「読解力」はAI時代の知性の分岐点になる人間の知性の基礎となる真の読解力とは何か

(株)J-エデュケーション
代表取締役
速読講師 寺田正嗣 氏

 情報が爆発的に増え、AI(人工知能)が私たちの生活や仕事に深く浸透しつつある現代。誰もがAIを利用して簡単にテキストを生成したり、テキストを整理させたりできるようになる一方で、AIに委ねられない能力として残されるものがある、それが「読解力」だ。本インタビューでは、長年、速読・読書術の指導に携わり、日本人の読書の実態と向き合ってきた寺田正嗣氏に、AI時代の知性を左右する読解力と、その磨き方について話を聞いた。

本当に読めているか?

(株)J-エデュケーション 代表取締役 ​​​​​​​速読講師 寺田正嗣 氏
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速読講師 寺田正嗣 氏

    ──寺田さんは速読の指導をしていますが、単に速く読む技術ではなく、正確な読解力を重視されていると聞きました。

 寺田正嗣氏(以下、寺田) 私が読書の指導において最も重視するのは、正しく文章の構造をつかんで正確に読み解く力です。速読は技術として習得可能ですし、速読をいかして大量の情報を手に入れることもたしかに重要ですが、確かな読解力があって始め本当に価値のある読書になると考えています。

 ──読解力の指導に携わるようになったきっかけを教えてください。

 寺田 私が高校生だった1980年代当時は第1次速読ブームといわれる時代で、メディアでも速読が盛んに取り上げられていました。私も取り組んでみましたが、すぐに速読ができるようになったわけではなく、大学卒業後、教師になるための浪人期間中に速読のトレーニングを続けていたところ、できるようになりました。

 その後、高校の社会科の教師になり小論文指導を任せられるようになりました。私は、ディベート大会を開いて生徒たちが自ら考え表現する力を育むことなどを重視した指導をしていました。しかし、進学校である以上、生徒にテストの点数も取らせねばならず、そのために効率的な読書と学習方法の研究を始めたことが私の活動の原点になっています。それから2000年代に第2次速読ブームが起こり、一念発起して教師を辞め、速読の指導者として起業しました。

 起業当初は、「速読でたくさん本を読む」というシンプルな価値を前面に出していましたが、あるとき、とある国語の先生から「速読している人たちは本当に本が読めているのか」という問いを投げかけられました。そこで実験を行ったのですが、約20人の被験者に短い文章を読ませ、現在の共通テストのような5択問題を解かせたところ、なんとみんな100点満点のうち50点も取れていなかったのです。

 その時気づいたことは、すでに正確な読解力が備わっている人は速読でも正確に読めるが、そもそも正確に文章を読む読解力が身についていない人は、速読で読めた気にはなっていても、自分が正確に読めていないということにも気づいていないということでした。

 それから正確な文章読解の教授法を試行錯誤して、大学の非常勤講師として読書法を学生たちに教え大学の先生方からも評価を得ましたが、さらにアカデミックな観点からたしかな教授法を確立するために学術的な研究の裏付けが必要だと感じて大学院に進学し7年間研究を行いました。

なんとなく読めることと正確に理解することの違い

イメージ    ──正確に文章を読む読解力が身についていないとはどういうことですか。

 寺田 日本語には助詞「て・に・を・は」がありますが、それをつかんで読めば文章がなんとなく「読めている」と感じます。しかしそれは必ずしも文章の意味を正確に理解しているわけではありません。ところが日本の国語教育では、文章を正確に読解する指導はほとんど行われず、文章が「読めている」前提で授業が進むのです。

 機能的識字率という指標があり、本当に文章を理解しているのかを問うものです。たとえば、算数の文章問題で、何を問われているのか、どの数字がどう関係しているのかがわかるレベルに至っているかどうかなどが、機能的識字の指標となります。前述の読書テストで多くの人が50点しか取れなかったのは、まさにこの機能的識字が低いことの現れでした。

 たとえば、「私が昨日買ってきた胡椒をお父さんは料理のときに使った」という文章を小学生に提示すると、何が主語かわからない子どもが7割程度います。なぜこのようになってしまうかというと、言葉が感覚的に受け止められ、分析的に捉えられないためです。日本の国語教育は、登場人物がどういう気持ちだったかといった心理の読み解きを中心に行われてきました。

 ところが、その指導は文章構造から客観的に心理を読み解く指導ではなく、もし自分が登場人物ならどう思うかなどというもので、それはあくまでも読み手の想像力や価値判断を問うものであり、文章の分析に基づく客観的な読解力の指導ではないのです。このような日本の国語教育は、たとえば欧米の学者に言わせれば、道徳の授業と見なされるものであり、読解力の向上にはつながりません。

 本来あるべき読書力の指導とは簡単にいうと、丁寧な読み方として、「ここはなぜこのようなことを言っているのだろう?」「この段落とこの段落はどうつながっているのだろう?」という分析的な読み方を身につけさせることです。

 このような読解力を高めるための指導方法は、教育心理学で多く研究されており、欧米では普通に行われています。私の読書法指導でも教育工学と教育心理学の両面からのアプローチを取り入れています。しかし、日本の国語教育の現場では、「論理」が軽視されてきました。実は私が教師時代に社会科教師でありながら小論文の指導を任せられた事情もそこにありました。日本の教育現場は、論理的な読解力指導への拒否感が強く、また欧米で実践されている最先端の学習科学は、日本では一部の教師を除いてほとんど関心をもたれていないのが現状です。

重要なのは読書柔軟性とリーディングアルゴリズム

 ──具体的に指導している読書法はどのようなものですか。

 寺田 私が提唱する『フォーカス・リーディング』は一応「速読」と銘打っているものの、最も重点を置いて指導するのは「リーディングフレキシビリティ(読書柔軟性)」です。これは1960年代から研究されてきた概念で、読み手が本の難易度や目的、文脈に応じて、読み方や読むスピードを柔軟にコントロールする能力です。読書が得意な人は、楽に読める本はざっと読み、難しい本はゆっくりと丁寧に読むということを無意識に行っていますが、読書が苦手な人はこの柔軟性が低いのです。

 私の指導では具体的には、軽い読み方(理解度30〜40%でだいたいの流れをつかむ)と、丁寧な読み方(理解度90〜100%を目指す)を、読者がコントロールできるようになることを目標とします。また、読むにあたってフォーカス(焦点)を明確にすることも重視します。フォーカスは、自分の問題意識、前提知識、何を手に入れるために読むのか、といった要素によって決まります。フォーカスを決め、戦略的読書アルゴリズムに従って読んでいきます。

 たとえば、自己啓発書のような比較的平易な文章なら1回で読むだけでよいかもしれませんが、内容が難しくなれば3階層、さらには資格試験のテキストや教養書といったまったく未知の知識を学ぶ場合は、5階層で読んでいく方法を指導します。基礎的な技術が身についていない場合でも、本を着実に読むための段階を細分化することによって、段階的に学び直し、正確かつ丁寧に読み解くための体系化された読書法を身につけることができます。

【表】リーディングアルゴリズム

AI時代の知性の分かれ目 自ら文脈を読解する力の有無

 ──AIの登場によって、文章を読むことが大きく変わりつつあります。

 寺田 これまで判断力や思考力、文脈形成力を鍛えるために「本を読む」ことはとても重要なことと見なされてきました。さらにAIの登場によって、必要な情報を選択あるいは網羅的に提示してくれるようになり、情報収集が飛躍的に容易になりました。元東京大学総長・小宮山宏氏が提唱した「知識の構造化」という概念も、AIをアシスタントにすることで誰もが容易に実現できるようになりました。

 しかし、その一方で、20年前にインターネットが爆発的に普及し情報が氾濫するようになってから、人々の情報への触れ方が、「文脈はいいから、端的に情報だけを知りたい」という傾向が非常に強くなりました。また情報の出力においても、コンテクスト(文脈)を無視して気に入った言葉だけを切り抜いてSNSで拡散させたり、ブログに書いたりする傾向が強くなりました。コンテクストが崩壊し、感情に訴える印象的な情報ばかりが流通しています。そのような状況で登場したAIは、コンテクストから自動的に一部の言葉だけを取り出して端的な解釈までそえて提供してくれるため、人間は受動的にそれを利用する傾向をますます強めます。

 ここに知性の分かれ道があります。すなわち、AIによってコンテクストが省略された言葉を受動的に受け取るだけの立場になるのか、あるいはコンテクストを自ら読解して、知性を駆使した仕事ができるようになるかということです。読解力を身につけずAIに任せる場合、その人はAIを便利に使っているつもりでしょうが、実際にはAIの下請のような仕事しかできなくなり、いずれAIに淘汰される未来が来るでしょう。

 会計士やライターといったホワイトカラーの仕事がAIに置き換えられていくなかで、最終的に残るのは、現場をコンテクストに沿って観察・分析し、そこで得たものから自分なりに仮説を立てて思索し、新しいコンテクストとして言葉で出力できる人であり、そのような人だけが知的労働者として信頼されることになるでしょう。

 この状況は、1980年代に評論家・堺屋太一氏が著書『知価革命』で「高技術中世」という言葉で、将来、世界が中世の価値観に近くなると予言した、その一端であると思います。情報が溢れていると人々は、情報のうわべだけで判断し、文脈や本質を見なくなります。中世ヨーロッパで非科学的なものが信じられたのと同じ現象がAI時代に起きます。AIが出力する文章の内容を検証する気も起きず、盲信するだけの人が増えるということです。

 さらにAIはコンテクストを理解する読解力のない人たちの、「もっとシンプルに箇条書きにして」「一言で言って」という要求に簡単に応えてくれます。このような時代に、AI任せにしない読解力を身に着けるかどうかが、それぞれの人の知性の分かれ目になると思います。

リスキリングの基礎となる社会人としての読書力養成

 ──その他にどのような点で、企業経営者やビジネスマンに、読解力を身につけることの重要さをすすめられますか。

 寺田 今、リカレント教育やリスキリングの必要が叫ばれていますが、読解力はそれらの基礎にあるもので、読解力なくしては何ら新しいスキルは身につきません。また、リスキリングでなくとも、日常的にデジタルで流れてくる情報を、自分で判断し、分析し、洞察力をもって語るためには読解力が何より必要です。私の講座を利用している企業のなかには、業務基礎力の向上のために、社員教育の一環として導入しているところもあります。

 私の読書指導は、まず丁寧に読む力を育みますが、同時に、速読技術を駆使して1冊1冊を効率的に読み、量をこなせるようになることを目指します。本を読むのが苦手な人は、「何時間かかるのだろう」と読書に尻込みしますが、すき間時間で十分に読みこなせる読書力が手に入れば、気軽に本を手に取るようになります。

 読書によって培われる読解力は分析や出力の基礎となりますが、読書を通して得られる知識は、さまざまなことに挑戦したり能力を鍛えるためのかけがえのない武器になります。AIの登場によってこれまでにないレベルで高い人間力がますます必要とされる時代になりつつあります。その時代を見据えて、読書の有用性と、知性の分岐点としての読解力の重要さに、今一度目を向けて欲しいと思います。

【寺村朋輝】


<PROFILE>
寺田正嗣
(てらだ・まさつぐ)
(株)J-エデュケーション代表取締役、速読講師、速読メソッド『フォーカス・リーディング』開発者。1970年、福岡生まれ。名古屋大学卒。元福岡県立高校教師。2001年に公務員を辞めて起業。学習のための速読メソッドの開発と普及にあたる。17年より九州大学大学院に進学し、24年秋に博士課程単位取得退学。専門は読書教育と学習ストラテジー。日本読書学会員。著書に10万部のベストセラー『フォーカス・リーディング』(PHP研究所)のほか『子どもの速読トレーニング』(PHP研究所)、『決定版! 超カンタン速読入門』(共著、金の星社)、『英会話音読練習帳』(共著、永岡書店)。過去にはペンネーム「寺田昌嗣」としても活動。

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