【特別寄稿】物価高倒産時代の調達戦略と中小製造業の生存条件

未来調達研究所(株)
経営コンサルタント 坂口孝則 氏

未来調達研究所(株) 経営コンサルタント 坂口孝則 氏

 物価高倒産は、もはや一過性の現象ではない。2025年度の物価高倒産は1,000件弱と2年連続の過去最多を更新した。中小製造業の経営者から「もう打つ手がない」という声を聞く機会が増えた。ただ私は調達コンサルタントとして打つ手はあるものの、それは「もっと安く買う」という従来の発想の延長線上には存在しない。製造業の現場で起きている具体的な事実と、生き残っている企業がいま実行している施策を提示する。そして最後に、調達では解決しない領域について述べたい。

25年度「物価高倒産」過去最多
その構造と地方特有のリスク

 「娘が悪い男ばかり好きになってしまいます。どうしたらいいでしょう?」。有名な経営者の回答は「そりゃ、そんな男を好きにならないように育てるしかないでしょう」。私は笑った。たしかにそうだ。私は「なかなか値上げできません。どうしたらいいでしょう?」と訊かれる。本音でよければと前置きし「そりゃ、値上げできる魅力的な商品をつくっておくべきでしょう」と答える。

 調査会社等の集計によれば、2025年度の倒産件数は1万件を超える。4年連続増加だ。さらに、このうち物価高倒産は1,000件弱で過去最多だ。業種別では建設業、小売業、製造業と続く。注目すべきは規模感で、その負債額別では「1億円以上5億円未満」が最多を占める。零細ではなく、ある程度の規模をもつ事業者が消えている。

 私は年に100回以上の出張を重ねるなか、以下のような地方特有のリスクがあるように感じている。

 第1に、価格転嫁率の格差だ。興味深いことに、地域というよりも、その場所の固有な慣例といったほうが近い。中小企業庁の25年9月調査によれば、価格転嫁率は全国平均で50%をやや超える。ただし、都道府県別では島根の約59%に対して岩手は約46%と、13%もの開きがある。これは経済構造の差というより、地域の取引慣行とでもいえる差だ。

 第2に、サプライチェーンの階層が深いほど転嫁率が下がることだ。経済産業省のデータでは、1次下請けの転嫁率が5割超に対し、4次下請け以上では4割程度まで落ちる。地方の自動車部品ティア2(2次下請け)やティア3(3次下請け)の現場では価格転嫁できないのが常態だ。

 第3に、地方銀行の指導力の低下だ。地銀は今では各地域のアドバイザリー役を果たせていない。地方には経営コンサルタントが少なく、その役割を銀行が担ってきた。地方の中小企業を正しくバリュエーションできなければ、融資の引き締めに動くしかない。物価高で運転資金需要が増えている正にそのとき、資金が回らなくなるとは皮肉だ。

調達戦略における考え方の転換

 「JITのほんとうの意味って知っていますか?」と、地方である企業の調達担当者から訊かれた。ジャスト・イン・タイムでしょう、という私に、「ジェイル・イン・ティア0」だという。ティア0の監獄、つまり在庫がゼロになるのは頂点に君臨する巨大メーカーだけで、その下々は苦労をしていますと。頂点のメーカーからはコスト削減しか依頼されないのだ、と。

 しかし、監獄から少しでも脱却できないか。中小製造業の調達担当者に話を聞くと、いまだに「相見積もり3社」を金科玉条のように口にする。これはもはや昭和の発想である。理由は単純で、相見積もりで下げた1~2%の単価差は、納期遅延で簡単に吹き飛ぶからだ。

 考え方の転換は3つある。

 第1に、単価交渉から総コスト交渉への転換だ。材料単価だけでなく、歩留まり、段取り替えの時間、不良率、物流コスト、在庫保管費を合算して評価する。第2に、仕様共通化と代替材検討だ。たとえば鋼材グレードを見直す。実例として、ある精密板金会社では、過去5年の図面を洗い直し、材料種類を87種類から34種類まで集約し、購買単価を平均7%下げた。第3に、AIによる調達業務の高度化だ。図面情報をデータ化し、新規の図面から価格を予想する程度であれば、AIエージェントで可能になっている。あとは経営陣が理解し導入するだけだ。

 地方の事業者ほど最新のテクノロジーの導入が遅いが、「人間がやらなくていい仕事を機械に渡し、人間は戦略的判断に集中する」ことが重要だ。中小企業ほど担当者が1人で多くの仕事を抱える。だからこそAI活用の効果が大企業より大きい。「ジェイル・イン・ティアゼロ」の状況を伝えたが、単なる下請から脱するために付加価値業務に専念するためにもAI活用が必要だ。私たちに武器は用意されている。

価格転嫁できない事業者の
サプライチェーン再設計

 「うちは顧客に値上げを言えない」。地方の製造業経営者から最もよく聞く言葉である。「じゃあ原材料が100倍になっても言わないのですか?」と聞くと「極端だろう」と言う。「わかります。数%だから言えないんでしょう。ですが、その数%で利益は大幅に改善します。しかもコストが上がっているのは事実です。その値上がりの事実を認めない顧客とは、取引を見直しましょう」と私は調達コンサルタントの立場から述べる。売る方と買う方は平等のはずではないか?サプライチェーンを再設計せねばならない。

 サプライチェーン再設計とは次の手順だ。

 第1に、顧客ポートフォリオの粗利別ABC分析を行おう。多くの中小製造業では、上位5社で売上の7、8割を占める一方で、粗利では下位の小口顧客のほうが利益率は高い、という逆転現象が起きている。それなら小口顧客に収益を拡大したほうが良い、とする戦略はあり得る。第2に、粗利の薄い大口顧客に対して、明確な値上げ通告を行うことだ。応じなければ、次の2年で取引縮小すると宣言してよい。第3に、その間に新規顧客開拓に経営資源を振り向けよう。

 個人的な話だが、私は決まって「不条理な要求をするお客はお客ではないので、販売中止。丁寧な方には、こちらも丁寧に。クレーマーには時間を費やすのではなく無視。より良い社会をつくるために、よいお客さまのみに時間を費やす」と伝えている。なぜ私たちは不条理な人間に時間を費やす必要があるのか、と再考を勧めたい。

 下請法は26年1月、中小受託取引適正化法(取適法)に改められた。発注者が受注者との価格協議に応じず一方的に代金を決める行為が新たに禁止されたのだ。中小企業からすれば、交渉のテーブルで使わない手はない。

 もちろんこれは調達も同様だ。過剰な値上げには、適正に査定して価格を下げるのが良い。適正に価格を決めることが、コンプライアンス時代に最も重要だ。正当なことを伝えて、それを拒絶する取引先があれば、それは営業先であれ調達先であれ、取引をお断りする対象だと私は思う。

イラン情勢・地政学リスク
調達コストへの影響は

イメージ    なぜなら、まともに論理的な話ができない相手とは取引先コストが増大する時代だからだ。26年2月、米国とイスラエルによるイラン攻撃が始まり、ホルムズ海峡は事実上の封鎖状態となった。日本郵船・川崎汽船などは通峡の通貨を停止。原油価格は急騰した。

 「イラン戦争ですか、ピンときませんね」。3月の中旬から下旬までは、サプライチェーン関係者にイラン戦争の影響を聞いてもこのような反応が一般的だった。しかしサプライヤーとの連携が密接な企業は「ヤバイですよ。ただちに自社分の確保に動いています」と話していた。難しい話ではない。たったの数時間だけ早くサプライヤーに連絡しただけで生産をつなぐことができた──という話はいくらでもある。イラン戦争でいえば、原油やLNGから始まって、原油由来製品の影響を察知して、すぐさまサプライヤーにキャパシティの確保を依頼すればよかったのだ。

 とくに今回のイラン戦争。中小の事業者に直撃する経路は4つある。第1に、エネルギー価格。日本の原油中東依存度は90%を超えている。ホルムズ海峡経由がほとんどで、電気・ガス料金は燃料費調整制度を通じて、おって反映される。第2に、樹脂原料価格。プラスチック・合成繊維・医療用途などのナフサ由来の化学品が直撃を受ける。第3に、海上輸送費。タンカー回避による運賃上昇が船主から荷主へ転嫁される。第四に、戦争リスク保険料。これはホルムズを通っていない企業も、二次・三次で必ずダメージを受ける。

 中小製造業がいま実行すべき備えは明確だ。第1に、樹脂・潤滑油・溶剤・アルミ・銅・電子部品について、二次サプライヤーまでを聞き取り調査する。完璧ではなくても、リスクを少しでも減らすことが重要だ。第2に、在庫日数を品目別に見直す。重要原料は通常1.5倍に積み増す。第3に、長期契約への切り替え交渉を行う。スポット価格は今後乱高下するため、固定価格契約のメリットが大きい。「そんなにうまくいくはずがない」と思う人は多いだろう。うまくいかない過程で、自社の弱みがわかるだろう。私の口癖だが「強い調達は、自分の弱さを知っている」のだから。できないならできないことを明確化する。とにかくサプライチェーンを「見える化」しよう。これまた私の口癖でいえば「見える化なくして、判断なし」だ。自社がグローバルにサプライチェーンがどうつながっているかがわかって、脆弱性がわかれば、改善の道も拓かれる。

地方自治体が取るべき企業支援策

 地方自治体への提言を述べる。私は調達の立場から、もっと地方の企業とつながりたいと考えているので、その観点からの提案だ。そこで地方自治体には「商談機会の翻訳」を担ってほしい。

 これは言うまでもないが、企業にとって、最も重要なのは、リードの取得と営業だ。リードとは潜在顧客の情報を得ることで、たとえばメールアドレスの取得だ。そのアドレスに定期的に情報を流したり、新規の販売情報を通知したりする。

 地方の製造業は、優れた加工技術をもっている。ただ、それを大企業・海外バイヤーの言語で説明できていない。私のような調達の立場からすれば技術の卓越さではなく、それを使った便益が知りたい。でもなかなか教えてくれない。自社に持ち帰ったときに「こんないい企業があったよ」と紹介できる内容がほしい。自治体の役割は、技術と需要の間の「翻訳機」を提供することだ。

 そこで、私は単純な提案をしようとしている。自治体の職員は、全国の調達・サプライチェーン担当者が何を求めているか聞きに行けばいい。私は同業の職業人たちの全国会合を開催している。その職業人ではないが勉強のために参加したいと申請してきた地方自治体の職員は1人しかいない(ちなみに長野県)。その職員は3次会まで参加し、泥酔しながら調達担当者の本音を聞き出した。後日、展示会に同伴して、バイヤーたちが何に注目しているかを隣で観察した。

 そしてバイヤーたちが名刺を残しても、何らアフターフォローをしてこない企業ばかりであると気づいた。展示会の実施後に営業部隊とつなげておらず、定期的な接触をしていない。

 3次会の費用まで地方自治体が面倒をみてくれるかは知らないが、職員が取引の現場に身を寄せるといくらでも改善策は出てくるはずだ。

より現実的な結論

 「そんなに単純なはずないでしょう」──私がコンサルティング現場でいつもいうフレーズだ。

 ここまで、調達の視点から改善の論点を提示してきた。最後に、調達専門家として正直に申し上げたい。コンサルタントはしばしば自身の領域ですべてが解決するように喧伝するが、多くの場合は嘘だ。世の中は複雑系であり、1つの分野の改善で劇的に良くならない。全方位的な改善が必要になる。調達だけでは、企業の問題は解決しないのは事実だ。

 これまで物価高、価格転嫁、地政学リスク、見える化の重要性を説いてきた。そのすべての土台となるのは商品力、サービス力であるのは、改めて指摘しておきたい。ミもフタもない言い方だが、結局のところ顧客から望まれていれば、危機が訪れても多少の値上げや納期遅延があっても買ってもらえる。なんだかんだ許容してもらえる。

 一方で商品力がなければ、バックヤード部門が頑張っても見捨てられるだろう。コストや物価高が注目されるものの、倒産企業の主因の8割超は販売不振だ。サプライチェーンの工夫にしても結局はすべて手段にすぎない。売価のアップと商品力の強化に全力を捧げねばならない。

 私はこれまで20年以上、調達・サプライチェーンの現場を見てきた。そして気づいたのは、原材料費が5%上がっても、単価を10%以上上げられればいい。コストを5%下げても、売価が5%以上下がればジリ貧に陥る。

 守りの領域も攻めの領域も、効率の時代から耐性と選別の時代に入った。守り=サプライチェーンの領域では重要品の二重化を図りつつ、「攻め=商品開発」においても、何を守り、何を捨て、どこに資源を振り向けるかを経営判断せねばならない。


<PROFILE>
坂口孝則
(さかぐち・たかのり)
未来調達研究所(株)所属。大学卒業後、メーカーの調達部門で調達・購買、原価企画を担当。サプライチェーンを中心とし、企業のコンサルティングを行う。コスト削減、原価、サプライチェーン等の専門家としてテレビ、ラジオに出演するほか、企業での講演も行う。著書に『買い負ける日本』『営業と詐欺のあいだ』『牛丼一杯の儲けは9円』『未来の稼ぎ方』(幻冬舎)『調達力・購買力の基礎を身につける本』『調達・購買の教科書』(日刊工業新聞社)『利益は「率」より「額」をとれ!』(ダイヤモンド社)など、全39冊。


<COMPANY INFORMATION>
未来調達研究所(株)

代 表:坂口孝則
設 立:2006年3月
資本金:1,000万円
URL:https://www.future-procurement.com

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