【BIS論壇】イラン情勢に思う

 NetIB-Newsでは、日本ビジネスインテリジェンス協会理事長・中川十郎氏の「BIS論壇」を掲載している。
 今回は6月20日の記事を紹介する。

 2月末にイスラエルと米国が国際法を無視し、イランを攻撃したが、このほど停戦合意に達したことを歓迎したい。かつて総合商社駐在員としてバグダッド、ベイルートに3年駐在し、石油ビジネスにも関与していたものとして、今回の停戦合意が永続することを祈念する次第だ。しかし今回のイラン戦争ではイランがホルムズ海峡閉鎖、無人機による中東の米軍基地攻撃などで徹底した抵抗を示したことで、イスラエル、米国の戦略は破綻したとみられ、イラン優勢のまま停戦交渉に持ち込まれたとの見方が強い。 

 さて筆者はバグダッドでは1960年代後半、中東戦争を機にイラク向け日本車の大量初輸出に成功した。しかし、それまではイラク市場は欧米自動車メーカーの独壇場であった。    

 だが、73年の第4次次中東戦争を機に中東諸国は欧米諸国がイスラエルに加担したとして欧米車をはじめ欧米主要製品の輸入を禁止。日本車売り込みの絶好の機会が訪れた。 

 しかし欧米自動車メーカーは、「日本車はエンジンが弱く、砂漠の多い中東では不向きだ」と宣伝しており、容易には売り込みは成功しなかった。

 イラク自動車輸入公団からは日本車の性能をチェックするため、砂漠での走行実験をするよう要求があった。サンプル車の日本車・日産ブルーバードをクウェート港から砂漠を越えてバグダッドの自動車輸入公団まで走行させ、問題なければ日本車の輸入を検討するとのことであった。現地店の運転手、日産のエンジニア、セールス担当者、それに筆者が乗り込んだ。砂漠を長時間走行するので、まず飲料水を大量に準備。さらに砂漠の灼熱を避けるため、窓ガラスをシートで覆い、灼熱を遮る努力をした。

 試しに自動車の屋根で卵を割ったところ、たちまち半熟になるほど屋根が焼けていた。砂漠の途中で灼熱によりラジエーターからは水蒸気が立ち上り心配したが、何とかエンジンはもちこたえた。

 8時間の砂漠走行後、バグダッド市内に入ったところ、ちょうど昼時間で、道路のアスファルトが溶けており、タイヤがじりじり焼けて心配したが、何とか自動車輸入公団前に無事到着した。そのかいあって初の日本車、乗用車、ピックアップトラック、マイクロバスなど1,700台(当時の金額で5億円、現在の価格は50億円か)のイラク向け初輸出に成功した。その後も、余勢を駆って、イラク原油の直接輸入をイラク石油公団と開始した。こちらの方は日本の新聞にスクープされたため欧米の石油会社・セブンシスターズがニチメン(現・双日)本社に「ニチメンがイラクから原油の直接買い付けを行うならばニチメン向け石油ビジネスを中止する」と脅され、イラク原油の直接買い付けがとん挫したのは、残念であった。

 写真は日本車買い付けの御礼にイラク大統領府を訪問した際のもの。右から4人目がニチメンの上田専務(その後社長)、3人目が筆者、2人目が深井駐イラク日本大使、1人目が善野・中近東総支配人

右から4人目がニチメンの上田専務(その後社長)、3人目が筆者、2人目が深井駐イラク日本大使、1人目が善野・中近東総支配人


<プロフィール>
中川十郎(なかがわ・ じゅうろう)

 鹿児島ラサール高等学校卒。東京外国語大学イタリア学科・国際関係専修課程卒業後、ニチメン(現:双日)入社。海外駐在20年。業務本部米州部長補佐、米国ニチメン・ニューヨーク開発担当副社長、愛知学院大学商学部教授、東京経済大学経営学部教授、同大学院教授、国際貿易、ビジネスコミュニケーション論、グローバルマーケティング研究。2006年4月より日本大学国際関係学部講師(国際マーケティング論、国際経営論入門、経営学原論)、2007年4月より日本大学大学院グローバルビジネス研究科講師(競争と情報、テクノロジーインテリジェンス)。

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