九州の観光産業を考える(36)灼熱九州の息継ぐ先

願いむなし恐怖の陽射し

 昨年の夏、欧州や米国では熱波に起因する山火事が続発し、延焼により市民の居住区が危険に晒される報道を多く目にした。旅先に変更が生じるなど、当然、観光にも被害はおよぶ。そんな猛烈な暑さがようやく過ぎようという頃、来年はどうか平年並みの夏であってほしいと願いながら、心の奥底で多くの人は、そうはいかずさらに苛烈な暑さが襲いくる夏になるのだろうと予感していたのではなかろうか。

 そして危険で恐ろしい2025年夏がやってきた。米国のグランドキャニオン国立公園では山火事がけたたましい範囲に広がり、多くの観光拠点で閉鎖を余儀なくされた。我が国でも乾燥や雨不足が下地となって山火事が何カ所かで発生し、幸い人家に大きな被害がおよぶ前に鎮火されたものの、四季に恵まれてきた日本列島も安閑としていられない気象状況になってきたと印象づけた。

 災害級の暑さをもたらす高気圧が今後、毎夏日本列島を覆うことになれば、九州の観光レジャーにどのような局面を生じさせるのだろうか、そしてどう対処していけばよいのだろうか。全国を見渡せば、運動会や花火大会の開催時期を繰り上げたり繰り下げたりする事例が見受けられる。酷暑だけではない。急変がつきもので、ときに雹をともなう大粒な大雨、突風、落雷。伝統的な祭りや行事すら、存続を危ぶまれる状況かもしれない。

強烈ミストでびしょ濡れになって構わない観光のシチュエーションばかりではない
強烈ミストでびしょ濡れになって構わない
観光のシチュエーションばかりではない

外出への大いなる躊躇い

 夏季の行楽は、これまで通りとはいかなくなる。ゲストを迎える側、すなわち観光地やレジャー施設は手立てを講ずる。夏全般を通した商機喚起施策、また学校の夏休みや盆休みが旧来通りであるなら、そうした特需を酷暑に対処し得るものとして、新構築せざるを得ない。

 ハード面では、プロ野球の西武ドームが改修を重ねている。屋根はあるが外周壁がなく、屋内空調のない観客席の一部には夏場、ミストを噴霧するようにした。ただ、この程度では昨今の熱射や外気に晒されるレジャー形態は太刀打ちできず、水浸しにも程がある。

 いきおい夏の行楽需要は、制御された屋内空間に流れていくのではなかろうか。安全なうえに楽しくなくてはならない観光レジャーは、クローズドで居心地良い環境に魅力を集約させていく。

 しかし、ちょっと待てよ、だ。殺人的な酷暑は、人々に外出する蛮勇、無謀をそもそも起こさせるのか。たとえ出掛けた先、行楽地やレジャー施設が色とりどりの歓待を並べ手招きしても、自宅の玄関を押し開け、危険な外気に我が身を、我が家族を晒す決断をなし得るだろうか。メラメラ太陽の天気予報図は、義務ではない遊び心をいとも簡単に挫く。自宅の脆弱な余暇環境から緊急避難的にそうした場所をあえぎ求め、救済の地へ向かうことはたまにあるかもしれない。が、クーラーを利かせた我が家を一時離れ、どう寛げるか不明の地へ赴く手間、資金を理にかなうものとみなせるだろうか。

華氏110度に慄然

 日没が遅くなる欧州の夏。ようやく暗くなった街に、賑わいを求めて散歩に出た。外気温華氏110度は、摂氏約43度。石づくりの街は蓄熱している。次第に息苦しさ、不安を覚える。出くわす人影はない。体温を上回る暑さを初めて経験した若かりし頃の筆者は、この大気に長く身を晒す命の危険を感じたし、夜遊びにタフな欧州人も、これほど暑い屋外で余暇を楽しむことはないのだと知った。この日の昼間どう過ごしていたのか、古い記憶ゆえ判然としないが、冷房の効いた屋内でほとんど過ごしていたのだろうし、外に出るにせよ、ウォータークラウド(※現在はミストシャワーと呼ばれる涼感装置)の噴霧された微細な水滴のなかを縫うように移動していたのだと思う。

 どれほど苛烈な暑さだったか想像すると、今さらながら怖気立つ。そんな暑さに加え、多湿な夏が今後の日本の基本仕様なら、仕事もレジャーも従来通りに構えていられようはずがない。観光市場の志向は、完全屋内型のレジャーへ、日中を避けて深夜早朝型コンテンツへ、サブスク方式の多拠点居住で冷涼地逃避行へ。あるいは、観光地の側が個人宅へ出向いてくるデリバリーコンテンツといった、庶民の選ぶ観光地体験が、自宅へ届けられるサービスが起こるか。

 酷熱に溶解する観光地や行楽地の腕利き料理人やパティシエがリクエストに応じ派遣されたり、カリスマガイドが用具類を携え来て現地映像を背景にワークショップ風に指導したりとか。現代版の御師がご本尊の地とする観光地への憧憬を保持させ、適切な時期に訪問を先導企画させるよう、商圏の地を巡回する。夏枯れで所在を失う観光地の技能者が、食材や小道具、方言ともどもやってきてくれるって寸法だ。住居環境や懐に余裕のある消費者なら、自宅に居ながらにして観光地訪問気分を味わえる。WEBカメラ装着の現地代行人を通した遠隔リアルタイムまたぎ体験とかもありか。家族の夏の思い出づくりに、こうした時空間を錯誤させるデリバリー観光が参入してくるなら、レジャー支出の裁量幅によって、世間には体験格差が広がるんだろうな。

屋外ビアガーデンは種種の危険を回避するため盛夏を外すことになるやも
屋外ビアガーデンは種種の危険を回避するため
盛夏を外すことになるやも

<プロフィール>
國谷恵太
(くにたに・けいた)
1955年、鳥取県米子市出身。(株)オリエンタルランドTDL開発本部・地域開発部勤務の後、経営情報誌「月刊レジャー産業資料」の編集を通じ多様な業種業態を見聞。以降、地域振興事業の基本構想立案、博覧会イベントの企画・制作、観光まちづくり系シンクタンク客員研究員、国交省リゾート整備アドバイザー、地域組織マネジメントなどに携わる。日本スポーツかくれんぼ協会代表。

< 前の記事
(35)

月刊まちづくりに記事を書きませんか?

福岡のまちに関すること、建設・不動産業界に関すること、再開発に関することなどをテーマにオリジナル記事を執筆いただける方を募集しております。

記事の内容は、インタビュー、エリア紹介、業界の課題、統計情報の分析などです。詳しくは掲載実績をご参照ください。

記事の企画から取材、写真撮影、執筆までできる方を募集しております。また、こちらから内容をオーダーすることもございます。報酬は別途ご相談。
現在、業界に身を置いている方や趣味で建築、土木、設計、再開発に興味がある方なども大歓迎です。
また、業界経験のある方や研究者の方であれば、例えば下記のような記事企画も募集しております。
・よりよい建物をつくるために不要な法令
・まちの景観を美しくするために必要な規制
・芸術と都市開発の歴史
・日本の土木工事の歴史(連載企画)

ご応募いただける場合は、こちらまで。不明点ございましたらお気軽にお問い合わせください。
(返信にお時間いただく可能性がございます)

関連キーワード

関連記事