鹿児島大学名誉教授
ISF独立言論フォーラム編集長
木村朗
今回のブログでは、9月13日に投開票された沖縄知事選を取り上げて、その結果についての評価とSNSの影響、隠された争点などを考えてみたいと思います。
1.沖縄知事選の経緯と結果について
13日投開票された沖縄知事選には、玉城デニー氏、古謝玄太氏を含む6人が立候補した。開票結果(確定)は、以下の通りである。
当 古謝 玄太氏 42万3,124
玉城デニー氏 27万6,060
兼島 俊氏 4,657
比嘉 隆氏 3,542
屋良 朝助氏 2,467
末吉 正弘氏 2,270
今回の選挙戦は、事実上の玉城デニー氏、古謝玄太氏の一騎打ちとなったが、新人で元那覇市副市長・古謝玄太氏(42)(自民、維新、国民、参政、保守、公明県本部推薦)が、投開票締め切り直後の「ゼロ打ち」で当確を決めて、最終的に42万3,124票と過去最多得票を獲得して初当選した。現職の玉城デニー氏(66)(共産党、社民党、社会大衆党、いのちの党が支持)は27万6,060票で14万票以上の差がついた。知事選の投票率は61.57%で、前回2022年知事選の57.92%を3.65ポイント上回った。
古謝氏は県政史上最年少、1972年の沖縄の日本復帰後の生まれで初めての知事となる。オール沖縄は初めての知事選敗北となった。辺野古新基地建設反対の「オール沖縄」が支援した玉城氏は、2期8年の実績(観光収入や県民税の増大での沖縄経済の好調さなど)を強調したが、支持拡大にはつながらなかった。
古謝氏は辺野古移設を容認する姿勢を打ち出した。2014年7月の辺野古埋め立て着手以降、知事選で現行計画に容認の立場で当選したのは初めてとなる。下地幹郎元衆院議員が告示直前に立候補を取りやめたことで「保守一本化」の追い風が吹いたことも大きかったと思われる。古謝氏は「普天間基地の返還期日の明示」を求めており、今後の日米両政府の対応が焦点となる(「沖縄タイムス+プラス」、26年9月14日など)。
今回の沖縄知事選での主な争点は、これまで最大の争点だった米軍・普天間飛行場(宜野湾市)の名護市辺野古移設計画の是非ではなく、経済や暮らしの課題であったと多くのメディアが伝えている。共同通信の出口調査では、投票先を決める際に最も重視した問題として「経済の活性化」を挙げた人が49.5%、「基地問題」は20.9%だった。経済を重視した人の78.7%が古謝氏に投票し、基地問題を重視した人の72.9%は玉城氏を選んだという。
確かに、沖縄経済は25年度の観光収入(1兆747億円:前年度比9.4%増)は過去最高で県内景気は23年10月以降、連続で「拡大基調にある」と指摘される一方で、沖縄県の1人あたりの県民所得は231万5,000円(23年度)で、伸びてはいるものの全国最低水準の状態が続く。子どもの貧困率も、改善傾向にあるものの24年調査では21.8%とまだ深刻な状況にある。
玉城氏は「誰一人取り残さない社会をつくる」をスローガンに、2期8年間の実績(観光収入や県税収の増加を背景とする好調な沖縄経済、バスなどの通学費や給食費の無償化、子どもの貧困率の低下など)をアピールする一方、古謝氏は「県民所得を10年で2倍に」と掲げ、子育て支援や観光収入もさらに増やすと訴えた。
しかし、両陣営とも普天間基地の辺野古「移設(事実上の新設)」計画や自衛隊の増強など基地問題に触れることは少なく、安全保障政策についての論戦が低調だったというのは事実である。辺野古問題より暮らしや経済を重視したという有権者の投票行動の背景には、19年の県民投票で示された圧倒的な沖縄県民の民意(投票総数の7割を超え、今回の古謝氏の獲得票数を上回る)に反するかたちで強行される辺野古新基地建設の既成事実化(国との行政裁判での沖縄県の敗北もその前提)がある。
元テレビ朝日社員・玉川徹氏は、「基地問題はあきらめと疲れ。高齢なので経済の方が優先になる」(70代男性)という言葉に注目して、「かつて普天間の辺野古への移設問題がいちばん大きな争点になった時には、県政が反対と言えば止まるんだという期待があったと思う。ところが、裁判では負けてしまうし、その間にどんどん工事が進んでしまう。この現実を見ると、結局止まらないのかと」と指摘している(Yahoo!JAPAN 9月14日)。
日本政府と大企業、アメリカの軍産複合体という巨大権力に抗い続ける困難さに直面して、「ある種あきらめと無力感」が沖縄県民のなかに生まれていたのでは、という沖縄が置かれた厳しい現実に対する率直な指摘は重い。
また、沖縄県の経済状態が観光収入や県税収の増大などで好調であったとしても、沖縄県民の多くが「生活状態が良くなった」と感じられなかったのでは、と伝えられている。それは、「辺野古移設の拒否」を貫く玉城県政への政府による意図的な沖縄関係予算減額に示される冷淡な対応だけでなく、ガソリン代や食料品・光熱費の値上がりや物価高などイラン危機の日本経済への深刻な影響が沖縄も直撃しているからだ。もちろん、それは沖縄県・玉城県政の責任ではなく、日本政府の政策に関連した全国的な問題であることは明らかである。
そして日本政府は、辺野古新基地を容認する古謝氏の当選を受け、これまで玉城県政が求めても応じなかった沖縄振興費3,000億円台を来年度の沖縄振興予算で積み増す方向で調整している(先月末の概算要求の段階では内閣府からは2,897億円の27年度の予算額が示されていた)。そして、玉城知事との対話を拒否していた高市首相は、古謝氏との面談を当選直後の15日に行うなどの手のひら返しの対応ぶりを見せている。
なお、この他に今回の沖縄知事選で私が注目したのが、次の2人の候補である。
その1人の無所属新人の比嘉隆(ひが・たかし)氏(49)は、「沖縄県民の命と健康を守るため、私の命をかけて全力で取り組む」(1.コロナワクチン接種を中止する、2.ワクチン後遺症対策部を沖縄県に設置する、3.ワクチン被害者に毎月10万円支給する、4.ワクチン被害者を救済する制度をつくる)を訴えた。(「選挙ドットコム」より)
また、もう1人の地域政党「琉球独立党」新人の屋良朝助(やら・ちょうすけ)氏(74)は、「東アジア及び琉球の自治に関する条約【4者条約】(素案) 要点」(1.旧琉球地区全域を非武装地帯にする協議。2.琉球海域の膨大な資源をアメリカ合衆国と中華人民共和国に提供する。3.日米合同委員会を廃止し、日米地位協定も日本有利に変更する。4.琉球を自治地域とする。5.中国は台湾に武力侵攻しないことを約束する。6.米国と中国、米国と日本は直ちに協議すること。)を掲げた。(「選挙ドットコム」より)
今回の知事選でのこうしたテーマは残念ながら争点とはならず両者とも落選したが、沖縄だけでなく日本にとっても重要な問題提起であったことをここで確認しておきたい。
2.沖縄知事選での玉城デニー氏敗北とSNS拡散の悪影響
今回の沖縄知事選が異様であったのは、SNSを使った各候補者、とくに酷かったのが玉城デニー氏とその陣営への異常ともいうべき誹謗中傷・デマ・人格攻撃である。
《今回の知事選を巡って、SNS上で偽・誤情報や誹謗中傷を含む多数の投稿や動画が拡散されていた。9月12日のNHKニュースによると、告示日以降の沖縄県知事選に関するXの投稿は106万件以上に達し、候補者への誹謗中傷や生成AIで作られた偽情報も多く拡散していた。またYouTubeで1万回以上再生された動画の40%は玉城氏を批判する内容で再生回数も圧倒的に多かった。次に33%を占めたのが古謝氏を応援する動画だったという。玉城氏にマイナスとなる内容の動画が多く見られていたことになる。》(dmenuニュース:9/15)
沖縄県知事選で敗れた玉城デニー氏は13日夜、自身を誹謗中傷する投稿やデマが交流サイト(SNS)上などで横行したとして「ひどいありさまが野放しになっている」と述べ、「(一部の)有権者の選択がゆがめられた」のではないか、との懸念を示した。
玉城氏側への中傷は、3月に名護市辺野古沖で2人が死亡した船転覆事故後からSNSで飛び交った。知事選期間中には、玉城氏に似た人物が工事車両にひかれるような動画も拡散した。
玉城氏の選挙事務所によると、11日には玉城氏を装った偽メール(「『沖縄県』を『琉球県』に改称する」「投票した方へお礼の品を渡す」という事実無根の内容)が県内各所に一斉送信されたという(「共同通信」26年9月14日)。
大浜一郎県議が8月9日に、「玉城デニー知事を支えているのは極左暴力集団などだ」と発言した問題も看過できない。
玉城デニー陣営幹部は、こうした誹謗中傷やデマ・偽情報のうち一部について、刑事告訴に向けた法的手続きを準備するとの声明を出すとともに、玉城氏は国によるSNS対策を求めた。ある専門家は「選挙結果に一定の影響があったと考えられる。投稿者に対する規制強化が必要だ」と指摘している(YAHOO!ニュース9/15)。
ここで触れた問題を取り上げているのが、いのちの党支持者でYouTuberの根本良輔氏である。
《今回突然始まった話ではない。辺野古をめぐる事故の頃から、SNS上ではデニー氏を攻撃するような投稿や動画が大量に流れていた。本来、デニー氏個人の責任とは言えないような出来事まで、あたかも“デニーのせい”であるかのように語られる。それがショート動画などに加工され、繰り返し拡散されていく。こうしたSNS上の印象操作は、ここ数年の選挙で極めて大きな影響力を持つようになった》(【根本良輔 note】(26年9月14日):【沖縄県知事選】玉城デニー敗北…SNS選挙の恐ろしさと、これから沖縄で起きること)。
確かに、このような傾向は、国民民主党の躍進、石丸伸二氏の東京都知事選、参政党の伸長などでも見られたが、とくに顕著であったのは、高市政権に圧倒的勝利をもたらした今年2月の総選挙における、SNSの悪用の問題であろう。
週刊文春によれば、高市早苗首相の陣営が今年2月の衆院選や2025年の自民党総裁選で他候補を中傷する動画をSNSに投稿したことが大きな話題となった(「朝日新聞」:高市氏陣営による中傷投稿報道 「秘書とやり取り」と男性が証言 26年5月18日)。
この総選挙で、高市陣営が中傷動画拡散と高市PR動画を一億回再生したときに使われたのが「スマホ農場」とも呼ばれているもので、その費用は内閣広報費7億円から支払われたといわれている。そして、高市政権は、8月には熊本地震の被災地視察動画が「プロモーション動画のようだ」と批判された直後に来年度の内閣広報費を“7億から72億”の10倍超の予算要求をしていることが明らかになった(「時事通信」8月27日の報道)。
(つづく)









