国土交通省は、2050年とその先を見据えた建築分野の在り方について、3回にわたって議論する連続シンポジウムを開催した。「予見されてきた《大転換》が本格化する時代」が共通テーマだ。「建築生産の方法や体制、建築の規制、建築の資格なども含めた枠組みの議論が避けては通れない時代」(国土交通省 宿本尚吾・前住宅局長)との問題意識から、7月27日にストックの視点、8月3日に担い手・人事育成・DXの視点、9月7日(予定)に市街地・まちづくりの視点で、それぞれ基調講演とパネルディスカッションを実施。各回で現場の実践者や学識経験者など、さまざまな立場から現状や課題、それに基づく変革の方向性などが話し合われた。第1回および第2回のシンポジウムについてまとめた。
建築規制見直しへ
第1回のシンポジウムには、会場に約100人、オンラインに約1,300人がそれぞれ参加した。基調講演は、神戸芸術工科大学の松村秀一学長が担当。パネルディスカッションでは、日経BP総研の安達功フェローをモデレーターに、松村氏のほか、京大生存圏研究所の五十田博教授、(株)再生建築研究所の代表取締役・神本豊秋氏、合同会社廃屋の代表・西村周治氏、(株)リノベリングの取締役・水上幸子氏が参加した。
松村秀一・神戸芸術工科大学学長
冒頭にあいさつに立った宿本・前住宅局長は、「住宅分野がストック重視の社会に対応していこうという議論をするにあたり、どうしても建築基準法との関係を整理する必要が生じる」と、中長期的なテーマとして建築規制の見直しに言及。「全体の体系の転換そのものを議論して、目指す社会や住宅産業・建築産業の姿も一緒に議論してもらう」とシンポジウムへの期待感を示した。
既存ストック前提へ変換
神戸芸術工科大学の松村秀一学長は、「豊かさの総和の最大化を目指す」と題して基調講演を行った。松村氏は、戦後の日本は焼け野原から住宅や学校、病院などの建築ストックを整備することを社会の目標としてきたが、その役割はすでに果たされたと指摘した。住宅ストックを人口で割った1人あたり住宅数は日本が米国を上回る水準に達しており、「不足を補う時代」から「蓄積したストックをどう生かすか」を考える段階に入ったと説明。今後は建築物の量ではなく、社会全体の「豊かさの総和」を最大化する視点が重要になると強調した。
また、築50年以上の建物が急増するなか、(一財)日本建築センターの調査では、多くの鉄筋コンクリート造建築物が、今後も100年以上使用可能と診断されていることを紹介。建物の価値を築年数だけで判断するのではなく、維持管理の状況や利用実態を踏まえて評価する発想への転換が必要だと述べた。既存建築のリノベーションや用途転換を進めることで、建物を長く使い続ける社会への移行を促した。
さらに、建築物を単体で捉えるのではなく、地域やコミュニティを含めた環境全体の価値を高めることが、ストック時代の豊かさにつながると指摘。東京への人口集中による混雑と地方都市のゆとりを対比し、二拠点居住や多様な働き方の広がりも、既存ストック活用の可能性を広げるとした。
そのうえで、新設住宅着工戸数が1960年代前半以来の低水準となる一方、高齢化や人口減少が進む現在は、建築を取り巻く社会環境が大きく変化していると説明。「大量に建てる時代」は終わりを迎え、2050年を見据えて既存ストックを前提とした制度や市場へ転換し、建築・不動産・金融を含めた社会システム全体でストック活用を支えることが求められると締めくくった。
都市インフラに活用
ストック活用に向けた方向性について
五十田氏からの説明と、
神本氏、西村氏、水上氏からのプレゼンを受けて議論した
パネルディスカッションでは、研究者や実践者らが登壇し、既存ストック活用の実例と直面する課題について討議を行った。京大教授の五十田氏は、「既存木造ストックには耐震性能が不足しているものも多く、適切な評価と安全性の確保に向けた検討を進めている」と国土交通省の作業部会での取り組みを説明した。
現場で事業を行う実践者からは、それぞれのアプローチや具体策が発表された。再生建築研究所の神本氏は「築0年と築100年のものが等価に扱われる時代をつくりたい」と言及。検査済証のない物件における書類の回復や、店舗を営業させたまま行う改修など、既存建物の価値を高める再生建築の事例を紹介した。廃屋の西村氏は、「手仕事や既存の古材を活用し、住み手が関われる余白を残した改修を行っている」と語り、放置されていた空き家群を再生し、若者やアーティストが集まるエリアへと変化させた実績を報告した。リノベリングの水上氏は、「人口減少時代においては、建物の供給よりも民間が挑戦できる環境を整え、人材のネットワークを構築することが重要である」と指摘。全国の自治体で展開するリノベーションスクールを通じ、小さな拠点の連鎖が地域全体の価値向上につながる仕組みを説明した。
会場やオンライン参加者へのアンケートでは、手続きや建築規制の多さ、金融機関による融資の難しさがストック活用の壁として挙がった。神本氏は、「既存ストックを都市のインフラとして捉え、改修資金を円滑に調達できる金融スキームを全国で確立すべきだ」と提言。松村氏は、「ストック活用には性能向上、流通改善、地域再生など多様な領域が存在する。これらを整理し、戦略的に大きな推進力へと束ねていくことが求められる」と総括した。
新たな担い手の在り方
8月3日に行われた第2回のシンポジウムでは、(株)新建新聞社の代表取締役社長・三浦祐成氏が「住宅・建築産業の近未来予測 ~市場・担い手・DX&AIのこれから~」をテーマに基調講演を行った。人口減少やインフレ、DX・AIの進展を背景に、住宅・建築産業は市場構造と担い手の双方で大きな転換期を迎えているとの見方を示した。
三浦氏は、ピーター・ドラッカーの「すでに起こった未来」の考え方を引用し、人口減少や世帯構成の変化、住宅ストックの増加、大工不足などの変化はすでにデータとして表れており、現実化するまでのタイムラグを見極め、その間に産業構造を転換することが重要だと指摘した。
とりわけ、建材価格の上昇や実質賃金の伸び悩みを背景に、「アフォーダブル(手に入れやすい)住宅」が今後の住宅市場の重要なテーマになると強調。DXやAIは、設計や営業、施工管理などの生産性を高め、住宅価格を抑える有効な手段である一方、プロフェッショナルの知識や判断をいかに継承・高度化するかが課題になると述べた。
また、国土交通省の推計を踏まえ、今後は大工人口が大幅に減少し、新築だけでなくリフォームやリノベーションの担い手不足も深刻化すると指摘。そのうえで、生産性を重視する規格住宅・提案住宅と、高度な技術を要する注文住宅やフルリノベーションを役割分担させる市場形成が必要との考えを示した。注文住宅中心の仕組みから、標準化した住宅に必要な機能を加える「提案住宅」や「スケルトン・インフィル」へ発想を転換することで、コスト抑制と高性能化の両立が可能になるとした。
さらに、地域住民が参加するリノベーションやDIY支援、地域資源を生かした「ド地元建築」など、中小工務店ならではの地域密着型の取り組みが、空き家活用や地域活性化につながると紹介。DXやAIを活用しながら、設計・施工・現場管理まで担う多能工を「テクノロジスト」と位置付け、従来の「3K(きつい・汚い・危険)」から「給与・休暇・希望・かっこいい」へと働き方を転換し、若い世代が魅力を感じる新たな担い手像を構築する必要性を訴えた。
建築の魅力、次世代へ
三浦新建新聞社社長、長澤お茶の水女子大教授、
佐々木東京建築士会会長、池田東大特任教授
パネルディスカッションでは、東大新領域創成科学研究科の清家剛教授をモデレーターに迎え、専門家以外の「使い手」の関わり方や、DX・AIがもたらす将来像について多角的な議論が交わされた。パネリストには、三浦氏に加え、東大工学系研究科の池田靖史特任教授や東京建築士会の佐々木龍郎会長、お茶の水女子大学の長澤夏子教授が加わった。
専門家ではない一般市民や「使い手」が建築に関わる在り方について、三浦氏は「実際に手が加わることで職人へのリスペクトが深まり、作法が共有されてクレームが減る傾向がある」と利点を挙げた。一方で、長澤氏は「素人が手を加えた場合の安全性の担保や保証、責任の所在といった倫理的課題の整理が必要である」と指摘した。
佐々木氏は、過度に責任問題ばかりが取り沙汰される社会の空気感に懸念を示し、「リスクを負って参加する人とそうでない人を適切に見極め、それぞれに応じた保護や参加のかたちを明示していくことが重要である」と語った。また、池田氏は「データや情報が継続して保存される時代になれば、責任の追跡も容易になる。すべてを厳密に分け過ぎず、曖昧さを含めた多様な関わり方を許容することも、建築の魅力につながる」と提案した。
さらに、DXやAIの導入がもたらす効果と未来の建築像についても、活発な意見交換が行われた。AIを活用することで発注者のイメージ共有やカスタマイズが容易になる反面、設計者のプロフェッショナル性や役割の再定義が問われることになる。
これに対し池田氏は、「建築家が単一の注文住宅だけでなく、デジタル技術を活用して汎用性と可変性をもつスタンダード住宅の仕組みを構築することこそ、本来取り組むべき領域である」と強調。佐々木氏も、過去の名建築家のデータをAIに学習させるような新しい試みに触れ、技術を介して建築の知見を社会に開かれた仕組みとして提供していく面白さに言及した。
長澤氏は、大学教育の現場におけるDX対応や将来の職能イメージ共有の難しさを挙げつつも、次世代へ向けた価値の蓄積の重要性を訴えた。議論の総括として清家氏は、激変する社会のなかで多様な担い手が関わる枠組みをつくり、建築の魅力を次世代へ発信していくことの大切さを確認して締めくくった。
なお、第3回目は9月7日、中井検裕東京科学大特命教授/名誉教授による基調講演「市街地を豊かな空間、豊かな時間で満たすために~2050年の市街地環境~」と、有田智一筑波大教授をモデレーターとしたパネルディスカッションを行う予定だ。
<プロフィール>
桑島良紀(くわじま・よしのり)
1967年生まれ。早稲田大学卒業後、大和証券入社。退職後、コンビニエンスストア専門紙記者、転職情報誌「type」編集部を経て、約25年間、住宅・不動産の専門紙に勤務。戸建住宅専門紙「住宅産業新聞」編集長、「住宅新報」執行役員編集長を歴任し2024年に退職。明海大学不動産学研究科博士課程に在籍中、工学修士(東京大学)。

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