福岡大学名誉教授 大嶋仁
長尾良一氏(長尾治療院院長、唐津市)を知っている人はそう多くはあるまい。NetIB-NEWSで何度か紹介されてはいるが、「知る人ぞ知る」といった知名度だ。
しかし、氏の見識はたしかで、その基礎は中医学にある。中医学とは古代中国の医学理論に基づいた医療であり、それを日本化した「漢方」とは一味も二味も異なる。
氏と最近会ったのを機に、さまざまなテーマで話してもらった。以下は、そのいくつかを選んでまとめたものである。
4 依存症の時代
現代は薬の時代である。医者は薬を処方しさえすればよく、それによって生業が成り立っている。製薬会社の儲かりようはすさまじいもので、コロナワクチンの製造会社が莫大な富を得たことは多くの人が知っている。医師会と製薬会社の関係は極めて密接で、学会活動や研究資金が製薬会社によって成り立っていると言ってよい。つまり、医学と製薬業が産学共同体をなし、利益を共有しているのである。
この実態は、医療の低下と薬物の品質向上をもたらす。医者の代わりに、薬が病気を治してくれるのである。多くの開業医は製薬会社の代理店よろしく、クリニックのとなりの薬局と提携し、双方が利益を得る仕組みだ。
長尾氏はこの現状に鑑み、以下のように言っている。
「たしかに、現代の薬は品質が向上しています。医師の処方箋を基にして薬局で販売される薬は、20年前に比べて格段に機能性が高いんです。機能性があんまり高いものだから、薬が自主的に治癒力を発揮してしまう。つまり、薬が医者の代わりに勝手に病原菌を退治してくれるということで、このような薬が生まれれば、医者は要らなくなります」
これを聞いて、私は東京の都心で開業している医師のことを思い出した。この医師は、患者のことより新薬の効果のほうをよく勉強しているのだ。
それにしても、長尾氏の言う「薬の自主的な機能」から、私は現代世界を席巻しつつあるAIを連想した。薬物の機能性に相当するものが、AIにおける「生成」なのではないかと。「生成」とは「自主的に生み出す」ことだ。AIの前身であるコンピューターにはない「新機能」が、生成AIには備わっているのである。
人間の脳は生物の脳であるから、刻一刻と「生成」をする。外から入ってくる情報を即座に整理し、それを基に出来上がった新たなビジョンを次々と構築し、それに沿って行動するようにできている。コンピューターはこれを真似てつくられたが、本物の脳とは差が歴然としてある。そこで、その差を埋めようとしてつくられたのがAIなのである。
AIは「機能性」を身上とする。スピードもコンピューターの何千倍だし、情報収集範囲も途轍もないものがある。AIと新薬、この類比は興味深い。
AIと医療界の新薬を比べると、なるほど似た面がある。両方とも身体や脳という自然物に大きく作用し、それに対する「依存症」を生み出すのである。現代人は医療業界を通じて薬物依存に陥り、さらに「サプリメント」という半薬物にも依存している。これと並行して、「便利だから」という理由で、自然から備わった知能を放棄し、人工知能に依存するのである。
この現象は「日本だけのものではなく、世界中がそうだろう」と自らを慰めようとしても始まらない。「横断歩道、みんなで渡れば怖くない」は完全な嘘だからだ。私たちは1人ひとり、自分のことを真っ先に考えるべきだ。メディアの言うことや、お隣さんの言うことなど、後回しにすべきだ。
さて、以上のような状況に日本が陥ったのは、なぜか? これについて、長尾氏は以下のように言う。
「楽をすることに慣れてしまったからですよ。医者は機能性の高い新薬に頼り、オフィスは、そしてジャーナリストや学者でさえも、AIの即効性に依存し、自分で考えることをしなくなったのです。つまり、人類はせっかくの知能を台無しにし、右往左往している。日本人もそういう人種になりつつあるのです」
敗戦後の日本が貧困から立ち上がったのは、必死に生きようという強い願望があり、貧しくても多くの子を産み育て、一生懸命に働いたからだ、と氏は言う。そのことを今の日本人はすっかり忘れていると言うのだ。「つまり、経済のバブルはとっくに消えたにもかかわらず、精神のバブルはまだ続いているんです。愚かを通り越して、極めて深刻です」と氏は憂える。
経済界では「失われた30年」と言われる。しかし、本当に失われたのは、「生きる力」だと氏は言う。
「身体を動かして働くことの喜びを味わうことを忘れたら、日本人に何の取り柄があるんです? 人間、何かをやってやろうという進取の気性が大事なんです」
このように氏に言われても、「時代の趨勢だから仕方がない」という気もする。そういう私の心をすばやく察知した氏は、こう付け加えた。「心配し過ぎちゃいけませんよ。心配は体に悪いんです。中医学の立場から言わせてもらえば、まだ生きのこる可能性は十分ある。身体に元気を回復すれば、道は開けるんです」。
「人間は精神力から」というが、中医学ではこの生命力に相当する語が「元気」である。私たちが言う「元気」とはちがって、人間が本来もっているはずの「元の気」のことを言うのだ。これを現代人は失っているというのが長尾氏のもっぱらの主張である。各々が自身の中に「元気」を回復すれば、世の中の見え方が変わり、人生観も変わり、やる気が出て来ると言うのだ。
氏は「元気」の大敵は「楽」に走ることだという。AIや薬物への依存は「楽をすること」にほかならないから、これらへの依存は「元気」を殺すのである。
ときに、世の中で「薬物依存」というと、「麻薬中毒」のことを指す。これは狭い意味での薬物依存であって、今言っている「依存」とはちがう。現代人の恐るべき点は、医療薬品やサプリメントという名の薬物への依存であり、また生成AIといった便利に過ぎる道具への過度の依存である。現代は依存症の時代なのだ。
(つづく)









