国際未来科学研究所
代表 浜田和幸
首相談話見送りと石破政権の限界
なお、石破首相の戦後80年の「首相談話」は8月15日の終戦の日には発出しないで終わりました。これまで、戦後50年の村山談話、60年の小泉談話、70年の安倍談話と続いてきた首相の談話ははたして発出されるのかどうか関心が集まっていましたが、結局のところ、独自の談話の発表は先送りになったわけです。石破首相は本年1月の衆議院予算委員会でも「なぜあの戦争を始めたのか。なぜ避けることができなかったのか。検証するには80年の今年が極めて重要だ」と談話にこだわりを見せていたのですが、自民党内の保守派からの反発を受け、談話の発出には至らなかったといえます。
なぜなら、自民党内からは「70年の安倍談話で謝罪外交には終止符を打った。逆戻りは必要ない」といった強硬な意見が強く、石破首相は前言を翻さざるを得ない状況に追い込まれていたからです。閣議決定も必要としない談話の発出すら、党内の反発を恐れて、押し返す胆力のない石破首相です。日本が降伏文書に調印した9月2日に、何らかの見解を示す可能性も残されていますが、党内から完全包囲網を敷かれてしまったわけで、その政治生命はカウントダウンに入ったも同然といえます。
近年、中国とロシアは日本海において、軍事演習を継続的に展開しています。そのため、日本では垂氏をはじめ、台湾支持を掲げる評論家らが中国への警戒論や批判的な言説を加速させているわけです。先の参議院選挙で議席を大幅に伸ばした参政党は選挙期間中から「台湾有事は日本有事につながる」と主張し、同時に、中国人による土地買収やインフラ投資に危機感を露にしていました。しかし、中国の行動を規制するような知恵や政策は聞かれません。
メディアでは、産経新聞でワシントンやシンガポールの支局長を歴任した湯浅博氏が「中国は9月3日の軍事パレードにプーチン大統領やトランプ大統領を招待し、派手な政治イベントを演出しようとしている。5月のモスクワでの対独戦勝利記念もそうだったが、ともに歴史カードを利用して現代を仕切ろうとする企みだ。表向きは追悼と和解のポーズだが、実際は日米欧に対する敵視と分断が狙いだろう」と論評。
同じく産経新聞で北京特派員を務めた矢板明夫氏曰く「習近平主席は9月3日の軍事パレードを通じて、軍の士気を高め、自らの求心力を高めようとしている。莫大な予算と長時間の訓練が必要とされ、現場からは不満の声も聞かれる。習氏が演説で台湾問題にどのように言及するかも重要だ」。これらは保守系のメディアの代表的な見方に他なりません。
日本政府の静観姿勢と米中接近リスク
一方、繰り返しますが、日本政府は基本的には静観の構えです。世論が中国をどう受け止めているのか、その正当性について客観的な説明を行う努力が欠如しています。石破政権は中国政府の動きを独自に把握、分析する努力を放棄しており、「対米関税交渉最優先」という言い訳に終始し、トランプ政権の意向を忖度するような言動を続けています。林芳正官房長官も9月3日の軍事パレードに関する質問には「関心をもって注視している」と答えるのが精一杯です。
9月3日、天安門の壇上で習近平国家主席、プーチン大統領、金正恩総書記に限らず、中国が働きかけを強めるグローバル・サウス諸国の代表が勢ぞろいします。噂されていたトランプ大統領が姿を見せることはなさそうですが、BRICSやグローバル・サウス諸国が「トランプ関税に」反発し、中国やロシアとの関係強化に舵を切っていることは要注意です。
そうした危機感もあり、トランプ大統領は水面下では習近平国家主席にもプーチン大統領や金正恩総書記にも「面談を希望する」とさざ波を送っています。そのため、国民民主党の玉木雄一郎代表は「かつてのニクソン・ショックのように、アメリカが日本を飛び越え中国に接近する“21世紀のニクソン・ショック”が起こる可能性が十分ある」と警鐘を鳴らしているほどです。
いわゆる「日本包囲作戦」は2014年、当時の米国駐日大使のキャロライン・ケネディ女史が安倍晋三総理の靖国神社参拝後に、「中国がロシア、韓国、ベトナム、ドイツなどに呼び掛け対日共闘網を形成しようとしている」と注意を喚起したため、日本では大きな話題となった経緯があります。中国の王毅外相らは「安倍首相は日本軍国主義の象徴だ」と批判し、そうした言動は「米国の立場とも合わない」と主張し、日米の離間を図ったものと受け止められました。
その後はしばらく沈静化していましたが、先の参議院選挙で日本維新の会から比例区で出馬し、初当選した石平氏(中国四川省出身で07年、日本に帰化)が中国の対外政策を批判するなかで、「中国は日本を国際社会から孤立させようと狙っている」といった主張を展開したため、改めて中国が主導するかたちで「日本包囲網」が画策されているのではないかといった疑心が政治家やメディアの間で生まれています。
台湾との連携強化と不動産規制論議
石平議員は日華議員懇談会(古屋圭司会長)に加入し、台湾との関係強化に注力することを明言。そうした動きは議席を伸ばした参政党や国民民主党にも投影されています。参政党は結党以来、「台湾有事、日本はどうする」といった問題提起を繰り返し、その観点から中国の対日工作についても「米国に頼ることなく、独自に台湾政策を固めるべき」と主張。
台湾との交流にも積極的で、神谷代表率いる同党初の海外視察団の訪問先は台湾でした。24年8月のことで、台北の蒋市長とも歓談し、地元メディアでは大きく報道されたものです。実は、国民民主党の玉木代表も25年2月に台湾を訪問し、頼清徳総統と懇談。万一の台湾有事に際して、日本への期待を直接受け止めたとのこと。
また、中国人を念頭に、安全保障の観点から外国人による不動産取得規制の必要性を訴えています。参政党の神谷代表は「中国人による自衛隊関連施設に近い土地取得が続いている」とも問題を提起。国民民主党の玉木代表も同調し、中国人が一部を取得した山口県の笠佐島に言及。来る秋の臨時国会において外国人や外国企業による不動産購入やインフラ投資に対する規制を強化する法案の提出を検討中とのことです。
要は、いずれも中国が「日本包囲」どころか「日本占領」という隠された意図をもっていることへの注意喚起と対策強化という位置づけに走っているとしか思えません。しかし、相手とのコミュニケーション・チャンネルをもたないまま、「警戒論」や「脅威論」を振りかざすだけでは、疑心暗鬼が誤解を生むことにもなり、想定外の悲劇を繰り返すことにもなりかねません。日本にとって最大の通商貿易相手国である中国の真意を探る努力を怠ることは墓穴を掘ることになるため、何としても柔軟な姿勢でアメリカとも中国とも向き合うべきと思われます。
(了)
浜田和幸(はまだ・かずゆき)
国際未来科学研究所主宰。国際政治経済学者。東京外国語大学中国科卒。米ジョージ・ワシントン大学政治学博士。新日本製鐵、米戦略国際問題研究所、米議会調査局などを経て現職。2010年7月、参議院議員選挙・鳥取選挙区で初当選をはたした。11年6月自民党を離党、無所属で総務大臣政務官に就任し震災復興に尽力。外務大臣政務官、東日本大震災復興対策本部員も務めた。著作に『イーロン・マスク 次の標的』(祥伝社)、『封印されたノストラダムス』(ビジネス社)など。