【特別寄稿】なぜ日本企業はAIで生産性が上がらないのか

(株)アゴラ研究所 所長 池田信夫 氏

 AIの普及により、企業の事務作業は大きく効率化されつつある。しかし日本企業では、作業時間が短縮されても、業務そのものや人員配置、固定費が残り、生産性や利益の向上に結びつきにくい。AIは人員削減よりも新卒採用抑制を通じて雇用構造を変える可能性がある。日本企業がAIを競争力に変えるには、業務効率化にとどまらず、不要な業務を廃止し、雇用調整ルールを明確にする必要がある。

(株)アゴラ研究所 所長 池田信夫 氏    経済学者ロバート・ソローは「至るところでコンピューター時代を目にするが、生産性の統計ではお目にかかれない」と1987年に語った。コンピューターが急速に普及しているのに、マクロの生産性統計にはその効果が表れなかったからだ。これはソローのパラドックスと呼ばれる。

 経済産業研究所の分析では、日本におけるAI利用がマクロの労働生産性を押し上げる効果は、現時点では0.5〜0.6%程度と推計されている。AIの潜在力を考えれば、小さな水準である。日本には「AIのパラドックス」があるようだ。

汎用テクノロジーの効果は
出るのに10年以上かかる

 アメリカでは1990年代後半から生産性が大きく上がり、とくに小売業、金融業、物流業、製造業などで、IT投資の効果が表れた。ウォルマートはPOSデータや在庫管理システムを組み合わせ、サプライチェーン全体を効率化した。この時期になって生産性は統計に表れ、IT投資をした企業と遅れた企業の差が広がった。

 コンピューターやインターネットのような「汎用テクノロジー」は、幅広い分野で応用されて生産性を上げるまでには時間がかかる。実用的な白熱電球が登場したのは1879年だが、電力が蒸気機関に代わって主要なエネルギーになったのは1920年代だった。19世紀の工場は蒸気機関を中心に設計されており、どこでも使える電力のメリットを生かせなかったからだ。

 だからソローのパラドックスの答えは出ている。新技術の効果は、技術そのものではなく、それを使う組織と制度が変わったときに初めて統計に表れるのだ。インターネットもそうだった。初期のインターネットは電話回線でつなぐダイヤルアップ接続だったので、1つの部屋に端末が1台置かれ、みんなで共有していた。これでは電子メールは連絡手段として使えない。商用データベースは高価で、個人には使えなかった。

 これが変わったのは、WWW(ワールドワイドウェブ)のブラウザ、NCSA Mosaic(モザイク)が登場した1993年だった。これによって情報共有がインターネット(あるいはイントラネット)でできるようになり、電子メールが主な連絡手段になった。「社内便」はなくなり、膨大な文書をコピーする仕事も減った。

 しかしかつて世界のトップだった日本企業が競争に敗れ始めたのも、この時期である。インターネットによって国際通信コストが劇的に下がり、水平分業が拡大した。たとえば半導体では、アメリカのメーカーは設計に特化したファブレスになり、製造はアジアのTSMCなどのファウンドリに委託した。

 ところが日本の半導体メーカーは垂直統合にこだわり、設計から製造まで手がけたため、TSMCやサムスンなどにスケールで負け、淘汰されてしまった。アップルが製造部門を手放して設計・企画に特化したときも、ソニーはそれができなかった。その原因はソニーの出井伸之元社長が語ったように、工場の雇用を守らないといけないからだ。

AI導入しても日本企業は
生産性が上がらない

 同じ失敗は、AIでも繰り返されている。アメリカではAIに代替されるホワイトカラーの人員整理が進んでいる。アマゾンは3万人、マイクロソフトは1.5万人、オラクルは1万人など、AI導入を理由にして大量の人員整理が行われているが、そういう話は日本では聞こえない。

 たとえば「AIオールイン」を掲げたDeNAの株価は、南場智子会長がCEOを辞任した2011年を下回ったままで、このほど彼女はCEOに復帰した。DeNAの場合はコーディングやリーガルチェックなどは9割ぐらいAIがやるというが、その作業をしていた従業員を、ほかの職場に配置転換しただけだ。事業の多角化で収益力が落ちていると批判されているDeNAで、余剰人員を人事異動しても経営効率は上がらない。

 日本企業ではAIの利用が「個人や部署での試験利用」にとどまり、「部署の業務プロセスに組み込まれている」割合が低い。日本企業のAI導入が失敗しやすい最大の理由は、AIを「業務改革の道具」ではなく、「今ある仕事を少し楽にする道具」として扱っていることだ。これではAIは追加コストになってしまう。

 もう1つの問題は、日本企業がAIを使って業務そのものを廃止するのではなく、既存業務を効率化するだけにとどめていることだ。AIによって30分の作業が5分になったとしても、その社員の仕事量が減るわけではない。空いた時間には、別の会議、別の資料作成、別の報告業務が入る。人員配置も変わらず、評価制度も変わらず、業務の廃止もされない。これでは、生産性向上は統計にも決算にも表れない。

 たとえば富士通のAI人事異動アプリで、異動の手間が98%削減されたというが、その顧客の企業が人事部員を減らしたわけではない。日本企業では無駄な仕事を残したままAIを入れるので、無駄が高速化するだけになる。誰も読まない会議資料をAIで早くつくる。形式的な社内報告をAIで整える。上司向けの説明資料をAIで美しくする。これは効率化ではあるが、生産性向上ではない。価値を生まない仕事をいくら速くしても、企業の競争力は高まらない。

業務効率化ではなく
必要なのは「業務廃止」

 日本企業に必要なのは、AI導入による業務効率化ではなく、業務廃止である。たとえば、社内会議の議事録をAIでつくるだけでは不十分だ。そもそもその会議は必要なのかを問うべきである。顧客対応をAIチャットボットに任せるだけでは不十分だ。なぜ顧客が何度も問い合わせをしなければならないのか、サービス設計を見直すべきである。

 さらに問題なのは、AIで業務量を減らしても、その効果を「人件費削減」に転換しにくいことだ。日本では正社員を「AIで仕事が減ったから」という理由だけで解雇できない。整理解雇については「人員削減の必要性」「解雇回避努力」「人選の合理性」「手続きの妥当性」などの要件が必要だ。

 アメリカ企業なら、AI導入でカスタマーサポートやバックオフィスの人員を削減し、その分を利益率改善として投資家に示す、という経路があり得る。しかし日本企業では、AIによって3人分の仕事が1人でできるようになっても、残り2人を解雇できない。そのため日本企業のAI導入は、次のようなかたちになりやすい。

  • 退職者の不補充
  • 新卒・中途採用の抑制
  • 配置転換
  • 残業時間の削減
  • 外注費の削減
  • 将来の人手不足への対応

 その結果、経営者から見ると「AIを入れたのに利益が増えない」となり、現場から見ると「AIで仕事が増えた」となる。財務諸表から見ると「投資コストだけが先に出て、固定費は残る」となる。ここに日本型AI導入のジレンマがある。

 「人手不足がAIで埋まる」という期待もあるが、日本の有効求人倍率は全体としては1.2程度であり、労働力不足は全職種に一様に広がっているわけではない。人手不足といわれるのは建設・輸送・介護などの肉体労働で、AIで代替できる事務職の求人倍率は0.4倍前後である。つまりAIを導入しても、肉体労働の人手不足は解消しないのだ。

【図1】AI導入が利益に結びつかない構造/【図2】『AI氷河期』の構造

新卒採用を絞る「AI氷河期」が来る

 AIが雇用を奪うという議論は、これまで主に「人間がAIに置き換えられる」というかたちで語られてきたが、日本企業で起こるのは、米国型の大量解雇ではないだろう。より現実的なのは、既存の正社員を守る一方で、新卒採用を絞る雇用調整である。

 1990年代後半から2000年代前半の日本企業は、バブル崩壊後の過剰雇用を守るため、新卒採用を大幅に絞る「就職氷河期」を生んだ。今回も構図は同じである。違うのは、原因が不況ではなく、AIによるホワイトカラー業務の省力化である点だ。これが新しい就職氷河期、すなわちAI氷河期である。

 AIが最初に代替するのは、経営判断や高度な営業交渉ではない。議事録作成、資料の下書き、データ整理、調査、翻訳、要約、社内問い合わせ対応、簡単なコード作成などである。これらは、これまで新人や若手が「仕事を覚えるため」に担当してきた入口業務だった。その入口業務こそ、生成AIが最も得意とする領域である。

 これまで企業は、新人に雑用や補助業務を任せながら、少しずつ仕事を覚えさせてきた。会議資料をつくる。議事録をまとめる。先輩の営業資料を修正する。顧客対応の履歴を整理する。こうした地味な仕事を通じて、若手は業界知識、社内の意思決定、顧客との距離感を学んできた。

 だが、その仕事がAIに置き換わると、新人を採る理由が弱くなる。AIを使えば、既存社員だけで以前より多くの業務を処理できる。すると企業は、「今年は新人をそれほど採らなくても回る」と考えるようになる。このとき企業は、表向きには「AI活用による業務効率化」と説明するだろう。だが実態は、既存社員の雇用を守るために、若者の入口を狭める雇用調整である。

 日本企業は、AIによって正社員を大量解雇することはないだろう。だが、それは雇用が守られるという意味ではない。守られるのは、すでに社内にいる正社員である。その代償として、これから会社に入ろうとする若者の機会が減る。AIは日本企業にとって、人を切る道具ではなく、人を採らない道具になるだろう。

「解雇ルール」を決めないと
日本企業はAIで没落する

 実は日本で解雇が禁止されているわけではない。日本でもマイクロソフトやX(旧ツイッター)などの外資系企業は正社員を解雇している。訴訟を起こさないという誓約書を取り、退職金を加算する金銭解決が普通である。

 民法では「雇用期間が定められていない場合は、各当事者はいつでも解約の申入れをすることができる」と定め、申入れから2週間経つと契約は終了する。これが契約自由の原則だが、日本企業では(厚労省の行政指導で)裁判所が不当解雇だと認めないと金銭で解決できない。

 「解雇規制を緩和しろ」という議論がよくあるが、実は日本の実定法には、解雇規制はほとんどない。ヨーロッパではどういう場合に解雇できるかという条件や退職金の額などを具体的に書くのが普通だが、日本の解雇規制は労働契約法16条の「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする」という規定しかないのだ。

 これは最高裁判決を立法化したものだが、「客観的に合理的な理由」の定義はどこにも書いていない。具体的な解雇ルールがないため、企業はどういう条件で解雇していいかわからない。これについては2003年から労働政策審議会で労働基準法の改正が議論されているが、金銭解雇については連合が強硬に反対して労使が合意できない。

 他方、中小企業では「解雇自由」で、退職金を支払わずに解雇することが多く、従業員は裁判を起こす金もないので泣き寝入りだ。中小企業の団体である日本商工会議所も、金銭解雇の法制化に反対している。

 現実には裁判の和解で4~7カ月分の和解金が支払われることが多く、金銭解決の相場ができている。これを立法化して金銭解雇ルールを決め、基準となる退職金の加算額を法律に明記すればよい。それなしでAIを導入すると、今度は大卒ホワイトカラーの採用が大きく減り、日本の人材育成に深刻な影響が出るだろう。


<PROFILE>
池田信夫
(いけだ・のぶお)
1953年生まれ。東京大学経済学部卒業。NHK職員として報道番組の制作を経て、国際大学GLOCOM教授、(独)経済産業研究所上席研究員などを経て、(株)アゴラ研究所代表取締役所長。

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