魂の継承と新たな挑戦、ライザンフォレストリー・吉村翼さんが拓く特殊伐採の世界

 2011年の東日本大震災を機に人生の優先順位を見直し、生き方を大きく転換した人々がいる。ライザンフォレストリー代表・吉村翼氏(38歳)もその1人だ。震災後の15年を無農薬農業と林業に捧げ、生業として積み重ねてきた吉村氏は、25年1月、福岡県糸島市雷山地区を拠点に、林業・伐採業・造園業を統合した事業体制を本格始動させた。その事業展開は単なる業容拡大ではない。間伐から特殊伐採、危険木処理まで、林業の幅広い技術領域を習得し、民家や公共施設周辺の樹木管理という暮らしに直結する造園領域で実装する試みである。「安全第一、誰も死なせない林業」を理念に掲げ、技術の継承と人材育成、価値観の転換を同時に内包するこの現場は、「ネイチャーポジティブ社会」への移行を下支えする実践例として注目される。

地方回帰が導いた
「生業としての林業」

福岡県糸島市雷山地区にて、農業と林業の再生に取り組む吉村翼さん
福岡県糸島市雷山地区にて、
農業と林業の再生に取り組む吉村翼さん

 神奈川県で生まれ育った吉村氏は11年、東日本大震災を契機に「食」と「生き方」を見つめ直し、自家のルーツである福岡県糸島市雷山地区への移住を決断する。移住後は、祖父母が残した休耕地を引き継ぎ、無農薬による米づくりを開始した。

 当初は「ツバサファーム」として米づくりに専念していたが、農業単体で安定した生計を立てることは容易ではなかった。とくに無農薬栽培は収量が不安定になりやすく、市場価格においても一般米との差別化が難しい。冬季の収入源を模索していた吉村氏に、父親が勧めたのが林業だった。父親自身も東京から糸島に移住した際、農業を志しながらも林業に携わってきた経験をもつ。

 当時、雷山周辺で現役として活動していた林業従事者は高齢者が中心で、80代の熟練職人がわずかに残るのみだった。かつて農業と林業が兼業であった時代の名残である。吉村氏は彼らから、伐採技術に加え、道具の手入れ、作業の間合い、自然との距離感といった、効率や生産性を最優先しない仕事の在り方を学んだ。

 とくに印象的だったのは、作業の合間に焚き火を囲み、コーヒーを沸かしながらチェンソーの刃を研ぐ時間だった。「その時間は単なる休憩ではなく、道具と向き合い、自然のリズムに身を委ねる大切な儀式のようなものでした」と吉村氏は振り返る。都市での仕事に追われていたころには感じられなかった、精神的な充足感がそこにあった。

 高度経済成長以降、外国産木材の輸入拡大により国内林業は縮小が進み、技術や知恵の多くが継承されないまま失われてきた。吉村氏は、その「技術と思想が同時に断絶していく現場」を、担い手の側として体感してきた世代である。80代の職人たちが引退していくなか、その技と心を受け継ぐことができたのは、ある意味で奇跡的なタイミングだった。

特殊伐採が開いた
「次世代につながる現場」

樹上での特殊伐採作業。ロープと専門装備で安全に危険木処理を行う
樹上での特殊伐採作業。
ロープと専門装備で安全に危険木処理を行う

 十数年にわたる現場経験を経て、吉村氏が林業の技術領域を大きく広げることになったきっかけは、知人から「家の裏の大木が倒れそうで怖いが、重機が入れず困っている」という相談を受けたことだった。一般的な間伐作業の手法では対応できない案件に直面し、吉村氏は特殊伐採の技術を習得することを決意する。

 特殊伐採は、重機が入れない住宅地裏の巨木や、倒木の恐れがある危険木、神社の御神木などを対象に、ロープワークを駆使して樹上から分割伐採を行う高度専門技術である。欧米では「アーボリスト(樹木医)」として確立された専門職であり、ドイツでは弁護士と同等の社会的地位をもつとされる。日本でも近年、都市部を中心に需要が高まっているが、対応できる事業者は限られている。

 一般的な林業が木材の生産・出荷を主目的とするのに対し、特殊伐採は安全確保、景観維持、文化的資産の保全といった価値を提供する。都市近郊や住宅地を抱える地域では需要が拡大している一方、対応できる事業者は全国的にも限られている。糸島市周辺でこの技術を持つ専門家は、わずか4〜5人程度だという。

 林業の技術領域を広げることで、従事者は「切るための技術」だけでなく、「残す・守る・整えるための技術」を身につけることが可能となる。間伐から特殊伐採、危険木処理、樹木管理まで、林業の多様な技術を習得することで、技能が仕事として成立し続け、結果として次世代へとつながっていく構造が生まれている。

 吉村氏は、この役割を「樹護士(じゅごし)」と表現する。木を切ること自体が目的ではなく、木と人との関係を調整し、地域の生活環境を守る専門家という位置づけだ。「80年、100年と生きてきた木に登って作業をしていると、木と一体化するような不思議な感覚になります。時間を超えて木と一緒になっている感じ。それは自然と深く調和する、とても豊かな時間です」と吉村氏は語る。間伐や植林といった林業の延長線上にありながら、都市生活と自然を結ぶ新たな技術領域でもある。

技術者が思想を育てる現場が、
社会を変える

ライザンフォレストリーのチームメンバー。右から2番目が吉村翼氏
ライザンフォレストリーのチームメンバー。
右から2番目が吉村翼氏

 「グリーンポジティブ社会」とは、脱炭素や環境保全を制約条件として捉えるのではなく、自然との関係性を再構築することで、人の働きがいや地域の活力を高めていく社会像である。国や自治体は政策面から、企業はESG経営やサステナビリティ戦略として、金融機関はインパクト投資を通じてこれを後押ししている。一方で、その理念を具体的な価値としてかたちにするのは、現場で技術を磨き、自然と日々向き合う技術者や地域事業者である。

 ライザンフォレストリーは、まさにその「実装主体」が育つ現場だ。25年1月、吉村氏は事業を本格化させるにあたり、志を同じくする2人のメンバーとチームを組んだ。1人は林業出身者で間伐の現場で経験を積んできた水野氏。もう1人は特殊伐採の世界に惹かれて集まった若手だ。彼らが共有している理念は明確である。「安全第一、誰も死なせない林業」、そして「仕事を豊かなものにしたい」。

 それは単に売上を伸ばすことや規模を拡大することではない。一緒に働く仲間、関わる人々、顧客を含め、すべての人の人生や生活が、この仕事を通じて精神的にも満たされることを目指している。「仕事をして報酬を渡すだけの関係ではなく、この仕事に関わることで人生が豊かになる。そういう関係性をつくりたい」と吉村氏は力を込める。

 吉村氏は語る。「経済的な豊かさはもちろん必要です。しかし、それと同様に精神的な豊かさも大切にしたい。山に入ったときに感じる心地よさ、木と向き合ったときの充実感。そうした感覚は、自然を感じる人であれば、きっと共有できるはずです」

 実際、現場では作業の合間に焚き火を囲み、メンバー同士で技術を教え合い、木や森について語り合う時間を大切にしている。これは吉村氏が80代の職人たちから受け継いだ文化でもある。効率だけを追求すれば省かれるべき時間かもしれないが、この時間こそが技術者の精神性を育み、仕事への誇りを醸成する土壌となっている。

 重要なのは、こうした思想が理念研修などによって与えられているのではなく、仕事そのものを通じて育まれている点にある。技術を磨き、安全を確保し、自然と向き合う日々の積み重ねが、技術者の内側に価値観を形成していく。「20年前と比べて、時代が置き忘れてきたものを求める人は確実に増えています。そういう人たちには、この仕事の本当の価値が伝わるはずです」と吉村氏は言う。

 伐採技術の継承と人材形成、そして思想の醸成を同時に内包するこの現場は、「ネイチャーポジティブ社会」を支える人材が、どのように生まれうるのかを具体的に示している。

 さらに吉村氏は、今後の展望として正統派の林業への回帰挑戦も掲げている。「特殊伐採や危険木処理といった技術を磨きながらも、長期的には植林や間伐といった林業の本流にも取り組んでいきます。100年先の次世代に残す山や森づくりに、自分の技術や知見を生かしていきたい」と語る。

 ライザンフォレストリーの取り組みは、環境政策やESG戦略を「理念」に終わらせず、現場で価値として実装する人材をいかに育てるかという問いに、1つの答えを提示している。文明の過渡期において、社会を前に進めるのは制度や数値だけではない。自然と向き合い、技術を磨きながら思想を育てる人間の存在そのものが、次の社会の基盤となる。糸島の雷山から始まったこの挑戦は、前パラダイムで経済システムの周縁に置かれてきた中山間地、無農薬農業、間伐林業といった領域が、実は次の時代を支える重要な価値の源泉であることを示している。

【児玉崇】


<INFORMATION>
福岡糸島の伐採屋|高木伐採造園のライザンフォレストリー

代 表:吉村翼
所在地:福岡県糸島市高上221-1
創 業:2025年1月
H P:https://raizanforestry.com/

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