建設産業専門団体九州地区連合会
会長 宮村博良 氏

2025年12月12日に「標準労務費」制度が導入され、26年1月1日付で「中小受託取引適正化法」(以下、取適法)が施行された。建設業界にとっては大きな転機となるこの制度改正に対し、現場の最前線を知る建設産業専門団体九州地区連合会(以下、建専連九州)会長・宮村博良氏に、制度の現状と今後の課題、業界の展望について話を聞いた。
標準労務費で脱・安値受注へ
──制度改正をどう見ていますか。
宮村 国がようやく本腰を入れたと思います。これまで“安値受注をしないように”と口では言われてきましたが、どこからが安値なのかが不明確でした。標準労務費が示されることで、明確な基準ができたと感じています。たとえば鉄筋工事なら、1人あたり月給制で社会保険に加入し、年間120日の休みを確保する体制であれば、労務費は10万円を超えるのが実態です。それを5~6万円で請け負えば、職人1人が2~3tの鉄筋を扱わないと採算が合いません。そんなのは現実離れしています。本来、まともな施工なら1人500kg程度が適正です。標準労務費が導入されれば、こうした物理的矛盾を含む単価設定は「不当な安値」として、明確にアウトといえます。今回の制度で“それでは違法”と明言できるようになったのは画期的です。
──ゼネコン各社の反応はいかがでしょうか。
宮村 25年10~11月にかけて、福岡県内の大手・中堅ゼネコン30社ほどを回りました。鉄筋組合としても見積もりを提示し、改正となる標準単価を伝えました。ほとんどのゼネコンは理解を示してくれましたが、“競争があるから急には難しい”という声もありました。それでも我々の考えとしては、3年かけて段階的に標準単価に近づけていきたいと考えています。初年度は6~7万円、2年目に8万円、3年目には10万円を目指したいと思っています。人が入ってこない限り、職業としての持続性はありませんから。
職人が誇れる業界を未来へ
──業界構造の課題については、どうお考えですか。
宮村 社会保険の未加入が最大の問題だと思います。現場で働いている職人のうち、厚生年金に加入しているのはまだ半数程度です。未加入の人たちは、いざ辞めようにも安心して老後を迎えられず、70歳過ぎても現場に立ち続けています。そうした現実が若い人の参入を阻んでいます。今のままでは、親が子どもに“この業界で働け”とはいえません。定年後、安心して辞められる職業にしなければ、誰も入ってこないのです。ですので、私は一貫して『職人の生活水準を上げることが業界の使命だ』と訴えてきました。
──今後の人材確保に向けて、必要な取り組みをお聞かせください。
宮村 職人が夢をもつことができる環境をつくることが重要だと思います。「裸一貫で成功できる」のが建設業、とくに鉄筋工事の醍醐味です。将来的には建設キャリアアップシステム(CCUS)に沿って、年間所得が800万円、1,000万円プレーヤーも生まれるべきだと思います。しかし現実には、国民年金すら払っていない職人も多く、月給制を採用している企業は業界全体の1割に満たないのが現状です。きれいごとではなく、本気で構造を変えなければ、業界に未来はありません。
──取適法の施行で、どのように変わるでしょうか。
宮村 この法律では、手形払いの禁止や60日以内の支払義務や振込手数料の発注者(元請)負担の義務化、不当な値引きの禁止などが明記されました。元請と下請の力関係に大きな変化が起きるはずです。元請企業にも協議義務が生じ、発注者との関係にも透明性が求められるようになります。今は元請企業の選定もできる時代になったと感じます。こうした“選べる側”になるためにも、業界の底上げが急務だと思います。
──今後の展望をお聞かせください。
宮村 我々は今、“安値受注はダメだ”と法的根拠をもっていえる立場になりました。これをきっかけに、本物の職人が適正な報酬を得て、誇りをもって働ける業界に変えていきたいです。行政も国交省を中心に本気で取り組み始めており、県や市、さらには民間発注者までが意識を変えれば、構造は必ず変えられると思います。私はそのために、社長を譲ってでも、建専連九州の活動に専念しています。若手にもバトンを渡しながら、建設業を“未来予想図の描ける職業”にしていきたいと考えています。
──今後の発信や啓発の取り組みについて、いかがでしょうか。
宮村 制度の実効性を確保するためにも、現場レベルでの周知徹底が重要です。建専連九州としても、パンフレットや動画などのツールを活用し、若年層や事業者に向けて継続的な情報発信を行っていきます。また、行政と連携するほか、高校や専門学校との連携による職業教育も、引き続き拡充していきたいと考えています。制度が制度だけで終わらないよう、現場で実感できる変化をともなわせていくことが、我々の使命だと思っています。
【内山義之】
<プロフィール>
宮村博良(みやむら・ひろよし)
1960年6月、熊本県生まれ。19歳で鉄筋工業界に入職し、84年6月、鉄筋工事の請負施工を目的に創業。87年2月、(有)宮村鉄筋工業(現・(株)宮村鉄筋工業)を設立。2019年12月に九州鉄筋工事業団体連合会会長に、23年6月には全国鉄筋工事業協会の副会長に就任。25年7月に建設産業専門団体九州地区連合会会長に就任。

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