川崎老人ホーム転落殺人事件(1)~介護職員の光と闇
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第1回 何が彼をそこまで追い込んだのか
ようやく入所が決まった老人ホームは、入所者にも家族にも「終の棲家」である。必ず訪れる”死”をどこかで意識しながらも、安息の日々を送り続ける。その安住の地で、ひとりの介護職員による一方的な人生の”強制終了”。前代未聞の、あってはならない”殺人事件”が現実に起きてしまった。介護職員の現場・現状、介護施設、介護職員を育成・要請し施設に送り出す介護福祉の教育現場、2000年スタートの介護保険、かつて両親を介護した経験も踏まえて、事実に迫りたい。
2月23日、神奈川県川崎市幸区幸町2丁目にある有料老人ホーム「Sアミーユ川崎幸町」、つまり現場を見に出かけた。多摩川と並行して走る国道409号線沿いに建つ黒いビルに隠れるように、6階建てのそれは悄然と佇んでいる。周囲は低層階の民間マンションが建ち並ぶ。建物の周辺を歩いていると、入所者らしい高齢者が2、3人、介護職員に見守られながら散歩している。ごくありふれた光景だ。中庭側に回ってみても、あのおぞましい”投げ込み殺人事件”がここで起きたとは考えにくい。唯一、エントランスのカーテン越しに、私の行動を監視するように視線を投げかける1人の男の姿が”事件”の後遺症を印象づける。
昨年11月4日、入所者の丑沢民雄(当時87歳)さん、12月9日に、当時86歳の女性、31日に、当時96歳の女性がいずれも転落死した。今年2月15日、介護職員だった今井隼人容疑者が3人の転落死への関与を認め、丑沢さんの殺人容疑で神奈川県警が逮捕。これが事件の概要である。
今井容疑者は「丑沢さんは外に行きたがる人だった。散歩に出た際、『俺はいつ死んでもいい』と言って、車道に飛び出そうとしたことがあった」「手のかかる人だった」(「朝日新聞」平成28年2月17日)と介護への不満を口にした。また、「寝ていた男性を起こし、無理やりベランダまで歩かせた」「抱きかかえて投げ落とした」「投げ落とした後は第1発見者を装い、『心臓マッサージをしてあげた』と同僚に語った」(同18日)と供述している。夜勤の当直は、3人の介護職員で80人の入所者を看る体制だった。夜勤は通常連続16時間。基本的に2時間の休みは取れるものの、手が足りない場合には、それすら保証されない。認知症を患う入所者(入所することで認知症化する場合も少なくない)も多く、昼夜逆転した入所者がひっきりなしにブザーを鳴らす。駆けつけても、ブザーを鳴らしたことさえ忘れる。注意すると、逆にキレられ、汚い言葉が介護職員に投げつけられる。糞を投げられることもあるという。
とはいえ、入所者の命まで脅かす追い詰められた状況に彼は現実的にいたのだ。「何が彼をそこまで追い詰めたのか」、その事実を確認したい。(つづく)
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