【特別寄稿】中東危機が半導体供給網の盲点 石油由来素材に潜む製造リスク

News&Chips 編集長 津田建二 氏

News&Chips 編集長 津田建二 氏

 米国・イスラエルとイランの戦争により、ホルムズ海峡の船舶通航が著しく制限され、原油や石油化学製品の供給不安が広がっている。一見、シリコンを主材料とする半導体産業も無関係ではない。製造工程ではフォトレジストや洗浄・現像用の溶剤、基板や封止材に使う樹脂など、多くの石油由来材料が欠かせないからだ。短期的には在庫や代替調達で対応できても、戦争が長期化すれば、調達の停滞やコスト上昇を通じて、複雑な半導体サプライチェーンを揺さぶる可能性がある。

 半導体製品は実に複雑な工程を通ってチップ製品となっており、これらのサプライチェーンはグローバルに展開されている。たとえば、米国で設計されたチップは、台湾で製造され、中国にわたってチップに切り分けられ、封止され、テストを経て製品として世界に出荷される。そのなかの1つの部品や作業が使えなくなると、半導体産業に大きな影響をおよぼすことになる。もちろん、代替品はあってもコストが数倍に跳ね上がるようではこれまでのような発展はできなくなる。

短期的には蓄えはあるが
長期的にはリスク

 半導体製造装置としてレジスト塗布から現像までを自動化しているコータ・デベロッパー装置を得意とする東京エレクトロンの川本弘常務執行役員は、「地政学リスクによる影響は注視する必要がある」としつつ、「現時点では顧客の投資計画に変化は出ていない」と説明している。ただし、米国・イスラエルとイランとの戦争が長期化した場合は、ホルムズ海峡封鎖による化学品調達の停滞や景気減速などの影響が出ることも十分あり得る。

 三菱ガス化学は、サウジアラビア王国にあるメタノールの製造販売を目的とする関連会社AR-Razi社が製造するメタノールの輸送に影響が出ていると、3月3日のニュースリリースで述べている。現在の在庫やほかの供給ソースからの調達も含め、バックアップ手配を行うことで、日本国内向けの供給維持に努めていくが、状況が長期化する場合には、調達コストにさらなる影響が出てくることも想定されるという。

 トルエン、キシレン、メタノールをナフサから製造している三協化学は3月16日、ホームページで、「引き合いが集中しており、大変申し訳ございませんが、一時新規販売を停止しております」と呼びかけており、トルエンやキシレン、メタノールの代替品を推奨しているが、ここには半導体グレードの製品は見当たらない。メタノールの代替品として商品名「エコタール7」をIPA(イソプロピルアルコール)代替として推奨しているが、半導体グレードかどうかについては触れられていない。

半導体製造工程に
複雑なサプライチェーン

 では、半導体産業のサプライチェーン全体を眺めてみよう。すべてのものづくりは設計から始まるといわれているが、半導体製品も同じである。システムからの要望⇒設計⇒設計検証⇒製造⇒テスト⇒出荷、という工程を通る。この工程では、設計以降が半導体産業の扱いとなる。

 メモリやイメージセンサのような設計が単純で大量生産のICでは、設計から製造まで一貫して行うことが多いが、プロセッサやロジックのような複雑な設計が必要な製品では、設計だけを行うファブレスと製造だけを行うファウンドリに分かれている。さらに設計でも、回路の一部だけを設計するIPベンダーや、設計するためのEDA(電子設計自動化)ツールベンダー、顧客からの注文に応じて設計を行うファブレス半導体企業、設計工程を請け負うデザインハウスなどに分かれている。

 製造工程でも、結晶シリコンからウェーハを切り出し、半導体メーカーに納める企業から、そのウェーハを加工して電子回路をつくる前工程のファウンドリ(ウェーハから電子回路を集積した完成ウェーハまでを処理する製造サービス業)、完成したウェーハからチップに切り出し、パッケージし検査する後工程のOSAT(後工程の組み立てとテストを受け持つ製造サービス業)などに分かれている。

 これらの工程のうちとくに石油由来の原材料を使う工程をピックアップすると、設計工程では直接石油由来の材料に関係する工程は少ない。やはり製造工程で使われるものが極めて多いため、製造工程を中心に見ていく。

 半導体製造工程は大きく分けて、シリコンウェーハに電子回路を刻む前工程と、完成したウェーハをチップ(ダイともいう)にカットして端子を設ける後工程(組立工程あるいはアセンブリ、パッケージングともいう)に分かれている。半導体の設計、製造、組立の各工程が複雑な製品は、それぞれ分業している。メモリのように単純な設計でしかも大量生産する製品は、1つの企業が垂直統合ですべてを担っているが、ロジックのように複雑な製品は水平分業が進んでいる。

 回路を刻む前工程では、回路設計図ともいうべきフォトマスクを基にさまざまな回路をつくり込んでいく。フォトマスクは、回路パターンのなかで除去したいところと残したいところを分けるために使うガラス基板である。

 前工程は、ウェーハ準備、酸化、リソグラフィ、エッチング、ウェル形成、ゲート形成、ドーピング(イオン打ち込み)、配線電極形成、パッシベーション膜形成、という工程のうち、酸化からドーピングまでの工程を何度も繰り返しながら回路を形成していく。ビル建設で階層を積み上げていく工程に似ており、単純な流れ作業ではない。回路が形成されると配線電極、さらに多層配線工程に進み、最後にパッシベーション膜でチップ全体を保護する。

 nチャンネルMOSトランジスタとpチャンネルMOSトランジスタから構成されるCMOSトランジスタを形成する最も簡単な方法を【図】に示す。

 【図】の例では、シリコンウェーハを全面酸化し(図a)、p型ウェルを形成するための酸化膜を一部除去する(図b)。単純なこの工程だけでも以下のような手順を通る。酸化する前にまず純水でウェーハ表面を洗浄し、乾燥した後に高温の酸化炉に入れ、数十分酸化する。酸化炉には酸素を流しておく。酸化を終えると、搬送ロボットが炉からウェーハを取り出し、FOUPと呼ばれる搬送容器に1枚ずつ入れる。FOUPには最大25枚のウェーハを収容できる。

【図】CMOSトランジスタの一般的な製造工程

 酸化膜の一部を開口するため、次に、FOUPを天井搬送システムでイエロールーム内のリソグラフィ工程へ搬送する。リソグラフィ工程では、ウェーハ洗浄・乾燥、レジスト塗布、プリベーク、露光、ポストベーク、現像などの作業を行う。【図】にはないが、この時点で、開口部にあたる酸化膜上のレジストが取り除かれている。そして開口部の酸化膜をエッチングで除去し(レジストはほとんどエッチングされずに残る)、最後にレジストも除去すると【図b】のような開口部が出来上がる。

 つまり、単に穴をあけるだけの工程でも、これだけの作業を行う。このためIC製造には2~3カ月かかることになる。

半導体グレードの化学品

 これらの工程に使われる化学薬品を列挙してみると、【表】のようになる。シリコンウェーハなどの無機材料は鉱物資源からつくられるものが多いが、有機材料には石油由来の多くの材料が使われている。【表】には含めていないが、新聞などのメディアでよく取り上げられるのはヘリウムガスが多い。天然ガスの採掘時の副産物として取り出すからだ。ヘリウムガスは不活性ガスとして反応しにくい。

【表】半導体前工程と後工程に使われる代表的な材料とメーカー

 また水素の次に軽いため反応させたい分子を運ぶ時のキャリアガスとしても使われる。さらに液化温度が4K(マイナス269℃)と極めて低いため、精密な温度制御が必要なEUVなどの製造装置の冷却システムにも使われる。

 代表的な有機材料はフォトレジストや現像液、洗浄液などであろう。また有機金属材料も、有機分子の部分は石油由来が多いようだ。

 たとえばフォトレジストには、光が当たると現像液で溶けてしまうポジ型と、溶けないネガ型があり、それぞれ最適な現像液がある。このためレジストは現像液とセットで使われている。フォトレジストは、単なる1つの材料ではなく、主成分としてポリマー樹脂、感光剤、溶剤の3種類を含むだけではなく、さらにウェーハへの塗布のしやすさや、反応速度の速い光化学反応、エッチング耐性なども加味した添加剤などの複合材である。

 現像液は基本的に有機溶剤であり、不要なフォトレジストを溶解除去する役割がある。ポジ型レジストにはアルカリ現像液としてTMAH(テトラメチルアンモニウムハイドロオキシド)がよく使われている。ネガ型レジストには酢酸ブチルなどの有機溶剤が使われているという。

 また、半導体プロセスでは常に洗浄工程が入り込んでくるため、有機溶剤が多く使われている。たとえばリソグラフィ工程では毎回洗浄プロセスが入る。有機溶剤のなかでもアセトンやトルエン、キシレンなどの溶剤は原油を精製してつくられるナフサを原料にしているため、米国・イスラエルとイランとの戦争の影響は大きいと思われる。

 半導体プロセスでは、不純物を嫌うため、純度が高いことやナトリウムイオンを含まないことなどが要求される。アセトンやトルエン、キシレンなどの溶剤も同様で高純度が要求される。

後工程にも影響がおよぶ

 有機系材料を使うのは前工程だけではない。後工程でも多い。まず最近のCPUや高集積プロセッサではプリント回路基板上にチップを実装する。この基板は、ガラスクロスに石油由来のエポキシ樹脂などを含浸させた材料でできている。しかも多層配線を施した回路基板が多く、その層間絶縁膜もガラスエポキシのFR-4が多い。変わったところでは、味の素は、ABFという樹脂を使うビルドアップ基板の層間絶縁膜で高いシェアをもっている。

 チップを基板に載せて固定するダイボンディング材料としての銀ペーストやフィルム樹脂なども石油由来である。

 シリコンチップ上の電極をワイヤボンディングで外部電極とつないだ後、最後にチップを保護する封止樹脂もエポキシ樹脂をベースとしている。ただし、エポキシ樹脂にガラスの細かい粒(フィラー)を混ぜ、シリコンとの熱膨張係数を近づけている。さらに難燃剤なども含み、エポキシ樹脂といえどもさまざまな材料を混ぜ合わせているため、半導体向けの封止樹脂メーカーは、コンパウンドメーカーとも呼ばれる。ほとんどすべての半導体量産製品にこの封止樹脂が使われている。

 保護膜として使われるソルダーレジストは、プリント回路基板では昔から使われてきたが、最近では半導体パッケージにも入り始めている。真っ黒なソルダーレジストは日本の太陽インキ製造しかつくれないとしてアップル社のスマートフォンに使われている。

長期化への対策も不可欠

 戦争が長期化した場合に備えることも重要になってきた。対策としては、石油由来ではない代替品を探す、溶剤をできる限りリサイクルして再利用につなげる、溶剤の使用量をできるだけ削減しながらも同じ効果が得られる技術を開発する、などの方法を進めていくべきだろう。もちろん、政府や流通関係者は、中東以外の輸送ルートを探すことが必須である。

 半導体製造では周囲のほこりやごみなどのコンタミネーション(汚染物)をひどく嫌う。このため、使用済みの薬品を回収してリサイクルすることは不可能と思われていた。しかし、最近は回収・再生できる装置も現れている。

 国内大手半導体メーカーでは、フォトレジスト剥離工程で使用されるNMP(N-メチル-2-ピロリドン)を回収するため、専用蒸留装置を導入したという。半導体の微細化が進むほどレジスト残渣などの不要レジストの完全除去が不可欠となってくる。不純物を除去して再利用可能な状態に戻すことで、年間使用量を30%以上削減し、廃棄処理コストも減少させ、環境負荷低減とコスト削減の両立を実現したとしている。

半導体メーカーだけのリスクではない

 石油由来の材料を使う業種は数えきれない。プラスチックそのものが石油由来であるため、バスタブ、ごみ出しの袋、ペットボトルなど数えきれないほど身近なところにもある。半導体メーカーに限らず、この問題は生産工場だけでなく、オフィスにも影響する。さまざまな備品や消耗品を調達しにくくなれば、オフィス環境は悪化するため、日本企業は経営リスクとしても認識すべきであろう。

 福岡を中心とする地方企業や中堅企業にとっても、この問題は無関係ではない。プラスチック製品の安さや便利さが損なわれる環境になり得る。プラスチックは最近では再利用も可能になってきており、その便利さが見直されている。


<PROFILE>
津田建二
(つだ・けんじ)
国際技術ジャーナリスト、セミコンポータルならびにnewsandchips.comの編集長を務める。半導体・エレクトロニクス産業を40年取材。日経マグロウヒル(現・日経BP)を経て、リード・ビジネス・インフォメーションで、「EDN Japan」「Semiconductor International日本版」を手がけた。同代表取締役。米国の編集者をはじめ欧州・アジアの編集記者との付き合いも長い。著書に、『エヌビディア半導体の覇者が作り出す2040年の世界』(PHP研究所)、『半導体ニッポン』(フォレスト出版)、『知らなきゃヤバイ!半導体、この成長産業を手放すな』(日刊工業新聞社)など。

関連記事