孫崎享氏の背筋が凍りつく話

政治経済学者 植草一秀

 5月16日(土)に開催した『ガーベラの風』イベント「戦争と壊憲の危機にどう立ち向かうか~『対米自立』『平和と共生』の政治実現に向けて~」
https://x.gd/DRjcg
https://x.gd/kuYcm

 鳩山元総理が基調講演をされた。弁護士の伊藤真氏が憲法問題についての詳細な解説を示されたあと、元外務省国際情報局長の孫崎享氏が外交・安保について話された。孫崎氏は元駐イラン日本国特命全権大使でもあった。

 米国によるイラン軍事侵攻。米国はイランと核問題で交渉中だった。交渉の次回日程も内定されていた。この状況下で米国はイランを奇襲。最高指導者夫妻を殺害した。やはり、世界のならず者国家筆頭は米国である。

 国際法違反、国連憲章違反の米国のイラン軍事侵攻を指揮したのはトランプ大統領。そのトランプ大統領に対して「世界中に平和と繁栄をもたらせるのはドナルドだけ。これを伝えに訪米した。」と言い放った者がいる。日本の高市早苗首相だ。

 トランプ大統領に抱きついた高市首相。鳩山元総理は「私が残念なのは、そういう状況にもかかわらず、高市首相は3月の訪米で、トランプ大統領に抱きついてみせました。ああいう方なんでしょうね……これ以上言わないほうがいいと思いますが、そういうことだったんだと思います」と語った。さらに、「それだけならまだしも、イラン戦争に関し、イラン側のみを批判する。これは、無茶苦茶な話です。」と述べた。

 主要国トップが米国の行動を批判している。そのなかで、高市首相は米国を一切批判せず、イランだけを非難する。「対米隷属の鑑(かがみ)」と表現してよいだろう。

 米中首脳会談で中国の習近平主席が高市氏を名指しで非難したと伝えられている。日中関係は戦後最悪の状況に陥っている。原因は11月7日の高市首相の国会答弁。高市首相の衆院予算委員会デビュー戦。官僚までが午前3時の高市首相官邸入りに付き合わされた。「何か大きいことを言ってやろう」と考えたかも知れない。しかし、史上空前の失言だった。日本のメディアは問題をまったく掘り下げない。だから、いまも、高市発言の何が問題だったのかを知らない国民が多数存在する。この情報空間の歪みが根本問題である。

 鳩山総理が背景を懇切丁寧に解説くださった。非は高市首相の側にある。この点に関して孫崎享氏が5月18日放送のUIチャンネルで重要な指摘をされた。
https://www.youtube.com/watch?v=24O1N_5ede8

 日本国民は事実を正確に知るべきだ。メディア情報に頼れば真実から遠のくだけだ。その「情弱」が日本に不幸をもたらす原因になる。

 11月7日の高市首相発言のキモは「どう考えても」である。日本のメディアは高市首相発言について「存立危機事態になる可能性があるとの答弁」と報じるが正しくない。

 高市氏は「どう考えても存立危機事態になり得るケースであると考える」と答弁した。「どう考えても」は「あらゆるケースを想定して考察しても」という意味だから、「必ず存立危機事態になる」と解釈される発言である。

 「存立危機事態になる可能性がある」と「(必ず)存立危機事態になる」との間には天地の開きがある。高市首相は「台湾有事で米軍が来援すれば必ず日本の存立危機事態になる」と述べたことになる。「存立危機事態になる」は「集団的自衛権を行使する」という意味になり、日本は米軍とともに中国と戦争するという意味になる。これは、日中の友好関係を根底から破壊するものだ。

 そもそも、台湾有事で米軍が来援するかもわからない。米軍が来援しても、日本の存立危機事態と認定するためには、慎重の上にも慎重な検討が必要である。首相が国会答弁で可能性を問われたら、「何が起こったかの情報を総合的に判断する」としか答えようがない。高市氏も前段ではそう答えた。ところが、後段で「どう考えても存立危機事態」と述べた。

 1972年の日中共同声明で中国が最後までこだわったのが台湾の中国帰属問題。日本政府は中国の主張を「十分理解し、尊重する」でまとめようとした。しかし、中国が拒絶した。その結果、「ポツダム宣言第八項に基づく立場を堅持する」を書き加えて決着した。

 ポツダム宣言第八項はカイロ宣言の履行を宣言している。カイロ宣言は満州、台湾、澎湖島のような日本が清国から盗取した地域を中華民国に返還することが戦争の目的であるとするもの。中華民国を引き継いだ中華人民共和国が中国の唯一の合法政府であることを日本は認めたから、台湾の中華人民共和国への返還を日本が認めたことになる。これと引き換えに中国は現在価値で1,800兆円とも言われる日本の賠償責任を免除した。日本は十分すぎる恩恵を受けたのである。

 日中共同声明を受けて大平正芳外相は衆議院予算委員会で「台湾と中国の対立の問題は基本的に中国の国内問題」だと述べた。「その中国と台湾との間で武力行使を伴う対立が生じて米軍が来援したら日本は必ず米軍とともに中国と戦争をする」と高市首相が述べたのだ。中国が激怒することに合理性がある。

 高市首相が間違った発言を撤回して謝罪することが必要。これを実行しないから日中関係の悪化はまったく解消しない。鳩山総理が明示された「重要事実」を日本の全国民が確認することが重要だ。

 日中共同声明の文言が固められた経緯の詳細がなぜ明らかになっているのか。当時の外務省条約局条約課長の栗山尚一(たかかず)氏が文書に記載して公表したことにより、詳細を正確に知ることができるようになった。

    私はネット上の情報を検索して栗山氏の説明を丁寧に読み込んだ。2022年に上梓した『日本経済の黒い霧』(ビジネス社)
https://x.gd/IilZNA
の268頁から270頁にこのことを詳述した。

 栗山尚一氏が『霞関会会報』2007年10月号に寄稿した論文「台湾問題についての日本の立場-日中共同声明第三項の意味-」
https://www.jiia.or.jp/column/column-141.html
に詳細が明記されている。

 栗山氏は立場上、米国に強く配慮した表現を用いているが、重要事実を確認することができる。孫崎氏は上記のUIチャンネルの対談で、外務省内部でも、日中共同声明の詳細な経緯を知る者が少ないのではないかと述べた。極めて由々しき事だ。最重要の外交文書に関する引き継ぎさえ適正に行われていない可能性がある。この杜撰な対応が一国に悲劇をもたらす原因になる。

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【寺村朋輝】

<プロフィール>
植草一秀
(うえくさ・かずひで)
1960年、東京都生まれ。東京大学経済学部卒。大蔵事務官、京都大学助教授、米スタンフォード大学フーバー研究所客員フェロー、早稲田大学大学院教授などを経て、現在、スリーネーションズリサーチ(株)代表取締役、ガーベラの風(オールジャパン平和と共生)運営委員。事実無根の冤罪事案による人物破壊工作にひるむことなく言論活動を継続。経済金融情勢分析情報誌刊行の傍ら「誰もが笑顔で生きてゆける社会」を実現する『ガーベラ革命』を提唱。人気政治ブログ&メルマガ「植草一秀の『知られざる真実』」で多数の読者を獲得している。1998年日本経済新聞社アナリストランキング・エコノミスト部門第1位。2002年度第23回石橋湛山賞(『現代日本経済政策論』岩波書店)受賞。著書多数。
HP:https://uekusa-tri.co.jp
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