福岡・九州から「普遍」を問う本づくり|弦書房

 福岡市中央区大名に拠点を構える出版社・(株)弦書房は、近現代史を中心に、熊本・水俣、筑豊、北九州、天草、長崎など九州各地の歴史や文化、人々の営みを掘り起こしてきた。思想家・渡辺京二氏や作家・石牟礼道子氏らに関する書籍も数多く刊行する。しかし、同社が目指しているのは、単に「地方のことを本にする」ことではない。1人の書き手と向き合い、地域に根差した題材から、その土地を超えて読まれる一冊をつくる。そこには小さな出版社の矜持がある。

原稿を「一冊の本」にする

 弦書房では、企画出版から自費出版まで幅広く相談を受けている。パソコンで作成された原稿だけでなく、手書きの原稿を持ち込むこともできる。

 だが、原稿が持ち込まれれば、それがそのまま一冊の本になるわけではない。とくに企画出版では、まず草稿を読み、著者がどの程度文章を書き慣れているのか、一般の読者にとって読みやすいものになっているのかを確認する。そのうえで、何を中心に据え、どのような一冊に仕上げていくのかを著者と話し合う。

 本になるかどうかを左右する重要なポイントの1つが「切り口」だ。扱っている題材そのものだけではなく、そこから何が見えるのか、従来とは違った視点を提示できるのか。そうしたところから企画として成立するかを考える。編集者の仕事は、出来上がった文章の誤字を直し、体裁を整えるだけではない。著者がもつ材料のなかから、その本で何を伝えるのかを見いだし、一冊の構成へと組み直していく仕事でもある。

 そのため、本づくりには時間がかかる。執筆に慣れた著者であっても、一冊として仕上げるまでには半年ほどを要することも珍しくないという。

著者から著者へ広がるつながり

 2002年12月に福岡で誕生した弦書房の出版活動を支えてきたものの1つが、人と人とのつながりだ。持ち込み以外で新たな著者と出会う場合、すでに本を出した著者から別の書き手を紹介されるケースが多いという。1人の著者との仕事が、次の著者、さらに次のテーマへとつながっていく。

 その大きな流れの1つが熊本だ。弦書房の中核的な著者といえるのが、日本近代史家の渡辺京二氏だ。渡辺氏は水俣病闘争に深く関わり、石牟礼道子氏の『苦海浄土』にも早くから注目した人物として知られる。1970年代には石牟礼氏らと雑誌『暗河(くらごう)』に携わった。弦書房からも『近代をどう超えるか』『もうひとつのこの世』『死民と日常』『万象の訪れ』『小さきものの近代』など多くの著作が刊行されている。石牟礼氏についても弦書房は、『花いちもんめ』『ここすぎて水の径』『全歌集 海と空のあいだに』などを刊行してきた。

 こうして熊本、水俣をめぐる人々とのつながりが形成される一方、別の方向では筑豊がある。炭鉱労働者の日常を絵と文で残した山本作兵衛氏をはじめとする筑豊の歴史や文化をめぐる研究者、書き手との関係から、さらに北九州へとテーマや人脈が広がった。また、天草や長崎などへも著者のつながりは伸びている。

 人との出会いから次の本が生まれ、その本がまた新しい人や土地へとつながっていく。それが弦書房の出版活動の1つの特徴となっている。

渡辺京二の言葉を次代へ

「黒船前夜」渡辺京二    弦書房が現在、刊行準備を進めているのが『渡辺京二日記 1947~1949 1970~1974』だ。渡辺氏が旧制第五高等学校に入学する前後の青年期から、結核療養所「再春荘」で過ごした時代、さらに水俣病闘争に関わった1970年代までの日記をまとめたものだ。青年時代の読書や映画、療養所で接した人々、そして後年の思想と行動へとつながっていく過程をたどることができる。10月に出版を予定している。

 渡辺氏は2022年に亡くなった。しかし、残された文章を読み解き、整理し、一冊にまとめることで、その思索は新たな読者へと渡されていく。それは、弦書房が20年以上にわたって続けてきた仕事そのものでもある。

地方から「普遍」を探求する

 弦書房の刊行物には、九州を題材にしたものが多い。水俣、筑豊、北九州、天草、長崎──。そこだけを見れば「地方出版社」「九州の出版社」と呼ぶことは間違いではない。しかし、弦書房にとって、地方に拠点を置いていること自体が出版活動の目的というわけではないと、同社代表の小野静男氏は語る。

 「地方における出版とは何かということは、1970年代に渡辺氏や石牟礼氏らが関わった『暗河』のときからも繰り返し問われてきましたが、結局のところ、私たちがしたいのは出版における本質的な仕事です。そのことについては地方も中央も違いはないと考えています」

 地域の歴史を深く掘り下げれば、その先には地域だけでは完結しない問題が現れる。水俣を考えることは公害の歴史だけを考えることではない。近代化とは何だったのか、人と自然はどのような関係にあるのかという問いにつながる。筑豊の炭鉱を記録することも、1つの地域の産業史だけではなく、日本の近代化や労働、人々の暮らしを問い直すことにつながっていく。弦書房が本を通じてつないできた著者たちは、それぞれの土地から、そうした普遍的な問いを投げかけてきた。

それぞれの歩みを「本」として残す

 弦書房は企画出版だけでなく、個人や団体からの自費出版の相談も受け付けている。自分史や詩集、句集、歌集、社史、記念誌など、出版したいものは人によってさまざまだ。

 著名な思想家が残した文章を本にすることも、1人の人が歩いてきた人生を自分史として残すことも、そして企業が経済社会のなかで築き育んできた足跡を社史として残すことも、その根本には共通するものがある。

 書き手のなかにあるものを読み取り、話し合い、かたちを整え、一冊の本として読者へ渡す。弦書房は20年以上にわたり福岡の地でその仕事を積み重ね、これからも一冊一冊を読者へと送り出していく。

【寺村朋輝】


代表の小野静男氏
代表の小野静男氏

<COMPANY INFORMATION>
(株)弦書房

代 表:小野静男
所在地:福岡市中央区大名2-2-43
    ELK大名ビル301
TEL:092-726-9885
URL:https://genshobo.com/

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