京都大学大学院 教授 藤井聡 氏

物価高やエネルギー価格の上昇で国民生活が圧迫されるなか、2025年10月に誕生した高市早苗内閣は「責任ある積極財政」を掲げ、財政運営の大転換に踏み出した。単なる歳出拡大ではなく、「成長責任」と「財政責任」を同時にはたす国家戦略として、反緊縮の立場から強い経済の再構築を目指すものである。長年続いたプライマリー・バランス規律が経済停滞と財政悪化を招いたとの反省に立ち、高市政権は債務対GDP比の安定化を国際標準の財政目標に据えた。21兆円超の大型経済対策は成長と財政健全化の双方に資するのか──その実像を検証する。(この原稿は昨年12月に執筆されたものです)
「責任ある積極財政」掲げた
高市早苗内閣の樹立
教授 藤井聡 氏
2025年10月、我が国に高市早苗政権が誕生した。高市早苗氏がそれに先立つ3度目の挑戦となる自民党総裁選で掲げたスローガンは「責任ある積極財政」。
積極財政とは一体何か──それはもちろん一言で言えば政府が積極的に支出を拡大するという財政態度を意味するものだが、むしろその対局にある「緊縮財政」を先に理解することで、その輪郭が鮮明に浮かび上がり、その内実がよく見えてくる。
そもそも「緊縮財政」とは、政府支出を可能な限り縮小させていくという財政態度だ。たとえば、今多くの国民は米をはじめとした食料品や光熱費などの高騰を受けて、苦しい生活を強いられている。こうした状況のなかで多くの国民は、物価高騰を抑える光熱費の補助金や消費税の減税、さらには、(年収の壁の引き上げなどを通した)所得税の減税を求めている。
しかし、「緊縮財政」の立場に立つ政府ならば、そうした国民の要求をことごとく否定する。「積極財政」とはこうした「緊縮財政」を強烈に批判し、国民の要求に応え、減税や補助金を国民の暮らしぶりが良くなるまでしっかりと政府支出を拡大しようとする財政なのだ。従って積極財政はしばしば「反緊縮」と呼ばれることがあるのだ。
では、高市総理がいう「責任ある積極財政」の「責任」とは一体何なのか。高市総理の総理就任直後に行った所信表明演説を読み解けば、その「責任」とは端的にいって、以下の2つから構成されるという実態が見えてくる。
それは第1に「成長責任」であり、第2に「財政責任」である。「成長責任」とは、経済を成長させるという「政府」の経済に関する責任。「財政責任」とは、財政の持続可能性を実現する(=財政の健全性を保つ)という、同じく「政府」の財政に関する責任だ。つまり高市総理は、「政府財政」を活用して、日本経済を成長させると同時に財政を健全化させるのだと主張しているわけだ。
所信表明演説から見える
「成長責任」と「財政責任」
たとえば、所信表明演説において、高市総理は以下の3点を強調した。
①内政外交双方において「日本の未来を切り拓く」ためには「強い経済」が必要。
②強い経済を「責任ある積極財政」でつくる。
③そうして強い経済をつくることを通して、「財政の持続可能性を実現」する。
これらのうち、①が「成長責任」に対応し、③が財政責任に対応するわけだ。ここでこれらの内容をさらに図式化すると【図1】のようになる。

すなわち、緊縮とは一線を画した戦略的な政府支出の拡大を図る「積極財政」を行い、強い経済をつくることで、強く豊かな日本、誇りある外交によって日本の未来を切り拓き、それと同時に、持続可能な財政を実現せんとするのが「責任ある積極財政」という次第だ。
逆にいうなら、「積極財政」を行ったとしても、その規模が不十分であるかその内容が不合理なものであれば、成長できず「強い経済」が実現できなくなる。そうなると必然的に「成長責任」が果たされなくなると同時に、財政の持続可能性が確保されず、「財政責任」も果たされなくなってしまう。その結果、成長と財政の両責任が同時に未達成となり、「責任ある積極財政」とはならないのだ。
だから、積極財政を行うのならば、「強い経済」を実現することが絶対的な必要条件なのであり、「責任ある積極財政」においてなによりもまず重要なのは「強い経済」をつくりあげることなのだ。「強い経済」がなければ、豊かな日本も誇りある外交も取り戻すことができない。それと同時に、財政の持続可能性を確保することができなくなるのだ。
これこそ、高市総理が所信表明で強調する「経済あっての財政」の考え方なのである。
「PB規律」ありきでは
成長も財政も責任果たせず
この構図を踏まえると、恐るべき“真実”が見えてくる。それは、「財政責任」をとるべしという「立派」にすら見える態度を表明する「緊縮財政」では、成長できなくなるだけでなく、結局は「財政責任」が果たせなくなる、というパラドクス(逆理)だ。
「経済あっての財政」であるにも関わらず、経済を無視して財政だけを守ろうとすれば、結局は財政が守れなくなるのも当然だ。それは「健康あっての幸福」なのに、健康を度外視して、享楽的に幸福ばかり追求すれば、かえって不幸になるようなものだ。あるいは「安全あっての豊かな暮らし」なのに、安全を無視して豊かさだけ追求すればかえって豊かさが失われてしまうようなものだ。
そして誠に遺憾なことに、日本政府は長らくこの「過ち」を繰り返してきたのだ。政府はこれまで、「緊縮財政」の立場に立ち、財政の根幹に「プライマリー・バランス(PB)規律」というものを据えてきた。
これは、財政の健全性を保ち続けるという財政責任をはたすために、政府が導入した規律だ。一言で言えば、「政府は借金経営を回避し、国債を発行せず、税収だけで政府支出を賄うべし」という極めて緊縮的な規律だ。
しかし、【図2】に示した通り、この規律があることで経済は衰退し、その結果、日本は弱く貧しくなり、外交も恥辱に塗れたものへと劣化し続けた。挙げ句には、税収がますます減り、財政の持続性はどんどん失われ、不健全化の一途をたどった。

この構図は、「高市所信表明演説」が示唆する「責任ある積極財政」についての構図の「逆」ないしは「裏」のものであり、従って、理論的、論理学的にいうなら「高市所信表明演説」が直接的に示している構図そのものだといって差し支えない。
むしろ、高市氏は逆説的にこの構図をより強烈に示唆することを企図して「経済あっての財政」という考え方が「基本」であるとまで言明したのである。
すなわち、高市総理は、直接的な言明こそは回避されているものの、丁寧に理論的、論理学的に解釈すれば、プライマリー・バランス規律の緩和・凍結を宣言したと解釈することが可能な所信表明演説を行ったのである。
「債務対GDP比の安定化」は
国際的スタンダード
ただし、「PB規律凍結」という主張には、自民党内の緊縮財政派勢力、そして、政府においては財務省から強烈な反発が差し向けられることになる。彼らの主張を煎じ詰めて端的にいうなら、「財政規律をなくせば、財政責任が果たせなくなるではないか!」というものだ。
たしかにたとえば、財政について何のタガも嵌めず、年間数千兆円もの想像を絶する政府支出拡大を行えば、瞬く間に財政は不健全化するだろう。というよりそれ以前に、おそるべきインフレが生じ、経済そのものが不健全な状況となり、成長責任すら果たせなくなることは必至だ。だから、財政規律は必要なのだ。
ただし、それがどんな財政規律であってもいい、というものではない。それは「キツすぎ」てもいけないし「緩すぎ」てもいけない。あくまでも、「ちょうどよい塩梅」の適切な規律が必要なのだ。
高市総理は、そんな「ちょうどよい塩梅」の適切な規律として宣言しているのが「債務対GDP比の引き下げ」だ。総理所信表明のこれに触れた部分を改めて再掲すると次のようになる。
『こうした道筋(※1)を通じ、成長率の範囲内に債務残高の伸び率を抑え、政府債務残高の対GDP比を引き下げていくことで、財政の持続可能性を実現し、マーケットからの信認を確保していきます。』
※1:「こうした道筋」とは上記のように、「経済あっての財政」の考え方に基づく責任ある積極財政を通して強い経済を実現する、という道筋である
そもそも、「借金の重さ」は「所得の大きさ」に応じて大きくもなれば小さくもなる。たとえば年収100万円の人にとっての借金100万円と、年収1,000万円の人にとっての借金100万円は、まったく意味が異なる。後者では、所得の10%を払えば全額返済できるが、前者では、所得の100%を払わないと全額返済できないからだ。
こうした点から、「債務対GDP比の安定化」が、国際的には財政健全化のための最もスタンダードな目標となっているのだ。むしろ、PB規律を財政健全化目標にしている国家は日本以外には現状においては存在していないのが実態だ。だからこの高市政権の財政目標は、極めて常識的なものであり、これまでのPB規律こそが「異常」で「非常識」な代物だったのだ。
21兆円の経済対策により
債務対GDP比は低下
さて、この財政規律の規準となる「債務対GDP比」は、少なくとも現時点の日本経済を踏まえると、積極財政によって「改善」するものであることが知られている。【図3】をご覧戴きたい。これは、積極財政によって債務対GDP比がどのような影響を受けるのかを表したものだ。
まず、積極財政を行うと名目成長率が向上するが、そうなると、税収が増える。これは債務を縮小させる効果をもつ。一方で、GDPはもちろん拡大する。ただし、積極財政を行うと国債を発行すると債務は拡大する。合わせて、その積極財政によって金利が上昇すれば、債務も拡大する。
つまり、積極財政は債務を拡大させる側面もあれば税収増で縮小させる側面があり、かつ、GDPを拡大させる側面がある。従って、これらの影響が総合すると、債務対GDP比が拡大することもあれば、縮小することもあるわけだ。
ただし、現状の日本では、積極財政は債務対GDP比が縮小する可能性の方が圧倒的に高いことが知られている。それは第1に、現下では10兆~20兆円程度の財政出動で金利が大きく上昇するとは考えられないからであるが、それ以前に、現状では分子の債務が分母のGDPの約2倍程度の水準があり、かつ、分母と分子が同程度ずつ増えれば必然的に、分母の増加率のほうが高くなるため、分数としては下落していくことになるからだ。
さらにいえば、分子の債務の方は、積極財政によって一時的にその政府支出分は拡大するが、経済成長によってその直後から税収増のために、その拡大分は緩和されることになる。これもまた、債務対GDP比が積極財政によって引き下がる重要な原因となっている。
以上の説明を、今回、高市政権が令和7年末に閣議決定した21兆3,000億円の大型経済対策を例にとって具体的に解説しよう。
まず、GDPの拡大率であるが、この21兆3,000億円の財政出動は、仮に「控えめ」(低め)な乗数効果1を想定するだけでも、21兆3,000億円拡大させることになる。これは、現状609兆円を想定すると、名目GDPは3.5%拡大する。
一方で、債務の拡大率の推計については、いくつかの数値を段階的に推計することが必要になる。まず、この3.5%の名目成長によって、税収は確実に拡大する。2002~2020年の税収と名目成長率との関係についての統計分析に基づくと1%の名目成長は、平均2兆1,000億円増加する(※2)。これに基づくと3.5%の成長の場合7兆4,000億円の税収が増えることになる。
※2:藤井聡『〈令和版〉プライマリー・バランス亡国論 PB規律「凍結」で、日本復活!』
扶桑社、2022年の102頁参照。
一方、21兆3,000億円の財政出動をすれば(その金額をすべて債務の返済に充てた場合に比べれば)債務は当然21兆3,000億円拡大する。従って、最終的なこの21兆3,000億円の経済対策による国債発行額は、この21兆3,000億円から税収増分の7兆4,000億円を差し引いた13兆9,000億円となる。
さらに、その13兆9,000億円の発行による金利上昇は、Kameda(2014)による10兆円の国債発行で0.014%であるとの報告値(※3)に基づくと、0.020%と推計される。現状の政府累積債務総額が1,129兆円であることから、この金利上昇にともなう債務増分は2,200億円となる。
※3:Kameda, K(亀田啓悟) (2014) Budget deficits, government debt, and long-term interest rates in Japan, Journal of the Japanese and International Economies, 32, pp. 105-124.
従って以上のすべてを加味した、21兆3,000億円の経済対策の累積債務の増加額期待値は14兆1,000億円(=13兆9,000億円+2,200億円)。これは1,129兆円の1.2%である。従って、21兆3,000億円の経済対策による累積債務増加率は1.2%となる。
この累積債務増加率は、上記より推計された当該対策によって導かれる名目成長率の増分3.5%よりも遙かに低い水準であり、従って、図に示したように、債務対GDP比は、この経済対策によって「引き下がる」ことになるのである。
その結果、【表】に帰したように、累積債務対GDP比は、21兆3,000億円の経済対策によって、185.4%から181.4%へと「4%」減少すると推計されるのである(※4)。
※4:以上の推計における「経済効果」や「それにともなう税収増」「国債発行にともなう金利増」の発現タイミングは、それぞれのラグがあるためすべて同時に生ずるとは限らないが、経済対策による総合的効果を切り出せばここで指摘したような効果が予期されるものであると、以上の分析については解釈願いたい。

こうなったのは、繰り返すが、第1に現状では政府支出増で金利が大幅に上昇するとは考え難く、第2に、政府支出増による成長によって税収が拡大することが予期されるからで、第3に、そもそも債務対GDPの分子の債務はGDPの2倍程度の水準であるため、概してより小さな分母の増加率のほうがより大きな分子の増加率を上回る傾向が強いという数理的構造があるためである。
おわりに
高市総理は、責任ある積極財政を掲げることで、成長責任と財政責任の双方を果たそうとしている。そしてその最初の試みが21兆3,000億円の経済対策だったのだが、その影響を計量的に分析すれば、確かに、3.5%の成長率の上昇という「成長責任」と、それを通した4%の累積債務対GDPの引き下げという「財政責任」をはたす方向の効果をもたらすであろうことを、以上より計量的根拠をもってしてご理解いただけたのではないかと思う。これは逆にいうのなら、高市総理が今回の21兆3,000億円の経済対策を行わなければ、(現在の21兆3,000億円を行うという決定後の未来に比べて)3.5%も成長率が低迷し、累積債務対GDP比が4%悪化するという悪しき未来がもたらされることになるのだ、ということを意味している。これこそ、PB規律に拘り続けたこれまでの政権が成長に対しても財政に対しても「無責任」であったことの証左だと言うことができるだろう。
<PROFILE>
藤井聡(ふじい・さとし)
1968年奈良県生駒市生まれ。91年京都大学工学部土木工学科卒業、93年同大学院工学研究科修士課程修了、同工学部助手。98年同博士号(工学)取得。2000年同大学院工学研究科助教授、02年東京工業大学大学院理工学研究科助教授、06年同大学教授を経て、09年から京都大学大学院工学研究科(都市社会工学専攻)教授。11年同大学レジリエンス研究ユニット長、12年同大学理事補。同年内閣官房参与(18年まで)。18年から『表現者クライテリオン』編集長。著書多数、近著に『玉木雄一郎、「国益」を大いに語る』(ビジネス社)。









