、結果として朝食はご飯とみそ汁、時々納豆がつく程度に簡素化されています」。
対外的なイメージが良好な福間病院だが、内部には解決すべき問題が山積している。理事会は職員待遇や療養環境改善に動き始めたという情報もあるが、創設者・勇之進氏が掲げた自由開放療法の理想からは遠ざかっているのが現状ではないだろうか。
(つづく)
【特別取材班】