中医学から見た現代日本──鍼灸師・長尾良一に聞く(2)

福岡大学名誉教授 大嶋仁

 長尾良一氏(長尾治療院院長、唐津市)を知っている人はそう多くはあるまい。NetIB-NEWSで何度か紹介されてはいるが、「知る人ぞ知る」といった知名度だ。
 しかし、氏の見識はたしかで、その基礎は中医学にある。中医学とは古代中国の医学理論に基づいた医療であり、それを日本化した「漢方」とは一味も二味も異なる。
 氏と最近会ったのを機に、さまざまなテーマで話してもらった。以下は、そのいくつかを選んでまとめたものである。

2 中医学と漢方

 長尾良一氏に漢方と中医学の違いについて尋ねてみた。氏の答えは以下のものである。

「私自身は鍼灸師となってから、いつも医療の根本にあるものは何かと考えてきました。ただ病気を治せればよいという訳ではないのです。日本国内にそうした哲学を持つ治療師がいるかと探してみたのですが、見つからなかった。そこで思い切って中国に渡り、本場の伝統医療を学んだのです。現地へ行ってみて驚いたのは、共産主義の国ではあっても、古来の医療がその思想とともに生きていたことです。私は迷わずその世界に飛び込み、技術だけでなく、思想をも学んだのです。つまり、中医学に開眼したわけです」

 氏が中国へ初めて行ったのは今から40年ほど前だという。中国はまだ経済大国ではなく、飛行場も「草ぼうぼうの荒れ地」だったという。しかし、そこには本物の中医学があった。日本からは消え去っていた本物の伝統医療が残っていたのである。

「私が中国で学んだ最大のものは、すべてを全体として見ること、部分の病は全体を見なくては理解できず、全体を見ることができて初めて適切な治療が施せるということですね。これを学んだ私は、もはや漢方医ではありません、中医学の治療師となったのです」

 では、中医学の根本思想とはどういうものか。

「そもそも中医学の第一目的は、人間の身体は自然環境の不断の影響のもとにあるので、その影響を熟知して身体と心のバランスを整えることにあります。具体的には、患者の身体状況を指で触り、対話を通じてしっかり把握し、それに応じた治療方針を定めることです。西洋医学的には同じ病気でも、個々の身体状況は異なるので、それぞれの人の体質に合った個別治療が必要だということになります」

 つまり、個別治療の重視である。現代の医療が向いている方向、すなわち一般化・普遍化とは逆の方向を向いているのだ。これは極めて重要なことであり、そこに西洋医学では得られない可能性が開かれていると思われる。

長尾治療院 院長 長尾 良一 氏
長尾治療院 院長 長尾良一 氏

「もう1つ中医学で重要なのは、未病先防といって、将来起こるかもしれない大きな病気の兆候を察知し、それを未然に防ぐことです。西洋医学は症状が出たら、その症状を消すための最短距離をまっしぐらに進むのですが、身体全体を周囲の環境と一緒に理解する中医学は、時間をかけて健康な身体と精神とを培うことを重視し、病気を治すこと以上に、病気にならない身体をつくることを目指します」

 なるほど、そうであるならば、これは西洋医学を十分に補完し得るものとなるであろう。氏自身も、そう思っており、アメリカの学会に招かれたときはそのことを強調したという。それなのに、日本では中医学はさほど評価されていない。その点で、氏は日本を医療に関する「後進国」と見ている。

 氏は言う、「中医学は日本でそれ相応の地位を与えられていません。医療界全体がいまだに西洋風に浸かりきっているんです。同じ東アジアでも、中国には北京中医薬大学のような伝統医学だけの大学が数多くありますし、韓国にも大邱漢医大学校のような伝統医学のための大学がありますが、日本は鍼灸師の資格を取るための専門学校がほとんどで、特定大学の医療系学部のなかに鍼灸科がある程度です。そこでの教育は技術のみで、根本の哲学が欠如しているのです。これでは、そこで資格を得た鍼灸師たちが、自分たちは医療業界の一翼を担っているという自覚を持つはずがありません。日本は医療システムを根本から見直さねばならないでしょう」。

 もちろん、そのように言う氏も、中国や韓国においても西洋医学が主流となっていることはわかっている。西洋医学には中医学にはない「即効性」があるから、現代人には不可欠だということもわかっているのである。しかし、そうであっても、中国や韓国には依然として「副流」としての中医学がある。それがないのは日本だけで、そこが問題だというのである。

 「日本の医療が西洋医学に傾いているのは、現代社会全体が効率主義に傾き、メディアが商業主義に走り、人々にじっくり考えることを許さないからです」と氏は言う。そういうわけで、「今の医療は最悪な状況になっている」と心を痛めているのである。

 では、この現実から抜け出すには何が必要か。まずは、現状を認識すること。そして、解決策を求めることである。中医学の存在はその意味で重要だ、と氏は力説する。

 しかし、「中医学」という言葉すら知られていない今の日本、今後も大きく変わることはないのではないだろうか。

 これについて氏は言う、「だからこそ、変えなくてはならないのです」と。そしてそのために、多くの人に自分の考え方を知ってもらいたいと言うのだ。「なにも医療に限ったことではありません。現代の日本人は全体を見ることを忘れているために自然を破壊し、無茶なまちづくりをし、家庭を崩壊させているんです。ひきこもりが増えているのは、その何よりの証拠です。教育だって、でたらめじゃないですか。こんなことで皆がAIに依存するようになれば、お先真っ暗ですよ。」

(つづく)

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