国際未来科学研究所
代表 浜田和幸
スペースX、テスラ、ニューラリンク、xAI──。イーロン・マスク氏の事業は、一見すると異なる領域に広がっているように見える。しかし、その根底には「第一原理思考」と、少年時代から影響を受けてきたSF的未来観がある。物理学の発想で常識を分解し、SF作家たちが描いた未来を現実のビジネスへ落とし込む。前編では、マスク氏の世界観と、そのビジネスモデルを生み出した思想的源流をたどる
スペースX上場が示すマスク経済圏の膨張
6月12日、スペースXの上場で、株式を保有していた4,000人を超える現・元従業員が総資産100万ドル(約1億6,000万円)以上の「ミリオネア」となったようです。初日の取引は公募価格135ドルに対し、19%高の160.95ドルで終了。時価総額は2.1兆ドル(約336兆円)に到達。イーロン・マスク最高経営責任者(CEO)の総資産は人類初の1兆ドル(約160兆円)に達したといいます。
一事が万事。何かと話題を集める天才経営者のマスク氏ですが、彼の進める革新的な未来ビジネスの多くは、彼自身の「物理学的な思考法」と、少年時代から没頭した「サイエンス・フィクション小説」のビジョンが融合したところから生まれています。
多くの実業家が「他人の成功例を真似て、少し改善する」のに対し、マスク氏はまったく異なる着眼点をもっています。その最大の特徴は、ペンシルベニア大学で学んだ物理学のフレームワークをそのままビジネスに応用している点です。何かといえば、物事を、絶対に覆すことのできない「最も根本的な真実(物理法則)」にまで一度バラバラに分解し、そこから積み上げて答えを導き出す思考法に他なりません。
たとえば、スペースXの場合ですが、周囲から「ロケットは高価だから民間には無理だ」と言われた際、彼は「ロケットを構成する原材料(アルミ、チタン、銅、炭素繊維など)の市場価格」を調べました。その結果、原材料費はロケット全体のわずか「数パーセント」に過ぎないと気づき、「自社で内製化し、さらに再利用すれば、コストを100分の1にできる」という着眼点を得たのです。
彼のビジネスは「儲かるか」ではなく、「人類が将来生き残るために何が必要か」という壮大な人類救済の視点からスタートしています。地球の寿命や環境破壊に備えるために「宇宙開拓(スペースX)」や「持続可能エネルギー(テスラ)」を進め、AIの脅威に対抗するために「脳とコンピューターをつなぐ(ニューラリンク)」を創設しました。
SFが生んだ未来ビジネスの設計図
彼自身、「学校や誰かから教わったのではなく、本を読んでロケットのつくり方を学んだ」と語るほど、数々の偉大な先人たちの知恵やビジョンを自身の「設計図」に取り込んでいます。どのような先人たちでしょうか。
まずはアイザック・アシモフ(SF作家・生化学者)です。人類の文明が衰退・崩壊するのを防ぐためには、テクノロジーと明確なビジョンをもった「先見の明がある者たち」が行動を起こさなければならない、という強烈な使命感を彼の本から植え付けられ、これがスペースXで火星移住を目指す最大の原動力となっています。
次がダグラス・アダムズ(SF作家)の『銀河ヒッチハイク・ガイド』です。宇宙の真理を理解するためには「答えを探すこと以上に、正しい『問い』を立てることが難しい」という哲学を学んだようです。マスク氏が新しいビジネスを始める際、「そもそも何が本質的な課題なのか」を徹底的に問い直す姿勢は、この本からきています。
その次はイアン・バンクス(スコットランドのSF作家)の『ザ・カルチャー』シリーズに他なりません。知能AIと人間が共生・融合した、高度なサイバーパンクの未来社会(脳にインプラントを埋め込んで記憶をダウンロードする等)を描いた作品です。マスク氏はこれを「自分が実現したい未来の青写真」と公言しており、まさに脳とコンピューターを合体させるニューラリンクのビジネスそのものの発想の原点となっています。
さらに見れば、アルベルト・アインシュタイン、ベンジャミン・フランクリン、ウォルター・アイザックソンらの伝記からも多くのヒントを得たようです。物理学者アインシュタインからは「世間の常識を疑い、自然界の法則(物理学)を絶対的な基準とするマインド」を学び、発明家であり米国の建国の父でもあるフランクリンからは、「ビジネスマンでありながら、技術者・科学者として社会インフラをゼロからつくり出す生き方」の大きな影響を受けています。
最後に、ニコラ・テスラ(電気工学者・発明家)の影響は見逃せません。社名(テスラ・モーターズ)の由来でもある天才発明家ですから。エジソンのような商業主義ではなく、地球規模のクリーンなエネルギー伝送を夢見た彼の「未来を先取りした技術への執着」は、マスク氏のEVや太陽光、蓄電池ビジネスの思想的基盤になっています。
言い換えれば、マスク氏のビジネスは、天才的な研究者から生まれたというより、「物理学の基本法則」という究極の専門知識をベースに置き、かつて巨匠たちが描いた「SFの未来」を現実のエンジニアリングに力づくで落とし込むという、彼独自の執念から生まれているのです。
xAIが狙う宇宙を理解する知能
マスク氏は2023年に独自のAI企業「xAI」を立ち上げ、現在は大規模言語モデル「Grok」の開発を急ピッチで進めています。これと並行して、自身が共同創業者であったOpenAI(サム・アルトマンCEO)に対して激しい法的闘争を仕掛けているわけです。
マスク氏は15年のOpenAI設立時、「AIが人類の脅威にならないよう、オープンソース(無料公開)かつ非営利で運営する」という理念に共鳴し、多額の資金を提供してきました。しかし現在のOpenAIは、マイクロソフトから巨額の出資を受け、技術をブラックボックス化した「事実上の子会社」に変貌。マスク氏はこれを「人類への裏切りであり、契約違反だ」として裁判を起こしています。
マスク氏は、利益至上主義の企業が人間の知能を超える「AGI」を独占すれば、人類がコントロールできなくなり滅亡するリスクがあると本気で危惧しているわけです。xAIのミッションは、単なる文章作成チャットではなく「宇宙の本質を理解するAI」の構築です。ここでも彼の「第一原理思考」が働いており、物理法則や数学の真理を正確に理解できる、嘘をつかない極めて頑健なAIを目指しています。
このAIは、テスラの自動運転車や人型ロボット「Optimus(オプティマス)」、スペースXのロケット制御のブレイン(頭脳)として統合される計画です。冒頭に紹介したように、スペースXの新規公開株は市場から熱狂的に迎えられ、マスク氏に莫大な富をもたらしました。その中核ビジネスであり、世界を変えつつあるのが衛星インターネットサービス「Starlink(スターリンク)」です。
(つづく)
浜田和幸(はまだ・かずゆき)
国際未来科学研究所主宰。国際政治経済学者。東京外国語大学中国科卒。米ジョージ・ワシントン大学政治学博士。新日本製鐵、米戦略国際問題研究所、米議会調査局などを経て現職。2010年7月、参議院議員選挙・鳥取選挙区で初当選をはたした。11年6月自民党を離党、無所属で総務大臣政務官に就任し震災復興に尽力。外務大臣政務官、東日本大震災復興対策本部員も務めた。著作に『イーロン・マスク 次の標的』(祥伝社)、『封印されたノストラダムス』(ビジネス社)など。








