【特集】福間病院──精神科医療の先駆けだった病院に何が起きているのか(7)終章

病院の再建と持続にとって最善策は何か

 これまで6回にわたり、福間病院の現状を追ってきた。同病院は約500名の職員を抱える大規模な医療機関であり、職員それぞれの立場によって、取り上げてきたもの以外にも多様な意見や見方があるだろう。そのため、主観的な証言をできる限り排し、客観的な視点を保つことに努めてきたつもりだ。本稿では、総まとめとして福間病院が直面している課題を整理し、その再建と持続のために何が最善策であるのかを考察してみたい。

理不尽な収益要求、現場の不満が募る背景とは

 福間病院と同業の経営者に取材すると、精神科医療においても以前に比べて収益の確保が難しくなっているという。医療法人の間でも優勝劣敗が鮮明化しており、一般企業と同様に、安定的な収益を維持できなければ存続が困難になる状況は(1)で指摘した通りである。経営側が現場に対して採算の改善や収益の確保を求めるのは当然であるが、そこには職員たちの納得感が不可欠だ。その納得感は、透明性や公平性に根差すものだろう。

 福間病院の場合、とくに緑風会への賃料問題がある。現場が必死になって収益改善に努めても、結局は緑風会に対する賃料次第で利益が決まるとすれば、職員のモチベーション維持は極めて難しい。賃料をカバーしてさらに利益を生み出すことが理想的ではあるが、現在の福間病院にとって、それは現実的に困難だ。サンシヤインや緑風会への支払い額が妥当かどうかも曖昧なまま、「経営が厳しいから利益を上げろ」と現場に要求するのは、あまりに理不尽ではないか。さらに(3)で述べたように、現場が苦心惨憺(さんたん)して稼ぎ出した収益が、不適切ともいえるかたちで使われていれば、不満が鬱積するのも当然のことである。経営環境が厳しさを増すなかで、旧態依然としたオーナー家の存在こそが、福間病院が抱える最大の経営課題といえるだろう。

構造的問題、なぜチェック機能が働かないのか

 福間病院は「医療法人財団」という、数が少なく珍しい法人形態である。一般的な医療法人社団の場合は、株式会社の株主に近い「社員」という存在があり、経営権の所在が比較的わかりやすい。これに対して医療法人財団は、経営権が非常に曖昧である。法人の運営を企業に例えるなら、理事会が取締役会、評議員会が株主総会に相当し、評議員会が理事会を監督する立場にある。しかし、実際には評議員が理事会の推薦によって決定されるため、十分な監視・抑制機能が働かない仕組みになってしまっている。理事会と評議員会が共依存的な関係に陥り、結果としてオーナーの支配を強化する道具となりかねないのである。

 監視機能が不十分だからこそ、(3)で述べたような経費の乱用や公私混同ともいえる資金の使い方が横行してしまうのではないか。その結果、現場を理解しないオーナーが独断的な意思決定を繰り返し、その尻拭いを現場の職員が強いられるという構図が生まれる。(6)で指摘したように、小規模な個人商店ならばまだしも、500名近い職員を擁する大組織でこのような運営がうまく機能するはずもなく、時代錯誤も甚だしい。「オーナー家という存在はやむを得ないにしても、せめて余計なことはしないでほしい」というのが、現場の率直な思いではないだろうか。

老朽化する施設、現場の苦悩と経営側の無理解

 医療サービスを提供するうえで、施設設備の充実は極めて重要である。現在では高所得者向けを含めさまざまな病院の形態が存在するが、いずれにしても価格に見合った医療サービスを提供できなければ、患者離れが起こり、それは病院の収益減少につながる。

 福間病院の場合、広大な敷地や由緒ある建物など、施設面で評価される点は多い。(1)で述べたように、保健衛生分野で卓越した実績を挙げたことで第一生命の保健文化賞を受賞し、また緑豊かな環境整備が高く評価されて国土交通大臣賞「緑の都市賞」を受賞したことなどがその証左である。だからこそ、(4)で触れた「B棟問題」のような事態は非常に残念である。

 設備の老朽化は避けられないし、建て替えには多額の費用がかかるため容易に進まない事情も理解できる。しかし、経営側が現場の苦労を顧みず、予算面の問題のみを理由に十分なメンテナンスを怠ってきた側面があるのではないか。シリーズの冒頭でも述べた通り、「患者や職員が蔑ろにされている」という現場の声が、本取材のきっかけとなったが、この「B棟問題」にこそ、その問題点が色濃く現れているように思われる。

「個人商店」からの脱却、組織化が求められる

 今回の取材では、複数の職員から「職場環境に比べて待遇が低い」「評価基準が曖昧である」「長年勤めた職員への敬意が不十分だ」との声が寄せられた。職員の間では、「いくら頑張っても正当に評価されない」「経営側の不条理な意思決定に振り回される」といった不満が募っている。これが結果的に人材流出を招き、職場環境のさらなる悪化という悪循環を引き起こしている。また、長年にわたって病院を支えてきた職員への敬意も十分ではないようだ。賛否はともかく「働き方改革」が推進される現代社会において、このような旧態依然とした経営スタイルは、もはや受け入れられるものではない。こうした不満の高まりが、労働組合結成の動きにつながったのだろう。

 (6)では職員自身が自嘲気味に「個人商店」という表現を使ったが、これは中小企業のワンマン経営によく見られる典型的な状況である。このような組織運営の難しさは、職員に意思決定へ従うための納得感や理由付けが乏しいことにある。病院を築き上げた創設者が下した意思決定、現場をよく理解する後継者が下した意思決定、現場を知らない後継者が下した意思決定――仮に同じ内容であったとしても、現場の受け取り方はまったく異なるはずだ。この課題を乗り越えるには、組織としての意思決定や運営体制を整備し、「個人商店」的な経営から脱却することが不可欠となる。現場で働く職員はこの問題に気づき、さまざまな改善策を講じるが、一方で経営陣がその重要性を認識していないケースも少なくない。福間病院もまた、こうした状況に該当するのではないだろうか。

職員が求める抜本改革、「オーナー交代」の声

 今回の取材では、さまざまな関係者に対し、「福間病院が現在の困難な状況を乗り越えるために何が必要だと思うか」と問いかけた。その結果、多くの関係者から「オーナーの交代」という回答を得た。福間病院は長い歴史をもち、医療法人としての潜在力も十分に備えている。しかし、それを十分に生かせていないという認識では、多くの人々が一致している。佐々木家には後継者問題もあり、同家が将来にわたって病院経営を継続することは現実的に難しい。そうであれば、完全に経営が行き詰まる前に、適切な経営能力をもった主体へと運営を譲渡すべきだという考えは、極めて妥当である。職員たちは患者や組織、そして地域のために働いているのであり、佐々木家のために働いているわけでは決してない。現場で働く職員たちのこうした思いは、はたして届くのだろうか。

(了)

【特別取材班】

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