日本をAI先進国にするにはどうすれば良いか? “推論”と“アクション”へ進む最先端のAI開発状況

駒澤大学経済学部
准教授 井上智洋 氏

 OpenAIのChatGPTが引き金となり、2023年から第4次AIブームが加速した。なかでも「言語生成AI」は汎用性を飛躍的に高め、単なる応答ツールを超えて“思考する機械”へと進化している。米中の大企業だけでなく、新興勢力も台頭し、かつてないスピードで基盤モデルの開発競争が進んでいる。こうした潮流は、社会の仕組みそのものを変革しつつあり、今やAIは単なる生成から実行へと踏み出した。AIが科学の担い手となり、業務プロセスを自動化する未来を前に、日本はどう立ち向かうのか。AI最前線の現状と課題を読み解く。

基盤モデルの開発競争
世界と日本の差

駒澤大学経済学部 准教授 井上智洋 氏
駒澤大学経済学部
准教授 井上智洋 氏

    2023年に第4次AIブームを巻き起こしたOpenAI社のChatGPTのような「言語生成AI」は、近年格段に汎用性が高まっている。

 1つのAIモデルで、文章生成、翻訳、要約、プログラミング、数理的な推論、画像認識、音声対話といったさまざまなタスクを実施可能になっている。それゆえに、とくにこうしたAIモデルは「基盤モデル」(さまざまなタスクに応用できる大規模なAIモデル)とも呼ばれている。

 ほかに、アメリカの企業が提供する有力な言語生成AI(基盤モデル)として、Google Deep Mind社の「Gemini」(ジェミニ)やAnthropic社の「Claude」(クロード)、xAI社の「Grok」(グローク)、Meta社の「LLaMA」(ラマ)が挙げられるだろう。

 一時期、「玄人はClaudeを使う」などというダジャレが流行ったくらいに、Claudeの性能は頭1つ抜けていると考えられていた。だが、最近は新しいヴァージョンのモデルをリリースするスピードが上がっており、各社とも抜きつ抜かれつの競争を盛んに繰り広げていて、にわかに甲乙はつけがたい。

 アメリカ以外では、フランスのAIスタートアップMistral AI(ミストラルエーアイ)社の「Mistral」や中国のスタートアップDeep Seek AI社の「Deep Seek」が注目されている。

 とくに、25年1月にリリースされたDeep Seek R1というモデルは、低コストであるにも関わらず性能が高く、世界に衝撃をもたらした。その開発費は、GPT-4の推定開発費の5%の560万ドルほどといわれている。それでいて、数学やコード生成、論理的推論などのタスクにおいて、OpenAIのo1モデルと同等の性能を示しているのである。

 それゆえに、Deep Seekは、米中新冷戦を背景とした両国のAI開発競争における中国のプレゼンスを高めた。それとともに、資金力の乏しい日本にもチャンスがあるのではないかという期待感をもたらした。それでも、今のところ日本のAI企業や研究機関は、ますます加速する基盤モデルの進歩にキャッチアップできていない。

 日本のrinna(リンナ)社やLightblue社が、Deep Seek R1のようなオープンソースのモデルを「蒸留」(大規模なAIモデルを小さくて効率的なモデルに圧縮する技術)して、基盤モデルをつくり上げたという例はある。だが、激化する基盤モデルの開発競争において、日本企業はそれほど優れた成果を挙げられていないのが現状だ。

暗記から推論へ

 この1年の間に、AIは主に2つの方向に進歩している。1つは「暗記から推論へ」という方向であり、もう1つは「生成からアクションへ」という方向である。

 以前の言語生成AIは、こちらの質問に対して、ネットからかき集めてきたデータから抽出した最大公約数的な答えを述べているに過ぎなかった(といえば言いすぎかもしれないが)。いわば、暗記は得意だが思考力に乏しい人が、何も考えずにありふれた意見をオウム返しに答えているかのようだった。

 ところが、最近のAIは、「帰納的推論」「演繹的推論」「常識的推論」といったさまざまな推論が可能になった。演繹的推論には、「A→B、B→C、ゆえにA→C」というような三段論法がある。これは具体的には、「ソクラテスは人間である」「人間は死ぬ」「ゆえにソクラテスは死ぬ」というような思考の道筋である。

 もともとコンピューターは、演繹的推論を得意としており、1980年代にも「Prolog」(プロローグ)というプログラミング言語で、このような推論を実装することがAI研究者の間で流行していた。

 だが、現代におけるAIの推論はそれとはまったく異なっている。というのも、かつてのAIは人間が与えたルールに従っているだけだった。AIに推論させるには、「A→B」の「A」は「ソクラテス」で、「B」は「人間」でというように、人がせっせと型にはめ込んであげなければならなかったので、柔軟な思考はできなかったのである。

 今のAIはそうではなく、学習していく過程でさまざまな推論能力を獲得し、応答する際にそれらを適宜活用している。AIが人間とまったく同じ思考能力を獲得したというわけではないが、推論という能力を後天的に獲得していて、状況に応じて暗黙的に活用しているという意味では、AIは人間と同様である。

思考する機械への転換

 こうした推論能力の獲得は、AIを「応答する機械」から「思考する機械」へと変えていくので、その社会的・経済的インパクトは計り知れない。「人は考える葦である」というパスカルの言葉があるが、人の最も人らしい能力である思考力をAIもまた身につけることになるからだ。

 これまでもAIは科学的発見に役立てられてきたが、パターン認識や予測が中心だった。「AlphaFold」(アルファフォールド)というタンパク質の構造を解析するAIを開発したデミス・ハサビス氏などが2024年にノーベル化学賞を受賞している。

 ハサビス氏は化学者ではなくAI研究者なので、ノーベル化学賞に値する発見をしたのは人間というよりAIである(もちろんハサビス氏が偉大であることには変わりないが)。そんなノーベル賞級のAIであるAlphaFoldでさえも、可能なことは予測にとどまっていた。

 それに対して、推論能力をもつAIは、多段階の因果関係の連鎖を理解できるようになり、「仮説の提示」や「モデルの構築」さえも実施できるようにもなるだろう。それは、AIが科学者の役割全体を担うようになるということであり、「AI科学者」とか「Scientific AI」と呼ばれるAIが本格的に登場することを意味する。

 先進国の経済成長は主に、科学的発見を背景にした技術進歩によって決定づけられるので、Scientific AIの出現は爆発的な経済成長を可能にするかもしれない。

生成からアクションへ

 もう1つ、推論できるAIの応用として「AIエージェント」が挙げられる。AIエージェントは、人間に代わって自律的に作業をするようなAIである。

 今年25年は「AIエージェント」元年と呼ばれており、生成AIがブームになった23年以来の大きな転換点となると考えられている。OpenAI社の「Operator」(25年1月リリース)や中国のスタートアップMonica社の「Manus」(マヌス、25年3月リリース)のような本格的なAIエージェントが登場したからだ。

 これらは、パソコン上のさまざまな操作を人間に代わって担うようなAIである。目下のAI技術は、生成からアクションへと軸足を移しているのである。文章や画像をつくり出すだけでなく、さまざまな操作が可能になるというわけだ。

 たとえば、「○月○日に渋谷のフレンチレストランを予約して」などと依頼すれば、AIがブラウザなどを操作してその通りに実施してくれる。

 Manusに至っては、「〇〇のようなWebアプリケーションをつくって」というと、プログラミングして実際にアプリケーションをつくってくれるだけでなく、「デプロイ」(サーバーなどに配置して、利用可能な状態にすること)まで担ってくれる。人間の作業は、指示以外にほとんど必要ない。

 一方、OpenAI社からも25年5月に「Codex」(コーデックス)という「コーディングエージェント」(プログラミング専用のAIエージェント)がリリースされた。「簡単なゲームをつくって」などと指示すると、実際にゲームをプログラミングしてくれるだけでなく、ワンクリックでデプロイしてくれるので、すぐに公開して利用可能な状態になる。ただし、まだ複雑なプログラムはつくれないので注意が必要だ。

 それでも、いずれはプログラミング作業の大部分は、AIが担うようになるだろう。そのとき、人間の主な仕事はどのようなサービスをつくりたいかというアイデアを要件としてAIに伝えることである。

AIエージェントの登場で
変わる“人”の役割

 従って、アイデアを生み出す「発想力」とそれをAIに伝える「伝達力」が重要となる。すなわち、スキルや知識ではなく「ディレクション力」に優れた人が活躍できるような世の中になるというわけだ。そして、そういう人材を育てることが、学校や企業で求められるようになる。

 いずれ、プログラミングだけではなく、ホワイトカラーの作業の多くが、AIエージェントに委ねられるようになるだろう。営業、広報、法務、経理がAIエージェントによって自動化されるからだ。

 今でも、生成AIは、広告コピーやメールの文案、デザイン案、プログラム、発表資料の作成、あるいはリサーチ、カスタマーサポートなどに役立てられている。だが、いずれも社員をアシストする便利なツールの域にとどまっている。

 それに対して、AIエージェントが引き起こすのは、業務プロセスの抜本的な変革である。「AIファーストカンパニー」は、AIが業務プロセスの中核にあるような企業を意味しているが、そのような企業への変革が起こるというわけだ。

 自動化された工場というものを思い浮かべて欲しい。たとえば、アイリスオーヤマのつくば工場では、LED照明が製造されており、各ラインには1人の従業員が配置されているだけで、製造プロセスの多くは自動化されている。

 それと同じように、「自動化されたオフィス」というものが実現するはずだ。そこでは、営業、広報、法務、経理といった各々の部門に1人ないし数人の管理要員がいるものの、プロセスの多くは自動化されている。そうすると、今よりもはるかに少ない人数で多くの仕事をこなせるようになる。つまり、生産性が格段に高まり、そのことでも爆発的な経済成長が可能となるというわけだ。

 人間のホワイトカラーの社員が担う仕事のほとんどは、AIエージェントに対するディレクションやマネージメントだけになるだろう。しかし、そのような業務プロセスを実現するには、組織を一からつくり直すくらいの破壊的な変革が必要だ。

 もたもたしている企業は、変革を成し遂げて圧倒的に生産性を高めた他の企業によって駆逐される可能性がある。日本は、生成AIの導入率でも主要国で最も低い部類なので、これから意識的に変革のスピードを上げていかなければならないだろう。

日本をAI先進国にするには?
デフレマインドの脱却が必要

 日本のAIが、研究や開発、導入といったあらゆる面で立ち遅れているのは、1つには今なお「デフレマインド」が残存しているからだ。デフレマインドというのは、経済がデフレ不況にあるために、企業経営者などが「リスクを取ろうとしない姿勢」に陥っていることをあらわす。

 投資を行うには「この技術はモノになるかどうかわからないが賭けてみよう」というような「アニマル・スピリッツ」(野性的な精神)が必要だが、そういう思い切りの良さがなくなってしまったのである。

 現在の日本経済は、デフレ不況からは脱却しているものの、景気が良いとまではいえない状態にある。減税や社会保険料の減免、現金給付などにより、もっと景気を活性化していかないと、日本社会にベッタリとこびりついたデフレマインドの完全な払拭には至らないだろう。これらは政府の仕事だが、経営者や労働者にもできることはもちろんある。

 それは、自らのデフレマインドを自覚することだ。「アニマル・スピリッツを取り戻せ」と私がいくら叫んでも、精神論で終わってしまうかもしれない。しかし、自分たちがデフレマインドに浸っていたということを自覚すれば、そこから脱却できる可能性はある。

 「日本を、アメリカを超えた世界トップのAI先進国にしよう」と言われても、多くの人々は「そんなの無理」とあきらめの言葉を口にしてしまうだろう。だが、1980年代の日本人なら「やってやろう」と意気込んだはずだ。

 なぜ、今では無理と思ってしまうのかというと、それこそがデフレマインドがいまだに残っているからだ。これは、社会に蔓延する「空気」のようなもので、そのことを意識すれば、空気の支配から逃れられる可能性がある。

注目の起業家たち
高度人材を招聘のチャンス

 幸いなことに、日本社会からデフレマインドは払拭されつつあるし、世界のトップを目指すような強いアニマル・スピリッツをもったAI起業家も出現してきている。

 たとえば、2021年に設立された日本のAIスタートアップであるTuring(チューリング)社は、「We Overtake Tesla」(我々はテスラを超える)を、ミッションとして掲げている。Turing社は、完全自動運転の自動車を開発している会社で、とくにその頭脳部分をAI技術の応用によって実現しようとしている。Tesla社を超えるということは、世界一になるということで、同社の意気込みの強さが感じられるだろう。

 Sakana AI(サカナエーアイ)社は、外務官僚だった伊藤錬氏と2人の外国人研究者によって23年に設立されている。東京を拠点にしているが、グローバルに人材を集めており、やはり世界トップクラスのAI研究開発企業を目指している。なかでも注目を浴びたのは同社開発の「AIサイエンティスト」である。これは、科学研究のプロセス全体を自動化するScientific AIの一種であり、世界的に見ても独創的かつ先端的な成果といえるだろう。

 現在、日本はいろいろな意味でチャンスが到来している。米中新冷戦を背景に、日本の地政学的重要性が増しており、日本に研究拠点を置く海外企業が増大している。トランプ政権下のアメリカで、研究機関の予算削減・人員解雇、大学への助成金削減が実施されており、研究者の海外流出が起きている。さらに、「Weeb」(ウィーブ)と呼ばれる日本文化好きの外国人が日本に住みたがっていて、AI研究者にはWeebが比較的多い。

 日本でも20代ではAIに精通した高度人材が増大している。そうした人材を思い切った高賃金で採用するとともに、海外から優れた人材を大胆に招聘することが、日本をAI先進国へと導くカギといえるだろう。


<PROFILE>
井上智洋
(いのうえ・ともひろ)
駒澤大学経済学部准教授、慶應義塾大学SFC研究所上席研究員。博士(経済学)。2011年に早稲田大学大学院経済学研究科で博士号を取得。早稲田大学政治経済学部助教などを経て、17年より同大学准教授。専門はマクロ経済学。著書に『人工知能と経済の未来』『メタバースと経済の未来』(文芸春秋)、『AI時代の新・ベーシックインカム論』(光文社)、『純粋機械化経済』(日本経済新聞社)、『AI失業』(SBクリエイティブ)などがある。

関連キーワード

関連記事