健口から健康へ(11)舌は脳をめぐる血液のコントロールタワー

 舌は筋肉の塊であり、そのなかをめぐる血管は平滑筋でできています。実は舌は脳への血流を送るポンプ役を担い、体の健康を左右する重要な器官です。舌の細胞の入れ替わりは2〜3週間と驚異的に早く、細胞の活性が頻繁に行われる場所。舌を元気に保つことが健康な体づくりのカギとなります。

舌は脳へのポンプ役

 家族でできる口腔ケアとして最も効果的なのは、よく噛めるようにする舌のストレッチです。結果として、体が丈夫になり、健康を維持できます。なぜなら、舌は単なる味覚器官ではなく、全身の健康に深く関わる臓器だからです。

 私たちの体は骨でつくられ、心臓から送り出された血液が全身をめぐって体をつくっています。その血液循環の途中で、舌が重要な役割をはたしているのです。舌は脳へ血液を送るポンプ役として、毛細血管に血液を届けます。

 さらに注目すべきは、舌が内臓のなかで唯一の随意筋であるということです。つまり、意識によって動かせる筋肉なのです。この特性により、私たちは舌のストレッチやトレーニングを通じて、能動的に血流を改善できるのです。

 丈夫な血管を保つためには血流を良くすることが不可欠ですが、舌はターンオーバー(新陳代謝)が非常に早く、わずか2〜3週間で細胞が入れ替わります。それだけ細胞の活性が頻繁に行われている場所であり、舌が元気であることが健康な体をつくるキーワードなのです。

血管老化と口腔ケア

 血管が老化すると、内側の壁が狭くなり、柔軟性を失った状態になります。これが動脈硬化です。動脈硬化が進むと、血管が切れたり詰まったりする症状を引き起こします。

 とくに注意すべきは、血管が詰まる原因に歯周病菌が深く関与しているという事実です。歯周病菌が血管に流れ込むと、アテローム性プラークをつくるのに関与し、血管を狭めます(粥腫形成)。そして血栓によって血管が塞がってしまうのです。

 だからこそ、日頃のプラークコントロールが大切になってきます。口腔内を清潔に保つことは、単に虫歯や歯周病を防ぐだけでなく、全身の血管を守ることにつながるのです。

 動脈硬化が進むと、骨密度の低下も引き起こします。人体にカルシウムが不足すると、骨からカルシウムが溶け出します。すると血液なかのカルシウム濃度が増加し、それに反応して血管が硬くなり、動脈硬化がさらに進行して血管が脆くなってしまうという悪循環に陥ります。

口から全身への影響

 口のなかの歯周病菌と、歯周病の炎症によって生まれた成分が体なかに広がり、全身の病気を誘発します。虫歯や歯周病など、歯茎の炎症がある場所でつくられた成分(ケミカルメディエーター)も、血流に乗って全身に散らばっていきます。

 これらの炎症性物質は、糖尿病、心疾患、脳血管疾患、誤嚥性肺炎など、さまざまな全身疾患のリスクを高めることが明らかになっています。つまり、口腔内の健康状態が、全身の健康を左右すると言っても過言ではないのです。

 このように口のなかから全身に影響が広がることを考えれば、定期的に、もしくは今すぐにでも歯科でチェックを受けることをお勧めします。専門家による口腔ケアと、日々の舌のストレッチやブラッシング。この両輪が、健康長寿へのたしかな道となるでしょう。

 舌を鍛え、口腔内を清潔に保つこと。それは血管を守り、脳を守り、全身の健康を守ることに直結しています。「健口」から「健康」へ──毎日のケアで、血管の若々しさを保ちましょう。


歯科医師 大村豊(おおむら・ゆたか)
大村歯科クリニック 歯科医師 大村豊 氏1964年3月23日福岡県柳川市生まれ。福岡歯科大学卒業後、大学院で舌の発生学を研究。2002年10月に福岡市百道浜で大村歯科クリニックを開業し、予防歯学を重視した診療を展開。オーラルフレイルに早期から着目し、独自の口腔機能向上プログラムを通じて患者の生活の質向上を図る。現在も「口の健康が全身を支える」という信念のもと、研究と臨床の両面から口腔ケアの重要性を訴え続けている。

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