日本の技術者は、“街のカタチ“をアップデートすることに目を向けなければならない。気候変動にともなう洪水、豪雨、海水面の上昇、道路の浸水、熱波、山火事に備え、建築家やエンジニア、都市計画家は、それに耐えられる建物、街、環境の設計、そして、そろそろ都市インフラの再構築をしなければならなくなっている。
危機とリペアの効能
リペアは、損傷を受けたり故障したりしたモノを元の状態に戻すことから始まり、そのモノの価値を維持したり増加させたりすることを目指す行為だ。それは建物、衣服といった多様な対象に適用され、たとえば家の外壁が傷んでいる場合、その部分を修復することで見た目の良さだけでなく、住環境の安全性も向上させることが可能だ。衣服はほつれや破れを直すことにより、その服を今後も長く着用できるようになる。近所の時計店で貴金属の修理を、また包丁を研いでもらう金物屋も。楽器を調整、メンテナンスしてもらう…。地域での補完し合う声かけ、個人として取り組めるリペア行為は多様に存在する。使い捨て製品を受け入れてきた結果、犠牲になったのは修理工だったが、地域では修理を通じて関係の連鎖も復活するだろう。

(株)エムビーエスHPより引用
公共的なリペアには、どのようなアプローチがあるだろうか。建築産業(広くは建設業界か)においては、たとえば近年課題となっていることに、経年劣化によるコンクリートの剥落問題がある。高度経済成長時代につくられた橋、高速道路、下水管、通行人や交通量のさほど多くない名もなきトンネルなどは、築50年以上を経過し、老朽化が問題視されている。それらの修理・修繕のための新たな工法を模索する企業「(株)エムビーエス」は、スケルトン工法を開発、運用している。補修箇所や既存部分を透明の強靭な膜で覆い、コンクリートなどの剥落を防ぐ。その際、患部を覆う塗膜を透明にすることで、補修跡や現況を覆い隠すのではなく、“見える化”させて経年状況を目視できるようにさせた。半透明にさせることで景観に馴染む意匠性も加え、技術の進化を図っている(内部にQRコードを挟んで、そのときの補修内容を視覚化させる。データ化させてその危険性・安全性共にアクセスできる工夫も)。
街もまた、多様なストーリーを紡いで熟成されていく。「リペア社会」では、“街を修理していく”という発想を身近に置いていかなければならない。循環型経済において、長く使うという行為は、消費という行為とは違った側面をもつ。それは経過していく時間を含め、託されていくストーリーを込めた次代の再生として、解釈されていくことだろう。
新築主義から修繕主義へ
マンションは、修理の概念に適応した構造になっている。構造躯体(スケルトン)は長期耐用性や資産価値、統一性のあるデザインに配慮した計画とし、住戸(インフィル)は住まい手の多様で個別特化したニーズを反映させることで、満足度を高める。通常、建物の寿命は100年ほど、設備の寿命は30年と言われている。一般的な住宅では、構造躯体が劣化していなくても設備の劣化のために、大規模なリフォームや建替えが必要になる場合があるが、「スケルトン・インフィル(以下SI)」では、構造躯体と内装・設備を分けて建築するため、設備をメンテナンス・交換して手を加えていけば、建築物を長く使っていくことができる。近年、SI分離による建設、住宅供給方式を模索する動きが活発化してきている。
従来の分譲マンションでは、構造躯体や共用部分、住戸の内装設備を一体のものとして事業主(デベロッパー等)が建設、販売する。住まい手となるユーザーは、出来合いのプランで住宅を購入する。複数から選択ができるメニュープラン、間仕切りや仕様の一部を変更できるものもあるが、基本的には事業主が用意した間取り・仕様の住宅を購入するもの。賃貸住宅では、住戸の間仕切り・内装も含め貸主側から用意されたものを借りることになり、住まい手の住宅に対する個別の要求を取り入れる余地はないのが一般的。これに対して、SI分離を活用した住宅供給方式では、スケルトンは事業主(売主や貸主)が用意し、インフィルはユーザー(住まい手)がスケルトン上の空間(区画)に構築する。
ユーザーがスケルトン上の空間(区画)を購入する場合は、スケルトン分譲、借りる場合はスケルトン賃貸と呼ぶことができる。ユーザーが主体となってインフィルの設計、施工を行うため、主体的な家づくりができるし、持ち主が代わるときにインフィル部分だけ取り替えることができる。長く世代を超えて、住み継がれる建築物。この思想が、戸建の住宅にまで拡大されていくことを期待する。リフォームやリノベーションは、大きな枠組みで見ていくと循環の一端を担っていて“修理する側”に在り、インフィル段階での選択肢の1つと見られる。建築の継続・街の永続性を考えたとき、「スケルトン・インフィル方式」は新築主義から修繕主義への転換となり、リペア社会との親和性は高そうだ。

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ちなみに飲食店、アパレルショップ、サロンなどのいわゆる店舗といわれる業界では、通常「テナント」という箱においてSIは当たり前。入居時にはスケルトン状態から空間を新たにつくり、退去時はスケルトンに戻して出ていく。街場のテナントでも大型商業施設でも、基本的にはテナント間の壁の両側にそれぞれの壁を建てるから、合計3枚の壁が並んでいる。中央の共用壁には穴1つ開けてはならないというルールが存在する。一部の考え方として、店舗は一時的な仮住まいであることを運命的に纏っている場合が多い。ある意味、循環型な手法といえるかもしれない。
幸せな消費に転化する
エシカルは、“かっこいい存在”(①儲かる、②モテル、③認められる)となる要素を内包している。企業は基本、儲からなければならない。利益を上げて資本家を満足させ、従業員に給料を払わなければならない。その報酬が、私たちの生活費となる。新しい入り口を設けるなら、事業の先に環境的配慮がしっかり掲げられた出口もつくってやらなければならない。消費者はそれに向かうことで“モテる”動機をつくり出せれば、入りやすい。こんな風にやっているのはカッコいいという風潮に。そして、その行為が世間で認められれば、長く続けられる。基本はこのスタンスが、“エシカル”を持続させる。
デジタルが隅々まで浸透した現代社会。周囲を見回せば、毎日のように何かがデジタル技術によって強化され、改造され、刷新されている。一方では、アナログの価値を再考する動きも出てきている。デジタルに囲まれる生活のなかで、私たちはもっとモノに触れる経験、人間が主体となる経験を渇望している。商品やサービスに直に触れたいと望み、多くの人がそのためなら余分な出費もいとわない。同じことをデジタルでするよりも、手間がかかって高額でも、人はアナログ特有の効率の悪さを求める面ものぞかせる。どちらに寄せるということではなく、どちらも必要とされる社会がちょうど良い。

アナログは、現実世界の喜びとデジタルでは得られない恩恵をもたらす貴重な経験だが、単純にソリューションとしてデジタルより優れている場合もある。たとえばペンは、今もキーボードやタッチスクリーンよりアイデアを広げやすいツール。アナログ技術の不便さは、生産性を妨げるどころか高めることもできる。
重要なのは、デジタルかアナログのどちらかを選ぶことではない。私たちはデジタルの使用を通して、物事を極度に単純化する考え方に拠ってしまった。1か0か、黒か白か、サムスンかアップルか、といった誤った二者択一。現実世界は黒か白ではなく、グレーですらない。色とりどりで、触れたときの感覚に、同じものは1つもない。そこに豊かな感情が幾重にも折り重なっている。
エシカル的な知見をもって、リペア社会を擁立する「デジアナ融合の世界」。身の回りの暮らしのなかにある消費との付き合い方を見直し、居心地の良い社会、環境にとっても良い世界への足がかりとする。修理ができるような完成品を目指すとすれば、製品コストが上がるかもしれない。だからこそ、修理(エシカル)は“儲かる”といった建付けにする必要がある。“古いものが新しいものより良い”という価値観の確立、リペアを考慮した社会の設計には、間違いなく発想の転換が求められる。新しいテクノロジーや素材が生まれ、何より“足るを知る”精神を手中に治めた私たちの意識が変わってくる頃、修理はこれまで以上に身近な選択肢となっていることだろう。
(了)
<プロフィール>
松岡秀樹(まつおか・ひでき)
インテリアデザイナー/ディレクター
1978年、山口県生まれ。大学の建築学科を卒業後、店舗設計・商品開発・ブランディングを通して商業デザインを学ぶ。大手内装設計施工会社で全国の商業施設の店舗デザインを手がけ、現在は住空間デザインを中心に福岡市で活動中。メインテーマは「教育」「デザイン」「ビジネス」。21年12月には丹青社が主催する「次世代アイデアコンテスト2021」で最優秀賞を受賞した。

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