リペア社会へのシナリオ(後編)~街を修理する準備はできているか~(1)

    日本の技術者は、“街のカタチ“をアップデートすることに目を向けなければならない。気候変動にともなう洪水、豪雨、海水面の上昇、道路の浸水、熱波、山火事に備え、建築家やエンジニア、都市計画家は、それに耐えられる建物、街、環境の設計、そして、そろそろ都市インフラの再構築をしなければならなくなっている。

日本の“もったいない”

 人類が進化するには、長い時間がかかる。最近の学説によれば、アフリカでホモ・サピエンスが誕生したのが15万年前―アフリカから出て世界に広がり始めたのが6万年前、ヨーロッパへたどり着いたのが4万2000年前、オーストラリアへは5万年前、シベリアへは4~5万年前、日本へは3万8000年前だそうだ。つまり、現在とまったく同じような肉体になったのは、せいぜい3万年から5万年前ぐらい。我々は、4万年ほど前の設計図でできた肉体で生きてきている。本来なら体を動かしてドングリを拾い集めたり、弓矢でシカを狩ったりしながら、ギリギリの栄養で生き延びるようにできている体なのに、現代人は歩くのさえ面倒がって自動車に乗り、食べたいだけ食べて肥満に悩んでいる。

 私たちの肉体は、その便利さに合うように設計されていない。我々の肉体の設計仕様に近い生活は、せいぜい昭和30年くらいまでの暮らしぶりだろう。それは環境のためでも、地球のためでも、CO2のためでもなく、自分のためだと思う。今のようにすべてを石油任せにし、ほとんど体を動かさず頭も使わず、夜更かしをして生き、何でも消費し尽くしていく状況は、破滅的といっていいほど不自然だと悟るべきだろう。

参考文献:『 リペア「使い捨て社会」から「修理・修復社会」へ 』
参考文献:『 リペア「使い捨て社会」から
「修理・修復社会」へ 』

    西洋文化の影響や高度経済成長により、日本は大量消費の時代へと変貌した。今日ではモノがあふれかえっている日本だが、もともと日本には「もったいない」精神が根付いていた。“MOTTAINAI”は今や世界共通語となっているが、この精神の起源は、江戸時代に遡る(環境省「平成20年版環境白書・循環型社会白書」より)。江戸の都市には1,000以上の組織がリサイクルを生業として働いていたという。

 たとえば古着、古傘、古紙などは再利用し、灰は肥料や染料として使われていく仕組みがあった。し尿や生ゴミは肥料として農村に送られ、そこで栽培された野菜が江戸で消費されるという資源循環。壊れたモノは修理し、着物も古着を買い、自分で補修して長く使うことが当たり前の「モノを大切にする習慣」。

 行商人が必要な分だけを量り売りで販売したり、食材を塩漬けにして保存したりすることで食品ロスを減らす工夫も。建物は木や紙などの自然素材でつくられ、不要になったら分解して再利用することができた(参考文献:『リペア「使い捨て社会」から「修理・修復社会」へ』)。

循環型社会・江戸

 江戸時代は、今のように簡単にモノが手に入る時代ではなかった。そのため、幕府が倹約令を頻発し、武士はモノを無駄に使わず慎ましく暮らす「質素倹約」に生活し、庶民もまたモノを長く使い続ける工夫をしていた。大森林国だった江戸時代の日本では、薪炭用には1年間の成長分よりはるかに少ない量を伐採するだけで済んだ。また燃やして発生するCO2は、成長する樹木自身が吸収するため、いわゆるカーボン・ニュートラルな資源だった。我々にとって最も身近でほぼ完全な循環型社会のモデルは、江戸時代の日本だった(参考文献:『江戸時代はエコ時代』)。

参考文献:『江戸時代はエコ時代』
参考文献:『江戸時代はエコ時代』

    人々の知恵と工夫によって限りある資源を有効活用し、環境への負荷を最小限に抑えた「エコな暮らし」。3,000万人もの人口を列島内の資源で賄っていた江戸時代の文化は、今後の地球人にとって大きな指針となるかもしれない(ちなみに江戸時代ほど徹底していなかったが、1人あたりのエネルギー消費が今の5~10分の1程度だった昭和30年代中頃までの日本社会でも、かなり持続可能な循環型に近かったといって差し支えないだろう)。

 石油が急になくなれば悲劇的な大混乱に陥るだろうが、実際は急になくなりはしない。ある程度の時間をかけて産油量が減り、じわじわと石油価格が高くなっていけば、我々は「真の必要度」が低い用途から削減しつつ、使えない状態にゆっくり慣れていかざるを得ない。ガソリンが高くて日曜日に家族ドライブに行けないなら、弁当をもって歩きに行けばいい。連休に海外へ行く代わりに、電車で温泉へ行くのがみじめな生活だというのなら、あまりにも贅沢すぎる。石油を今の10分の1しか使えなくなったとしても、日本人にとっては生活習慣病にかかる子どもなどいなかった、昭和30年頃のごく普通の生活に戻るだけか。…いやそうではない。ここ半世紀間に我々が身につけた高度な技術や医薬、電子装置などが消えてなくなることはないのだから、それでも人類の進歩は揺るぎない事実。

 自然科学的には、政治や経済はまったく表面的な現象に過ぎない。本来、我々の暮らしの土台にあるものは政治や経済ではなく、水や空気であり、それを支えている自然環境だ。日本は自国のために良いことを基本に、世界のためになること、地球のために麗しいことを率先して発信し、それをリブランディングの柱にしてみてはどうだろう。リペアを包括した思想で、世界に存在感を示す。日本にはそれを行うに値する、歴史と環境がそろっていそうだ。

レジリエンスを設計する

 大量生産は注文生産ではないから、大量に見込み生産をして、売れ残れば安売りをして売り切ってしまう。そのため、消費者は必ずしも必要でないものまで買い込むが、すぐに置き場に困って、結局は捨てることになる(もしくはブランド力維持のため安売りもできず、人知れず廃棄されていくという商流もあるだろう)。

 現在我々は、使い捨て社会からリペア社会への転換の初期段階にいる。「リペア社会」は、故障は長い製品寿命の一部と捉え、買い替えるのではなく修理する社会。計画的再利用や保存という手法を通じ、壊れたら(傷ついたら)再生できるように、修理が容易になるように設計する必要がある。リペア社会にとって、回復力(レジリエンス)が担保されることは重要だ。災害の被害予測の精度を高めて被害を最小限にとどめ、いち早く復旧に入れるような備えをするように、システムのなかに回復力を織り込んでおけば、長く繫栄する地域社会を築くことができる。

 たとえば「フェーズフリー」の考え方。「フェーズフリー」とは、ふだん身の周りにあるモノやサービスを、日常時(平常時)と非常時(災害時)のフェーズ(社会の状態)からフリーにして、生活の質(QOL)を向上させようとする防災に関わる新しい概念。いつも使っているモノやサービスを、もしものときにも役立つようにデザインしようという考え方だ。

 2011年の東日本大震災を機に、日本全国で防災意識は高まった。防災用品の売場は増え、災害対応に関する報道や書籍なども増加した。しかし、その重要性は理解しながらも、具体的な備えへの行動にはなかなか移せないのが、現状である。なぜなら、日々の生活に追われ、「何をどのくらい備えればよいのかわからない」「非常時にしか役立たない防災用品にコストをかけられない」と、防災は取り組みづらいこととなっているからだ。そして、備えができていないままに、再び被害が繰り返されていく。私たちの社会が抱え続ける「防災に取り組めない」という課題が、解決に至らない要因である。そして、その問題を解決するための新しい考え方として「フェーズフリー」は生まれている(フェーズフリー認証HPより引用)。

 フェーズフリーな商品・サービスは、日常時においては便利で役に立ち、非常時においては非常時ならではの新たな価値を発揮する。それによって、普段の生活で使用している商品やサービスを変えることなく活用することができ、QOLを確保し続けることができるのだ。このフェーズフリーも、広義で「リペア社会」のなかに組み込んでおきたい概念といえる。

フェーズフリーデザイン事例

[01]

「パワータンク」  公式HPより引用
「パワータンク」  公式HPより引用

 三菱鉛筆が製造する加圧式ボールペン「パワータンク」。圧縮空気でインクを押し出す仕組みにより、重力の影響を受けない文具。壁掛けカレンダーや、入院中のベッドにおいての横向き・上向き方向への文字の筆記、工事現場での濡れた紙、冷蔵庫内などの低温環境下での筆記、屋外雨天でも濡れた紙への筆記が可能。災害時などにも、確実な記入が求められるシーンで価値を発揮する。

[02]

 一般的な紙コップの機能は飲料を飲むという用途に限られるが、目盛付きデザイン紙コップ「メジャーメント」は、「ml/cc」「合」「カップ」の目盛りをデザインに融合。災害時には、計量カップが手元にあるとは限らない状況下で機能を発揮。米の計量といった炊飯・調理、避難所などでの授乳時、粉ミルクの計量や服薬などにも役立つ計量の機能を実装した。

「メジャーメント」  公式HPより引用
「メジャーメント」  公式HPより引用

[03]

 2016年にリニューアルオープンした「南池袋公園」。公園運営には住宅、職場や学校に続く、居心地の良い第三の場所「サード・プレイス」の理念が組み込まれている。JR池袋駅から徒歩5分の位置にあり、有事の際、帰宅困難者の一時待避、物資の備蓄、災害対策本部と連携した情報伝達、災害トイレ、カフェレストランによる炊き出し機能があらかじめデザインされている。食を介して生産者と消費者をつなぐカフェレストランや、多目的イベント広場、テラス、外周の生け垣には真夏用にミストを設置し、夏の激しい日差しを遮る休息地を設けるなど、都市を安全で快適に楽しむ工夫が数多く散りばめられている。また、外周ミストや緑に囲まれたフラットな空間により、火災発生時の延焼防止機能もはたしている。

「南池袋公園」  公式HPより引用
「南池袋公園」  公式HPより引用

 大抵の物品は、定期的に手入れや清掃をすることで、良い状態を保ちながら機能をはたすことができる。それと同様に、親子や友人、職場での人間関係から地域社会に至るまで、破壊的な結末が起きた後で事後的な修復を行うよりも、先手を打つことでリスクと修理コストは減らせる。リペア文化が広がることで、モノを簡単に捨てるのではなく、長く使うことの大切さが再認識され、社会全体に良い影響を与える。同時に、リペアの概念をモノだけでなく個人や人間関係、地域、社会にも含有させていくことで、コミュニティ全体に持続可能な選択を促す力となり、有事の際はそれが我々の身を助けることになるだろう。

(つづく)


松岡 秀樹 氏<プロフィール>
松岡秀樹
(まつおか・ひでき)
インテリアデザイナー/ディレクター
1978年、山口県生まれ。大学の建築学科を卒業後、店舗設計・商品開発・ブランディングを通して商業デザインを学ぶ。大手内装設計施工会社で全国の商業施設の店舗デザインを手がけ、現在は住空間デザインを中心に福岡市で活動中。メインテーマは「教育」「デザイン」「ビジネス」。21年12月には丹青社が主催する「次世代アイデアコンテスト2021」で最優秀賞を受賞した。

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