【鮫島タイムス別館(42)】高市政権、日中関係の揺らぎが招く経済と外交の二重苦

ロケットスタートから一転、台湾有事発言が中国を刺激
支持率82%のロケットスタートを切った高市早苗首相が、早くもつまずいた。台湾有事は「存立危機事態になり得る」との国会答弁が、台湾問題への干渉を嫌う中国政府の逆鱗に触れ、日本への渡航自粛の対抗措置を浴びたのだ。
高市氏が自民党総裁選で「奈良の鹿」を蹴り上げた外国人旅行客を痛烈に批判し、保守層に拍手喝采されたことは記憶に新しい。日本各地でオーバーツーリズムが社会問題化するなか、ネットでは中国人旅行客が激減することを歓迎する声も広がっている。
とはいえ、疲弊する各地の地域経済を支えているのはインバウンドだ。それを牽引する中国人旅行客が激減すれば、地域経済への打撃は決して小さくはない。
中国政府の対抗措置が渡航自粛にとどまらず、日本からの輸出禁止などに発展する恐れも否定できない。自民党最大の応援団である財界は、日中関係の安定を望んでいる。中国政府の対抗措置がエスカレートしてくれば、高市内閣への不満が財界にも広がってくる可能性がある。
積極財政を掲げる高市政権の誕生を株式市場は歓迎し、日経平均株価は史上最高値を更新して5万円を突破した。世論調査では最も期待する政策として物価高対策が群を抜いている。
まずは経済に軸足を置き、政権基盤が安定した後に、外交安保政策の大転換を図る──。高市政権が描いた戦略は、高市氏を首相候補に引き上げた安倍晋三元首相を手本にしたものだった。
中国の習近平政権は高市政権を明らかに警戒していた。経済最優先の戦略を進めるには、中国との関係悪化を回避する必要がある。
高市氏はそのために靖国参拝を封印。就任早々に韓国で実現した習近平国家主席との日中首脳会談でも、安倍政権が提唱した「戦略的互恵関係」(両国の違いを認めたうえで、対立よりも実利を優先し、政治・経済の両面で協力して共通の利益を追求する「大人の関係」)を再確認した。
両首脳はやや硬い表情ながらもしっかりと手を握り合ったのである。経済最優先の高市外交は順調に滑り出したかに見えた。
戦略的互恵関係を揺るがす一答弁
すべてをぶち壊したのが、11月7日の衆院予算委員会の質疑だ。
立憲民主党の岡田克也元外相は、日本が自衛のために武力を使える場合として安倍政権が整備した安保法制の「存立危機事態」について、台湾有事を念頭に具体的にどのようなケースを想定しているのか、理詰めで問いただした。高市首相はこれに対し「(中国が)戦艦を使って、武力行使をともなうものであれば、どう考えても存立危機事態になり得る」と答弁したのだ。
この発言は、台湾有事が起きたら、日本が自衛隊を派遣して参戦する可能性を示唆したと受け止められた。
中国は台湾問題に敏感だ。他国から口を出されると「国内問題に口を出すな」と激しく反発してきた。
日本も台湾を国家として認めていないため、中国が台湾に侵攻したとしても、国際法上は「中国国内の内戦」とみなすほかない。
一方で、中国が台湾海峡を封鎖すれば、米国は通航の安全確保を理由に艦船を台湾周辺に派遣するのは確実だ。東アジアの軍事的緊張は高まり、その後の展開次第では「存立危機事態になり得る」というのが、実は従来からの日本政府の公式見解であった。
しかし、安倍氏をはじめ歴代首相は、具体的にどのようなケースが存立危機事態になるのかについては言葉を濁し、はぐらかしてきた。少しでも具体的に説明したとたん、中国が猛反発して日中関係が悪化することが目に見えていたからだ。
互いの見解の違いを理解しつつ、建前と本音を使い分け、正面衝突を避ける。まさに「戦略的互恵関係=大人の関係」を象徴する代表例が、台湾有事における「存立危機事態」の解釈だといえるだろう。
立憲の岡田氏もそうした経緯は十分に理解している。衆院予算委であえて具体的ケースを問いただしたのは、高市氏の「はぐらかし力」を試したのかもしれない。あるいは、高市氏が真正面から答弁することを想定し、中国の反発で高市政権のロケットスタートに冷や水を浴びせる狡猾な狙いがあったのか。
中国の猛反発と外交危機の連鎖
いずれにせよ、高市首相はまんまと「罠」にはまった。政府の公式見解をそのままズバリ、答弁してしまったのだ。
案の定、中国政府は燃え上がった。日中首脳会談で「戦略的互恵関係」を再確認したばかりなのに、高市首相はいきなりちゃぶ台をひっくり返して習主席の顔に泥を塗ったという怒声が広がっているという。
口火を切ったのは、大阪総領事だった。Xに「その首を一瞬の躊躇もなく斬ってやるしかない」と過激な投稿をし、火蓋は切って落とされた。日本の国内世論は猛反発し、日中関係は瞬く間に泥沼化したのだ。
中国外務省は13日夜に日本大使を緊急に呼びつけ、「14億人の中国人民は絶対に許さない。ただちに発言を撤回すべきだ」と抗議。14日夜には日本への渡航自粛に踏み切った。
中国の強硬姿勢の背景には、高市政権が高支持率のまま解散総選挙を断行して圧勝すれば長期政権になることを見越し、今のうちに徹底的に圧力をかけて二度と台湾問題に口出ししないように追い込む狙いもあるのだろう。
日本政府は「高市発言は従来の政府見解と同じ」と中国側に説明しているが、それで中国側が矛を収めるとは思えない。
頼みの綱は、日米首脳会談で蜜月ぶりを演出したトランプ大統領のはず。ところがトランプ氏は大阪総領事の過激投稿も批判せず、記者から「中国を友人といえるのか」と問われても「多くの同盟国も友人とはいえない」と静観の構えである。トランプ氏とて、台湾問題には無用に足を踏み入れたくないのだ。
高市首相は、岡田氏の挑発に乗らず、やり過ごすのが懸命だった。靖国参拝の封印に落胆する保守層の支持をつなぎ止めるため、つい踏み込んで発言してしまったのか。
経済を最優先して中国に歩み寄るのか、経済的ダメージを覚悟して一歩も譲らぬ強硬姿勢を貫くのか。高市首相はいきなり厳しい選択を迫られることになった。
【ジャーナリスト/鮫島浩】
<プロフィール>
鮫島浩(さめじま・ひろし)
1994年に京都大学法学部を卒業し、朝日新聞に入社。99年に政治部へ。菅直人、竹中平蔵、古賀誠、町村信孝、与謝野馨や幅広い政治家を担当し、39歳で異例の政治部デスクに。2013年に原発事故をめぐる「手抜き除染」スクープ報道で新聞協会賞受賞。21年に独立し『SAMEJIMA TIMES』を創刊。YouTubeでも政治解説を連日発信し、登録者数は約15万人。著書に『朝日新聞政治部』(講談社、22年)、『政治はケンカだ!明石市長の12年』(泉房穂氏と共著、講談社、23年)、『あきらめない政治』(那須里山舎、24年)。
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